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軽業師の凛と分身の佐助

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キツネたちは大人しく、檻の中にいた。が、キツネの姿のままではなかった。
「た、助けてください」
檻の中から女たちが、私たちの姿を見るなり、助けを求めてきた。
「助けて? 化けキツネが何を」
私は呆れていたが、檻の中の女たちは必死だった。
「こ、この女が私たちをキツネだと言って無理矢理捕まえて、こんなところに、助けて・・・」
化けキツネたちは、どうやら、来たばかりの隣国の姫様に助けてもらおうという魂胆らしく、姫様の前で騒いでいた。
私は、檻の隅にぶら下げた匂い袋を確認した。ずっと屋外の檻にぶら下げていたので、匂いの効果が薄れて来たのかもしれない。完全に匂いが消えたわけではないようで、彼女たちはそれを避けるようにして檻の中で化けていた。匂いを我慢して無理に化けているせいか額には汗が浮かんでいるようだが、それを誤魔化すように必死で姫様に訴えていた。冷静に見れば白々しいと分かるのだが、彼女たちの本当の姿を見ていない姫様には、本物の女性たちに見えているようだ。
「助けて、私たちはキツネなんかじゃないわ」
「お願い、ここから出して、家に帰して」
「家に、子供がいるの、お腹をすかせて待っているの、だから、帰して・・・」
子のいる親のふりをして悲痛な表情で檻の隙間から姫様に手を伸ばした。
「あら、まぁ・・・」
思わず同情して檻に近付こうとした姫様を邪魔するようにヒュンとクナイが飛んでそのキツネの腕を切った。
「ギャッ!」
切られて思わずキツネが悲鳴を上げて手を引っ込め、ついドロンと本来の姿に戻った。それにつられて他のキツネも驚いて、次々とびっくりしたように元の姿に戻った。
その光景に。思わず近づいた姫様も檻から数歩下がる。
そして、その姫様を守るように姫様と檻の間にひょいと身軽そうな少女がクナイを手に現れる。
「離れてください、こいつらは危険です」
油断なく、キツネたちを睨みながら、少女が姫様にいう。
忍びか。クナイは見たことあるし、その身のこなしから、王妃のくノ一のことを思い出す。なとなく、あのくノ一に似ている気もする。
「あら、姫様も忍びを?」
思わず問う。
「ああ、この子は姉が寄こした使いの子よ」
「使い?」
「あなた、知らないかしら、うちの姉、最近、忍びの集団を雇ったらしいの」
「集団?」
少女が、ぺこりと私に軽く頭を下げて、手短に自己紹介した。
「媚薬売り様、姉がお世話になりました。私は軽業師の凛と言います」
「姉というと、あなた王妃のくノ一の妹さん?」
「はい、しかし、さすがですね、本当にキツネたちを生け捕りにしたとは。しかも、三尾もいるじゃないですか」
クナイを握りつつ、本来の姿に戻った檻の中のキツネたちを睨む。
「でも、まだ、親玉の九尾の手掛かりはゼロだけど」
「それは、そうでしょう、我ら忍びが血眼になって探している九尾を、異国の者にあっさり見つけられたら、わたしたちの立つ瀬がありません」
軽業師の少女が苦笑している。
「お前が、あいつの妹か」
姿を隠して私を護衛していた佐助も、ひょいと姿を現す。
「ああ、そういえば、媚薬売り様にも、忍びがついているのでしたね。でも、生かしておくなんて、甘くないですか?」
「こいつらは、九尾を釣るエサさ。たくさん生きたまま捕えておけば、九尾も無視できないだろ」
「あれが、そんな誘いに乗ると?」
「少なくとも、俺たちだけじゃ、生きたまま三尾まで捕らえたことなんてないだろ?」
「・・・」
