上 下
3 / 21

見えない壁の向こう側

しおりを挟む
誰といても、自分とその人の間には透明な見えない壁があるように感じている。

自分は壁に阻まれて絶対にそちらには行けない。

誰にも言えない秘密を抱えているのは孤独だ。

そして何とも言えない罪悪感を感じてしまう。

それは直接語らなくとも騙しているのと同じだから。

そんな思いが更に壁を高くする。

わたしにとって壁の向こうは、
光輝く眩い世界。

時には直視出来ない、明るい日差しが差し込む世界。

今、わたしの目の前にいる彼女もそんな明るい光の中の住人だ。

「ねえ、聞いてるの?」

今の、なんかポエムっぽくてカッコよかったな。

「ツェリシア様?」

うん、ポエマーツェリシア、いいかもしれない。
自分の詩集を作ってみようか。

「ツェリシア様てっば!」

「!」


大きめの声で名を呼ばれて、心の旅に出ていたツェリシアはハッと我に返った。

「あ、ごめんなさい。心の旅に出てぼーっとしてたわ」

ツェリシアが詫びると王宮の食堂で共にランチを食べていたエリーズ(18)はクスッと笑った。

「ふふ、心の旅って、ホントにツェリシア様は面白いわ」

エリーズは男爵家の次女で、一年前から行儀見習いとして王妃殿下に仕えている。

なかなか野心家である彼女の父、ソレム男爵が良縁を求めて娘を行儀見習い奉公に出したらしい。

この国では20歳が成人なので、そろそろ相手を決める時期だと張り切っているそうだ。

エリーズ本人の希望は昨今増えてきている恋愛結婚であるというが。

魔塔所属の魔術師であるツェリシアとは、お互い体調が悪かった日に偶然王宮の医務室で知り合った。
それ以降、何故か意気投合して友人として付き合っている。

ツェリシアは20歳で彼女より二つも年上だが、
エリーズはしっかりしていて大人なので丁度いいらしい。

それでこうやって時々はランチやティータイムを共にして、たわいもないお喋りなどで楽しい時間を過ごさせて貰っている訳なのだ。

変人の多い男性魔術師の中で育ち、年の近い同性の友人など皆無だったツェリシアの、最初で最後の友人と言えるかもしれない。

彼女や彼女の周りの行儀見習いの女の子達と接して、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけツェリシアは普通の女の子生活のお裾分けをして貰ってるのだ。


「ねぇツェリシア様」

「なに?」

「アデリオールから魔術師の方が来ているのよね?」

『あ、アルトの事だ』

「ええそうよ。六傑の穴埋めにウィルヘルム殿下が要請したみたい」

「とっっても素敵な方よね!」

「まぁ…ね、見目はかなりいいわよね。でもアルトは性格の方が断然いいのよ」

「そうなのね!最高じゃない!でもわたしは断然、コルベール卿の見た目が好き。あの鮮やかな赤い髪に黒曜石みたいな漆黒の瞳、すらりと背が高くて引き締まった筋肉を持ってらっしゃるのがローブの上からでもわかるわっ」

「よ、よく見てるのね」

「アラ、わたしだけではないわよ。宮中の女性はみんな今、コルベール卿に興味津々よ。ねぇ、彼って独身?婚約者は?恋人はいるのかしら?」

一気に捲し立てられて、ツェリシアは内心しどろもどろになりながらも答えた。

「そこのところはわたしも詳しくはわからないんだけど、まだ未婚で婚約者は居ないって言ってたわ。恋人は……わからない」

なぜ未だに新しい婚約者がいないのだろう。

わたし達の婚約が解消されたのは10年も前の子どもの頃の事で、その後いくらでも良い縁談お話はあっただろうに。

「やったわ!仕事一筋で来られたのかしら。ねぇ、良かったら今度紹介して貰えない?」

「え?アルトを?」

ツェリシアが驚いた様子で言うと、エリーズは頷いた。

「そうよ。ツェリシア様は同僚だから彼とはよく話すのでしょう?ねぇお願い、引き合わせだけして貰えたら後は自力でなんとかするから!」

「……ちょっと機会を探ってみるわね」

「ありがとう!」

ツェリシアの言葉を聞き、エリーズは嬉しそうに頬を赤らめた。

ツェリシアはそれ見て思った。

彼女の目の前には長く続いているのだろう、
光輝く眩い道が。

エリーズだけではない。
この国の皆の、その道すじを途絶えさせない為に自分がいるのだ。

それは幼い頃から何度も繰り返し言われて来た。

自分は、皆の未来の礎になるのだと。


その時、ふいにツェリシアの右側に影が落ちた。

なんだろう?と思って見上げると、なんとそこにはたった今話題となっていた人物が立っていた。

「……アルト」

「探したよツェリ。魔塔主が呼んでる、行こう」

そう言ってアルトは早々にツェリシアが食べ終わった食器をトレイに乗せ始めた。

それを最初は唖然として見ていたエリーズが我に返ってアルトに告げた。

「は、はじめましてコルベール卿っ……!わ、わたくしツェリシア様と仲良くさせて頂いておりますエリーズ=ソレムと申します」

「……どうも」

しかしアルトはエリーズの渾身のスマイルを軽く交わし、端的にそう告げただけであった。
そして片手にトレイを持ち、片手でツェリシアの手を取って椅子から立ち上がるのを促した。

