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少しでも私を愛していたというのなら、証明して下さいませ

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「フェリよ、婚約破棄させてくれ」

 ある日の昼下がり。
 婚約のことで話があると侯爵家のミスト様に呼び出された私は、そう告げられた。
 呼びに来た時のミスト様の表情からして、良くない話であることは察しがついていた。
 
(……やっぱりか)
 
 いつかこんな日が訪れるのではと、予想はしていた。
 というのも、ミスト様は他の女性にも好意を寄せ、関係があるのを知っていたからだ。
 それも一人ではない。
 だけれども、それらの女性の中から選んでくれるのでは。
 心のどこかで期待していた。
 希望もなくなった今、私の中では彼に対して憎悪の気持ちが大きくなっていた。
 このままでは怒りが収まらない。
 だったら……。
 こうなった時の為に、とある『秘策』を私は用意していた。

「ミスト様。最後に一つ確認させて下さいませ」
「なんだ?」
「私を愛していたという証明が欲しいのです。ちょっとした遊びに付き合ってくれませんか?」
「遊びだと?」

 ミスト様は怪訝そうな顔をした。
 これまで少しでも想っていてくれたのだろうか?

「今更遊びなどに付き合うつもりはない。話はもう終わりだ」

 一方的に会話を終わらせようとするミスト様。
 だが素直に従う私ではない。

「何人もの女性と関係を持っていることを世間にバラしますよ?」

 その一言に、ミスト様に顔からサッと血の気が引いた。

「どうしてそれをフェリが知っている……」

 語尾が少し震えていた。
 女性関係がバレていないとでも思ったのか。お気楽者が。

「そんなことはどうでもいいじゃないですか。それで、どうですか? 私とのお遊びに付き合ってくれる気になりました?」

 笑顔で、しかし温度を感じさせない声音で私は聞いた。

「……分かった。何をすればいい?」

 私は心の中でニンマリと笑った。
 ここまで来ればこちらのものだ。
 ミスト様、己の行いを悔いて下さいな。

「入って来て下さいな」
 
 私は部屋の扉の方に向かって声を掛けた。
 『失礼致します』と言いながらお辞儀をして入ってきたのは、私と同じ衣装を身に纏い、顔もそっくりな女性。
 トラス様は知らなかったが、実は私は双子なのだ。
 彼女を見たミスト様は、口をあんぐりと開けて驚いてるようだ。
 少しでも愛していたのだったら、ちゃんと見分けてくれるのではないか。
 そんな期待があった。
 彼女が私の横まで来るのを待ち、ミスト様に問いかけた。 

「ミスト様は本当に私を愛していましたか? ミスト様が愛していたフェリは本当にこの私ですか?」

 自分を指し示しながら、私はミスト様の目を真っ直ぐに見つめた。
 彼女もミスト様を見つめている。

「そ、それは……」
 
 問われたミスト様は動揺していた。
 愛していた筈の女のこともすぐに分からないのか。
 私は失望した。

「愛していたというのなら、間違えるはずありませんよね? もし間違えたなら、ミスト様が何人もの女を愛していたことを暴露します。正解したなら、黙っておきますわ。婚約破棄は正直腹立たしいですが、今更愛してもくれないでしょうから、素直に引き下がります」

 どのくらいの時間が経っただろうか。
 ミスト様はキョロキョロと私と彼女を見比べていた。
 やがて、シーンと静まり返った空間にミスト様の声が響いた。

「お前こそがフェリだ。間違えるはずもない。騙そうとしたってそうはいかない」

 ミスト様が指さしたのは私だった。
 ……この人は心から愛してくれていなかったらしい。
 虚無感と怒りが心を支配した。

「少しでもあなたを愛した私が馬鹿でした」

 私ではなくが一言だけ言うと、二人で部屋を後にした。
 屋敷から出ると、彼女(フェリ)は泣いていた。
 私(妹のユリ)はその背中をさすった。
 実はあの時、部屋に後から入ってきたのがトラス様に婚約破棄されたフェリで、最初から色々とトラス様と話していたのが妹である私(ユリ)だった。
 ミスト様が浮かない顔で「話がある」と来た時に、女の直感で婚約破棄のことではないかと私達姉妹は察した。
 そこで、二人で考えていたあの計画を実行したのだった。
 本当に愛していたのだったら、騙されることなく正解するだろう。
 姉も私もそう信じていたのに。
 仮にあの時、姉を選んで正解したとしても、姉妹で嘘をついて不正解にしてやるつもりだった。

「あんな男のことなんかもう忘れましょう。今日は美味しい物でも食べましょうか!」

 明るさを心がけて、私はフェリに声を掛けた。
 フェリは少し落ち着いたのか「うん」と一言だけ言うと、顔を上げて前を向いた。



 それから少し経った頃。
 ミスト様が一族から見放されたという噂が耳に入った。
 私とフェリが世間に広めた、女癖の悪さについての情報の効果があったらしい。
 私もしっかり男を見定めなくては。
 そう心に誓った。
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