おや? 婚約者の様子が……

りんごちゃん

文字の大きさ
8 / 23

オスカー

しおりを挟む
 僕はソフィーのことを愛していて、並々ならぬ執着を彼女に抱いているけど、なにも最初からそうではなかった。
 と、言ってもアーノルドは全く信じてないようだね。
 ソフィーに初めて出逢ったのは七歳のとき。いくらなんでもそんないたいけな少年が、初めて出逢った少女のことを監禁したい啼かせたいなんて思うわけないでしょ?
 ね? 思わないよねぇ?

 ……うん、まあいいよ。返事がちょっと吃ってるけど許してあげる。

 ああ、それでどうしてソフィーを監禁して啼かせたいって思うようになったか?

 それはね、ソフィーがいつか僕から離れようとしてたからかな。
 あ、この子、ちゃんと僕が管理しないと簡単に逃げるなって思ったんだよ。二度目に会ったとき。

 え? それってほぼ初対面? そんなことないよ。お互い名前も顔も知ってるんだから初対面じゃないに決まってるじゃない。

 ねぇ?



 ソフィーは僕の婚約者となるべく僕と引き合わされた。
 ソフィーの家との家格は釣り合ってるし、なにより彼女の祖母は海の向こうの国の元王女。外交的な意味合いでも、ソフィーを王家に取り入れることはとても有利に働く。ソフィーは自分の祖母の国の言葉をすでに自由自在に話せたしね。
 初めて出逢ったときに初対面での名前呼びには驚いたけど。そのあとロマンス公爵には怒られたみたい。怒られて涙目になってるソフィーは愛らしかった。
 ソフィーは大切なお姫様だ。
 二度目にソフィーと出逢ったときは、ソフィーはビクビクと震えていた。まるで小動物のようだった。とても可愛いと思ったよ。
 僕はどうしてか小動物には逃げられるから、小動物のようなソフィーは僕の目にはとても新鮮に映った。
 飼いたいなぁ、とは思ったけど、さすがに公爵家の娘を飼うなんてことを実行しようとはしなかったよ。考えただけで。

「あ、あの、殿下……」
「どうしたの、ソフィー。あ、ソフィーって呼んでもいいかなぁ? ソフィーのことは僕だけが愛称で呼びたいな」

 事後承諾になったけどいいよね?
 ソフィーは僕のお願いに不思議そうに首を傾げる。僕も鏡のように首を傾げた。
 あれ、想像と違う。僕の想像だと、顔を真っ赤にさせてコクコクと頷いてる姿だったんだけど。どうしてそんな不思議そうな顔をしてるんだろう。

「どうしたの?」
「え、えっと……、あの、わたしのこと、アル兄様もソフィーって呼ぶから、殿下だけじゃないです」

 ピシッと僕の笑顔が固まった。
 そんな僕には気付かず、彼女は指折り「それから、お父様もソフィーって呼ぶし、護衛のマックスもダイもソフィーお嬢様って呼ぶし、メイドのミイナもソフィーお嬢様だし、あとあと」なんて他人の名前をつらつらと上げていく。
 アル兄様というのは、ソフィーの従兄弟であり、我が国を守る騎士団団長の息子だ。そして内密に調べた結果によると、ソフィーの初恋の男だ。

 ……うん、なんだかすごく胃がムカムカするな。

「わかった。じゃあこれからは僕以外がソフィーって呼ぶのは禁止ね」
「え?」
「だってソフィーは僕の婚約者で未来の王妃だもの。僕以外がソフィーを愛称で呼んでいるのはおかしいでしょ?」

 にこにこと笑顔を見せながらソフィーに詰め寄る。
 ソフィーはきょとんとくりくりした大きな目をぱちくりと瞬かせて、今度は潤んだ瞳でジッと僕を見つめた。

「で、でも、わたし、王妃になれないんです……」

 ……うん?

「婚約破棄されちゃって、それで、でも、あんなのは嫌だから、わたし、がんばって殿下の邪魔はしないようにするんですっ!」
「……………うん?」

 なにを言ってるんだろう、この子。
 この婚約は王家とロマンス公爵家の公的な契約だから、婚約破棄なんてことはありえない。つまり、ソフィーは僕の妻となり、この国の王妃となる以外に道はないんだけど。

「あの、でも、なるべく殿下と婚約破棄したくないなって……。だって、あんな悲惨な最期いやです! 絶対、いや……」
「えぇっと、それって、どんな最期なの?」
「それは……言えませんっ! あんなおぞましい最期、わたしの口から言えないっ!」

 おぞましい最期ってなんなのかなぁ?
 口を割るまで詰め寄りたいけど、もうすでに涙を流してる少女をいたぶる趣味はない。
 ちょっとその泣いてる顔をずっと見てみたいなぁとは思ったけど、それを口に出すほど馬鹿でもない。それにソフィーとはながぁい付き合いになるんだし、こんなのはいつでもできる。