少女は悔しそうに押し黙った。実際、九尾たちを相手に忍びたちは何度も煮え湯を飲まされて、異国の私たち魔女が化けキツネたちを捕らえたのは忍びたちには成しえなかった大戦果だったのだ。
「けど、生かしておくなんて」
凛はひょいとクナイを三尾に向けて放ったが、サッと佐助が動いて、三尾を狙ったクナイを忍者刀で弾いた。
「狐を守るの?」
「こいつは生き餌だと言ってる。殺したら、ますます九尾に手が届かなくなる」
「どうかしら。私は今のうちにこいつら殺しておいた方がいいと思うけど」
目の前で姫様がたぶらかされそうになったのが、よほど、気に入らないらしい。
新しいクナイを取り出して、軽業師と佐助がにらみ合う。
「あらあら、やっぱり、こうなった」
このにらみ合いを読んでいたらしい時読みが、呆れつつ姿を現した。
「いっそのこと、勝負でもして、勝った方の意見を聞くのは、どうかしら。どちらも忍び、ならば、どちらも化けキツネには詳しいはず。勝負で、どちらかの意見を採用するのは、悪くないと思うけど」
未来が見えている時読みにはなにか考えがあるのか、私は少し迷ったが彼女の読みに期待することにした。
「それもそうね。このまま生かしておいて、絶対に九尾がつられて出てくる保証はないし、生き餌を殺した分、何か九尾を誘い出す案をだしてくれるんなら、私は構わないわ。姫様は、どうします?」
「そうね、生き餌として生かしておくより、殺して挑発するという手もあるでしょう」
危なくたぶらかされそうになっ姫様も、厳しい意見を口にしていた。
「なら、どっちか勝った方の意見を聞くで、いいわね」
軽業師が佐助に問う。彼は肩をすくめた。
どうやら、魔女たちが、忍びのお手並みを楽しく観戦したがっているのに気づいたようだ。
そう、私と時読みはもっともらしいことを口にしているが、本音は異国の忍び同士の果し合いがどういうものか見てみたいという魔女らしい好奇心があった。
「おじさん、うっかり、殺しちゃっても恨まないでね」
クナイから忍者刀に武器を持ち換えて、少女が佐助と対峙する。
「おいおい、びびって、小便漏らすなよ、ガキ」
佐助も忍者刀を手に、間合いを取る。
「おいおい、あたしらの命、あんた任せかい」
檻の中で三尾が、勝手に自分たちの命を掛けた勝負を始めた忍びに呆れる。
「もし、あんたが負けたら、化けて出てやるからね」
「へいへい、俺、幽霊とか苦手なんだ死んでも祟るなよ」
「どっちを見てる!」
軽業師は地面を蹴って高く跳んだ。しかも、忍者刀を片手に持ちながら空いた手でクナイを飛ばしていた。
が、佐助は地面に煙玉を叩きつけ、その煙の中で無数の分身を放ち、飛んでくるクナイから逃げていた。
「げほ、げほ、」
観戦していた私たちのところにまでその煙が届き、思わず、せき込んだ。が、私は、その煙の中に、嗅ぎなれた臭いを感じて、姫様と時読みの服の袖を引き、その煙から逃げた。
数秒私の判断が遅れていたら、私たちも佐助の煙玉の餌食になっていただろう。
煙が晴れて来ると、地面の上に無抵抗で少女が押し倒され、檻の中で人間の姿になった狐たちが乱交を始めていた。
「え、これは・・・」
驚いている姫様に私は耳打ちした。
「どんな堅物でも落せる策が聞きたいとかおっしゃってましたね。これが答えです」
ほんの数瞬前まで真剣ににらみ合っていたのに、少女は自分から待ち焦がれるように佐助に押し倒されていた。
「俺の勝ちで、いいよな?」
「は、はい、だから・・・」
少女は自分から佐助に抱きつくように濃厚な接吻をしていた。
「とにかく、勝負ありってことで」
私たちは気を利かせるようにその場を去った。後に残った忍びと、キツネたちが、媚薬の効果が切れるまで何をするかのぞき見する悪趣味は私たちにはない。


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