「ツェリ、行くよ」

「う、うん……エリーズ様、お先に失礼するわね。ごめんなさい」

「い、いいえ気にしないでツェリシア様。またご一緒しましょうね」

「もちろん。あ、待ってアルトっ……」

アルトが自分の手を引き歩き出したので慌ててツェリシアも歩き出す。

トレイを返却口に置き、食堂を出てもアルトはツェリシアの手を引いたままだった。

なんだかそれが気恥ずかしくて、ツェリシアは無難な話題をアルトに振った。

「バイヤージ様が呼んでるって?一体何事かしらね?」

アルトは前を向いたまま答えた。

「さあ?行ってみたらわかるよ」

『?……アルト、何か怒ってる?』

先ほどから前を見るばかりで、アルトはツェリシアの方を見ようとしない。

「アルト、何かあった?」

「べつに」

「ウソ。だって昔から怒ってる時には顔を合わせてくれないじゃない」

ツェリシアが指摘するとふいにアルトは足を止めた。

「……アルト?」

「怒ってない、ただ……ツェリが泣きそうな顔をしてたから」

「えっ?どうして?わたしそんな顔してた?」

「うん」

でもそれで何故アルトがそんな様子になるのか、ツェリシアには理解出来なかった。
とりあえず適当に誤魔化しておく。

「気のせいじゃない?ランチを食べお腹いっぱいになって欠伸をしたからかも」

「……そう」

「そうよ、ホラ早く行きましょ」

そう言って今度はツェリシアの方から手を引いて歩き出す。

もう手を離してもいいはずなのに。

この行為に意味は無いのに。

何故か手を離す事が出来なかった。



魔塔の最上階に魔塔主、バイヤージ=グリーンの部屋はある。

ワンフロア殆ど魔塔主のもので、研究室に棲み憑いているとツェリシアの事を揶揄するくせにバイヤージ自身も魔塔に住んでいる。
まぁプライベートスペースを取っても充分な広さがあるのだから住まない手はないとも言えるが。

長い濃紺の髪と赤い目が印象的なバイヤージ。

適合者選定の後、ツェリシアはこの男の養女となり、実の親とは縁を切った。

封緘者に選ばれた時点で身柄は国のものとなり、どんな親とも縁切りをしなくてはならないらしいのだが、母はともかく義父と縁を切れた事だけがツェリシアにとって僥倖であった。

独身主義で女嫌いの魔塔主がいきなり10歳の少女を養子に迎えたと、王宮内は一時騒然となったそうだが、実際には養女というよりは魔術師として弟子を取った…と言う方が良いのではないだろうか。

だって引き取られるなりツェリシアは魔塔に放り込まれ、身を守るための魔術を叩き込まれたから。

今思えばツェリシアに魔力が無かったらどうするつもりだったのだろう。

普通に王都に家を与えられたのだろうか。

あ、そもそも魔力が無かったら奈落に適合しなかったか。


「来たか、我が娘よ」

デスクの前に座りながら、養父は鷹揚に言った。

「お呼びでしょうか、お養父とう様」

ツェリシアもそれに付き合う。

「まぁ呼んだのはお前だけじゃないがな」

よく見ると上位六傑の一人、聖騎士ブルサスも同じく部屋にいた。

ブルサスがバイヤージに尋ねる。

「何故このメンツでお呼びに?」

それに対してバイヤージはツェリシアを見ながら答えた。

「ツェリシアは別件でだ。まぁまずはコルベール卿、精霊魔術師としての貴殿のお力を早くも拝借したい。ブルサスを補助に出そう」

精霊喰らいエレメンタルイーターの駆除ですか?」

「そう、小蝿をサクっと始末して来て欲しいんだ。そしてツェリシア、お前は“厄災”の噴出口がどうなってるか調べて来てくれ」

「わたしがですか?」

状況もあるだろうからな」

「わかりました。いつ行けばいいですか?」

「早ければ早いほど」

ツェリシアとアルトとブルサス、三人はそれぞれ顔を見合わせて肩を竦めた。

アルトがバイヤージに答える。

「では明日にでも」

「よろしく頼む」

「よっしゃーー!久しぶりに実戦だあぁっ!腕がなるぞっーー!!」

大声量で言ったブルサスが両手を上げてガッツポーズをした。

「ブルサス、うるさす」

ジト目で睨め付けるツェリシアにブルサスはマッスルポーズをして見せる。

「だってお前、見ろよこの美しい俺の筋肉を!
この筋肉を躍動させねば宝の持ち腐れだろうっ!」

「あーハイハイ、肩メロン肩メロン、腹筋6LDK~」

ツェリシアの掛け声に更にマッスルポーズを取るブルサスを尻目に、アルトが尋ねた。

「明日は早起きしなきゃいけないね。ツェリ、起きられる?いまだに朝が弱いだろ」

「げ。無理、起きられない」

ツェリシアが絶望を浮かべた顔で言うとアルトは笑った。

「じゃあ起こしてあげるよ」

「でもとりあえずは自分で覚醒魔法を掛けて頑張ってみるわ。わたしももうイイ大人だもの」

「うーん、まぁ術式を忘れない為の練習にはなるよね」

「なんでよ」

言外に無駄だと言われてツェリシアはムキになった。

『こうなったら明日は意地でも一人で起きる所存!』


果たしてツェリシアは決意を実行に移せるのか。

バイヤージがニヤリと笑って告げた。

「起きられないに5000エーン(大陸通貨)」

「なんでよ!」

























しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

伯爵様は色々と不器用なのです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42,153pt お気に入り:2,782

貴方のために涙は流しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:34,686pt お気に入り:2,265

恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,244pt お気に入り:1,265

愛されていないけれど結婚しました。~身籠るまでの蜜月契約~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:781pt お気に入り:4,101

初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:71,423pt お気に入り:6,909

星を旅するある兄弟の話

SF / 連載中 24h.ポイント:1,065pt お気に入り:1

処理中です...