「殿下のような天使さまに、あんなこと言えない!」

 天使って誰かな? いや、殿下のような天使って言ったし、僕のことなんだろうけど。
 確かに僕は黙っていると、気弱でおどおどしている性格に見えるらしい。中身はそんなことないんだけど、一度だけ誘拐されたときに「こんな弱そうなぴるぴるしてるガキを誘拐なんて余裕だぜ」とか言われた。腹が立ったから、小さな身体で頑張って顔面に膝蹴りを入れた上で、魔法で服を切り刻んで全裸にさせて、その仲間たちも全員魔法でとっ捕まえて、同じように全裸にしてから、魔力で持ち上げて街中を練り歩かせて王宮まで帰ってきたんだけどね。もちろん僕はこっそり身を隠してたよ。
 あのときは結構な騒ぎになって、あれからは悪魔のようだと陰口を叩かれるようになったんだけど、ソフィーはそれを知らないのだろうか。まあ、僕のことを悪魔なんて言ったやつは全員牢屋に閉じ込めて洗の……じゃなくて調きょ……じゃなくて、教育してから職場に戻してるから、今ではすっかり僕のことを悪魔なんていう人たちはいなくなったし、知らないのも無理はないかもしれない。
 うん、それならソフィーには絶対に耳に入らないようにしようっと。
 ソフィーには優しい僕だけを見て貰おう。ソフィーはまるで小動物。それも警戒心のない。野生としては致命的だけど、ペットとしては都合がいい。

「わかったよ、ソフィー。もう聞かない」

 ふるふると首を振って耳を塞いでいるソフィーの手をそっと退かして、その手に自分の手を重ねる。
 濡れた瞳で僕を見つめるソフィーのなんたる愛らしいことか。
 湧き上がる独占欲。誰にも奪われたくない、それなら監禁してしまおうかという狂気が僕の中で芽吹く。
 しないけどね? もちろん。

「でんか……」
「僕のことはオスカーって呼んでほしいなぁ。ね、ソフィー」
「あっ……えっと、オスカー、さま……」

 ぼぼぼっと火がついたように真っ赤になるソフィーの顔に満足して頷く。頭を撫でると、真っ赤な顔がさらに赤く色付いて、とても美味しそうな顔になった。
 まさか突然キスなんてしない。したいな、とは思うけど、ソフィーとの時間はまだまだあるし、いきなり距離を詰め過ぎて逃げられでもしたら大変。追いかけないといけなくなるね。
 ああでもそれはそれで楽しそうかな。逃げるソフィーを見ながら、追いかけるのはとても楽しいと思う。どうせ逃げられないのにね。結末がわかってる追いかけっこでも、その過程が楽しければいい。

「じゃあソフィー、これから婚約者としてよろしくね」
「ぇっ!?」
「なにかなぁ? 不満でもあるの?」

 そんな奇声を発せられると気になってしまう。
 例えソフィーが嫌がっても婚約は解消できないんだけどなぁ。聞くだけ聞いてあげるのも婚約者の務めかな。

「だって、わたし、婚約破棄……でも、あれ、仲良くしてたほうがあんな最後を送らないでも……でも、だけど……婚約、やだぁ……」

 ぶつぶつと独り言言ってるけど、それ、全部聞こえてるからね?
 婚約がやだってどういうことかな。顔はいいし、好物件だと思うんだけど。ああでもソフィーみたいな小動物には王妃というのは荷が重過ぎるのかもしれない。それなら仕方ない。冒険者になるという道も残しておかないといけないね。
 できることなら、陛下と王妃には僕以外の子供も作っておいてほしいんだけど、王妃は身体が弱いから、子供を作るのは難しいかもしれない。陛下も王妃の命を優先するだろう。
 まあ、幸い王弟殿下もいるし、王弟殿下には子供もいる。僕がいなくなってもこの国が滅びることはないだろう。
 僕にできるのは冒険者として出奔したときに、自分とソフィーの身を守れるように力をつけておくことか。力をつけることに損はない。今まで以上に剣技と魔法の授業は頑張ろう。
 あとは平民として生活できるように、日頃から城下町に降りておこう。ああでも僕の場合顔が目立つな……。幻覚魔法を覚えてからにしよう。

「大丈夫だよ、ソフィー。どちらにしても君は僕の妻になるから」
「つま……? きりきざんでたべられる……」
「なんか発音が違うかな。……食べることに違いはないけど」

 ソフィーはなにを想像してるんだろう?
 切り刻んでは食べないよ。違う意味でいつかは食べるけど。
 僕は七歳だけど、性教育はすでに受けてるからね。実践はしてないよ。まだ七歳だもの。精通が来てないし。

