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第14話 ヒーロー

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 仕事の非番の日は、シーンとエイミーは前のように敷地内で子供の遊びに興じるが、父アルベルトや母の前では大人しく、エイミーとともに微笑んでいる。部屋の中では男女となっているようだとアルベルトは報告を受け、もう偵察の必要はないと下男のトマスに命じた。


 シーンは座るときにエイミーを膝に乗せて顔を近づけて話すのはこちらが目を覆いたくなるほどだ。
 アルベルトも急に大人になってしまったシーンに、多少まごついたものの、よく考えてみれば二人の距離感はいつもそんな調子だったかもしれないと思って見てみると、やはり突然表に飛び出して駆け回る姿は子どもそのもの。大人になったのは話し方だけで中身はいつものシーンだ。それに大変仲の良い様子を見ると良い嫁が来たものだと微笑んだ。

 しかし困っているものたちもいた。二人が汚れた格好でバタバタと駆け回られると仕事が増えるという使用人たちだ。掃除や洗濯がやったあとから増えて行く。
 そこで、一計を案じた使用人がシーンとエイミーに話をしてきた。

「最近、王宮の庭園を開放しておるようですよ。貴族どころか一般庶民も入れます。お二人はそういうところで遊ぶのも楽しいのでは?」

 という言葉に、シーンとエイミーは目をキラキラさせる。

「王宮の庭園だって?」
「噴水もありますの?」

「わぁいわぁい、エイミー行ってみよう!」
「ああん、シーンさま、お待ちになってぇ~」

 計略は功を奏したが、二人は馬車にも乗らずそのまま屋敷を飛び出してしまった。

「うへぇ。あんなにお喜びになるとは。しかしこれでようやく掃除ができる」

 使用人にとっては厄介な二人を追い払えたことに安堵のため息をもらした。





 シーンとエイミーは、走りながら王宮の庭園へと向かったが、けっこう遠いことに気づいた。
 まずグラムーン伯爵家の塀すらどこまでも続いているようだ。そこから城下町を抜けて王宮へと行くにはかなりの時間を要することに気づいた。

「うーん。どうしよう。エイミー」
「そうだわ。シーンさま。一歩歩けば10歩の距離を進めるお札がありますの。それを足に貼ればすぐですわ」

「ああ、そりゃいいや。早速足に貼ろうよ」

 エイミーは、いつもの小袋からおまじないの言葉の書いてあるお札を取り出すと、シーンの足と自分の足に貼り付けた。シールになっているわけではない。足に近づけると自然と吸着するようなそんな不思議な道具だった。

「おー! これはずいぶん足が軽いぞ」
「じゃぁ、早速いきましょうよ」

「わぁいわぁい」

 二人の一歩はずいぶんと早くなった。なにしろ1km進む分を10km進めるわけだから、人から見ればあっという間に通り過ぎてしまうのだ。人々が驚く顔を見て、二人は顔を見合わせて微笑んだ。



 王宮の庭園がだいぶ近づいた頃、辺りは大騒ぎになっていた。それはシーンたちに向けてではない。一両の六頭立ての馬車がかなりの速度で左右に車両を揺らしながら走っているのだ。街の人々は戦々恐々。六頭立ての馬車は大貴族を示すものだ。乗っている方は高貴なお方であろう。だが誰もそれを助けられない。六頭の暴れた馬になど誰も近づけないのだ。すでに御者は落とされてしまったのか、運転席には誰もいない。これはまさに一大事であった。

「すごいすごい」

 シーンとエイミーは野次馬的に見ていたが、あれを助けられるのはシーンしかいないであろうとエイミーは思い、シーンのフロックコートの袖を引いた。

「あれはシーンさまでしか助けられませんよ。かっこいいシーンさまを見せてください」
「オーケー。任せてエイミー」

 シーンは馬車へと走る。見ているものはみんな驚いた。貴族の服を着た美丈夫が風のように馬車に駆け寄っている。しかもかなりの速さだ。これはまさにスーパーヒーローの訪れと大きな歓声を上げた。

 シーンは颯爽と馬車の運転席へと飛び乗ると、男神のような力で手綱を引く。馬の方でも驚いてしまい足を即座に止めた。
 実は馬車に乗っていたものは公爵令嬢のサンドラであった。しかしシーンは乗っているものには全く興味がなかったので後ろを振り向きも安否を気遣う言葉もかけずにさっさと飛び降りた。
 サンドラはさんざん馬に振り回されて体勢も整わなかったものの内装が柔らかいものばかりのため怪我はなかった。
 そのため、ゆっくりと起き上がりこの馬車を止めてくれたのはどんな人物かと、髪を整えながら窓から覗くと髪を上げて凛々しくなってしまったシーンに一目惚れ。
 シーンはシーンであるのだが、前髪は上がっているし、目も半開きではなく見開かれている。そのためサンドラの方では全く気づかない。自分を救いに来た男の中の男。しかも美男。これが恋に落ちないはずがない。
 そんなシーンが向かった先は六頭居並ぶ馬の前。足は止めているものの未だに興奮している。シーンはその一頭に近づいた。

「ははーん、お前だな、いたずら者は。ふんふん。なるほど。ああ、ハチに尻を刺されて驚いたってことか。それなら仕方がない」

 馬の方ではシーンに顔を撫でられて、ようやく落ち着いたようだった。シーンは近くで露店を出していた野菜売りに近づき根菜を買うと馬の一頭一頭にそれを与えた。馬は嬉しそうに首を振るってそれを食べると完全に落ち着いた。
 その頃になるとようやく馬車から落ちた御者も駆けつけ、シーンに頭を下げる。シーンは恥ずかしそうに馬を咎めないように言い残すとさっさと人混みに消えてしまった。

 これにはサンドラも驚いた。一目惚れした相手は、自分を気遣う言葉をかけに来てくれると完全に思い込んでいたのだ。そしたら、手の甲にキスをさせて名前を聞こうと思っていたのだ。彼女はすぐに御者を呼んで、彼の名前を聞こうとした。

「え? 分からないですって?」
「ええ、伺おうと思いましたら、さっさと手を振って行ってしまわれたので……」

「間が抜けているわね。だから馬車から落ちるのよ! まったく!」

 御者の方も平身低頭で謝るしかなかったが、サンドラの方では上の空。あの美丈夫はどこの貴族の令息であろう。学校では見たことがない。ということは都から離れたところにある領地持ちの貴族かもしれない。もう彼女の胸は少女のように高鳴っていた。

「一体どこの誰かしら? きっと私のために神様が遣わしてくださった天使なんだわ!」


 そんなことを知らないシーンはエイミーと一緒に王宮の庭園を駆け回っていた。
 広い広い整えられた芝生の上を走り回り、虫と戯れた後で、人知れず物陰に隠れるとキスをした。
 そうすると、もっともっと仲良くしたくなり王宮の庭園などどうでもよくなってさっさと屋敷に帰ってしまった。
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