君がいるから呼吸ができる

尾岡れき

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19 幼馴染は、ようやく君と言葉を交わす

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 これは何が起きているわけ?
 私は目をパチクリさせることしかできなかった。

 落ち着け、落ち着け、黄島彩音きしまあやね。これは夢じゃないだろうか。とても目の前の光景が信じられなかった。

 小学校の時、みんなで探検をした神社への道。あの時、海崎光――ひかちゃんが、雪姫ゆっきの手を引いていたのを、昨日のように思い出す。

 あの時、この雑木林がとても広く見えて。
 怖いのはゆっきだけじゃないのに、ズルいと思った。それが、自分のなかでシコリとして残っていたんだろうか。

 が流れた時、私はゆっきを守れなかった。
 ゆっきと一番仲が良かったのは私。その私から、ゆっきが離れていって。ゆっきから遠ざけようとするかのように、女子のコミュニティーが私を巻き込んでいった。

 接点は、そして失われた。

 高校に入って――雪姫は登校拒否になった。最初の2週間は、頑張って学校に行っていた。ゆっきも頑張っている。だから、私もゆっきに声をかけて仲直りをしたい。そう思っていた矢先、ゆっきは朝の全校集会で、痙攣をおこしたのだ。

 誰かが、を言った。それは間違いない。

 ――ゆっきは、それから学校に来なくなった。

 後悔って、こういうことを言うんだろうか。
 何度か、勇気を出して、ゆっきに会いにいったり電話をしたり。

 でも、ダメだった。

 今のように、会ったり、言葉にした瞬間に、ゆっきは呼吸が途端に苦しそうにな――って、ない?
 守られるように、ゆっきは抱きしめられていて。

 クラスメートの上川君は、学校で見せる気怠い表情とはまるで真逆で。ゆっきを気遣っているのが分かる。ひかちゃんから、聞いてたけど何なの、これ? 夢なの?

「彩音、僕の頬つねって、夢か現実か確認するの止めてくれる?」

 つい、ひかちゃんの頬をつねっていたらしい。
 でも、ひかちゃんの声はそんなに怒ってなくて。こういう優しさを自分に向けてもらえるのはやっぱり嬉しい。あ、いけない素が出そうになる。今は集中、集中――。

 だって。

 どうやったら、またゆっきと仲良くなれるだろうか。どうしたら仲直りできるだろうか。そんなことばかり考えていた。その為なら、何だってする。こんな後悔はもうたくさんだ。そう思う。

 神様に泣きつくつもりは無いけれど。もう一度、もう一度だけチャンスをください。そう願掛けをかけてきた。この寂れた神社にご利益があるかどうかも分からないけれど。

 お稲荷様に手を合わた後――私達はまさかのゆっきに再会して、今に至る。
 未だ、上川君に守られているゆっきが信じられなかった。




■■■




 切り株が丁度二つあるので、私たちは向き合うように座った。少しゆっきも落ち着いてきたようで、安心する。

「少し話ができたら」

 そう言ったひかちゃんの言葉に、ゆっきは頷いてくれた。
 これだけで、夢じゃないかと思う。

 でも頷いた瞬間、ゆっきの喉元がひゅーひゅー、苦しそうに呼吸が乱れそうになるのが、私でも分かった。ゆっきの表情が苦痛で歪んで。やっぱりダメか、そう私は落ち込みそうになって――ヒュー音が嘘のように消える。

(え?)

 変化は無い。いや、ある。上川君が雪姫の手をしっかり握る。ゆっきはゆっきで、しがみつくように上川君に寄り添う。

(え、ウソ?)

 ゆっきの表情は、本当にリラックスして。微笑みが無防備にこぼれていて。私は信じられず、目をパチクリさせた。これ、ゆっき無自覚でしょ?

 私は目を疑った。
 ひかちゃんから、ゆっきと上川君のことは聞いていた。今まで誰のことも受け付けなかった、ゆっきを受け入れてくれたのは、私も知っているクラスメートの彼で。

 誰ともつるまない上川君とゆっきの交流は静かに始まっていた。
 ゆっきがプリントを直に受け取ったというだけで驚きだった。

 私達に向けられていた拒絶。それも仕方がないとずっと思っていた。私達はそれだけのことをしてしまったのだから。
 でも、その反面、信じられなかった。人見知りの強いゆっきが、私達以外の人間を信頼するなんて。

 ぐるんぐるん思考は回る。

 これは上川君に対する嫉妬だ。私の幼馴染の笑顔をあっさり引き出した彼に対する。私たちがどんなに頑張っても取り戻すことができなかった、ゆっきの笑顔を彼は引き出した。ただ、それだけの話で。

 私たちは、あの言葉を止めることができなかった。周囲に流されて現状、妥協したから。
 きっと上川君は、ゆっきの全てを受け止めた。それこそ全力で。そうでなきゃ、このゆっきの笑顔は説明できない。

 それに、と思う。今すべきことはこんな幼い感情をゆっきにぶつけることじゃない。

 何度、ココのお稲荷様に願っただろう。
 何度、ゆっきが好きだったこの場所に来ただろう。もうその回数も忘れてしまったけれど。

 今日は感情に翻弄されてばかりで。ゆっきの顔をもっと見たいのに、視界が滲んで。熱い感情が、込み上げては、自分の行動を邪魔をする。
 でも絶対、今日言うんだ。

「ゆっき――雪姫。ごめん、ごめん。ごめんなさい。本当にごめんなさ――」
「ごめん、下河――」

 ひかちゃんの言葉が重なって。私の感情が決壊したその後で。ひかちゃんの雫が、私の甲を濡らしいたことに気がついた。
 私たち、まるで子どもみたいで。

 ゆっきの戸惑う顔。そして上川君の優しく包み込むような笑顔を見ながら。
 その目には、侮蔑も否定も一切なくて。

 納得する。

 上川君だから――ゆっきは、外に出る勇気を得たのか。
 恥ずかしさも、建前も、言い訳も全部どうでもよくなった。ココで木漏れ日を浴びていると、まるで保育園の頃に戻ったような錯覚をおぼえて。
 私もひかちゃんも――そして、ゆっきも。気付いたらみんなで泣いていた。

(上川君、君まで泣くのおかしいでしょ)

 半ば呆れながら。
 一緒にこの時間を共有してくれる上川君――君は、本当に良いヤツだ。
 
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