「ねぇ、ソフィー。それよりもお菓子食べたくなぁい?」
「おかし?」
「うん。薔薇のケーキ。王家の料理人がね、ソフィーのために作ったんだよ。食べたくない?」
「食べたいです!」

 うんうん、ソフィーって単純。かわいいなぁ。
 キラキラと目を輝かせて、さっきとはまるで違う。さっきまでしょぼくれてたのに、今は頭の中がケーキでいっぱいなんだろうとすぐわかる。
 分かり易すぎるのはどうかと思うけど、僕の前でならそれでいいや。僕以外の前ではもう少ししっかりしてもらわなくちゃいけないけどね。王妃教育が始まったらもう少ししっかりするだろう。残念だけど。

 とにもかくにも、ソフィーは婚約破棄をされると考えてるみたいだし、ソフィーから目を離しちゃいけないな。
 必要とあれば、閉じ込めなくちゃいけないかも。
 まあ、我が国に多大なる貢献をする公爵家の娘で、未来の王妃を監禁なんてことはなるべくしたくないんだけどね。願望だけなら自由だし、部屋を整えさせるのは自由だよね。


 その十数年後に、まさか本当にソフィーを監禁するとは思わなかったよ。

 ……本当だよ?
 ソフィーの妹があんなに僕にベタベタするのはどうしてかなぁ、とは思ってたけど、ソフィーの義妹だし仕方ないかなぁと思って。気分は悪かったけど、ソフィーに「君の妹気持ち悪い」なんてさすがに言えないよ。
 それがきっかけでソフィーが嫉妬するとは思わなかったし、まさか修道院に行くだの、娼婦になるだの言ってるとは思わないし。
 絶対許さないよ。そんな考えがなくなるまで監禁しないとダメでしょ?
 そしたら癖になっちゃって、監禁してるほうが安心するようになっちゃったんだよね。仕方ないよねぇ。
 ソフィーも本気で嫌がってないし、いいかなって。

 ま、結果的にみんな幸せでよかったよね。

 アルドルフ? あいつはきっとすぐに戻ってくるから別に心配してない。脳筋だから問題ないよ。
 あいつもさっさと婚約者でも作って結婚してくれないかなぁ。こっちで婚約者を選んでもいいんだけど、アルドルフは動物的なところがあるから、こっちで婚約者を選んでも気に入らなければ可哀想なことになる。難しい問題だよねぇ。

 アルドルフはどうでもいいとして、そろそろ隣国から女好きの第二王子が短期留学でこの国に来る。それも僕たちの結婚式までいるんだって。
 全く世の中うまく行かないよね。
 今まであいつが女好きだからソフィーに会わせないようにしてたのに、歓迎パーティーでソフィーと二人であいつに会うことになっちゃったんだもの。
 王から「そろそろソフィア嬢を部屋から出してあげなさい。せめてルバーニ殿下が来るときは家に帰してあげなさい」って言われちゃったし。
 王に言われるまでもなく、それは考えてた。
 数ヶ月といはいえ、第二王子も滞在する王宮にソフィーを置いておくわけにはいかない。

 寂しいけど、僕がソフィーの家に転移で逢いに行けば済む話。
 ああ、でもソフィーの態度によっては色々考えなくちゃいけないよね?

 この話を持っていったときのソフィーの反応が楽しみだなぁ。

 あれ? どうしてそんなに顔が真っ青なの? 本当面白いよね、アーノルドは。すごく顔に出る。それで周りにはクールって言われてるところが面白いところだよねぇ。
 さすがはソフィーの弟って感じ。ソフィーと切っても切れない縁があるのは少し腹立たしいけど、それを言ったらロマンス公爵もだしね。

 え? 血を抜かないでください?
 やだなぁ、僕がそんなことするわけないでしょう?
 本当、君たち姉弟はおかしいよねぇ。見てて楽しいや。
 ソフィーが帰るときはお迎えよろしくね。余計なことは言わなくていいから。

 ……ふふふ、怯えた顔がソフィーそっくりで面白いや。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

最高魔導師の重すぎる愛の結末

甘寧
恋愛
私、ステフィ・フェルスターの仕事は街の中央にある魔術協会の事務員。 いつもの様に出勤すると、私の席がなかった。 呆然とする私に上司であるジンドルフに尋ねると私は昇進し自分の直属の部下になったと言う。 このジンドルフと言う男は、結婚したい男不動のNO.1。 銀色の長髪を後ろに縛り、黒のローブを纏ったその男は微笑むだけで女性を虜にするほど色気がある。 ジンドルフに会いたいが為に、用もないのに魔術協会に来る女性多数。 でも、皆は気づいて無いみたいだけど、あの男、なんか闇を秘めている気がする…… その感は残念ならが当たることになる。 何十年にも渡りストーカーしていた最高魔導師と捕まってしまった可哀想な部下のお話。

処理中です...