上 下
15 / 15

第14話

しおりを挟む




 「フランクール団長……それにエタンにみんな、お待たせしてすみませんでした」

 第三騎士団の面々が安堵の表情を見せる中、アベルだけは厳しい顔のままだった。
 “なぜ来たのだ”
 そう言われているような気がした。
 確かにアベルなら、この窮地もうまく乗り切ることができたかもしれない。
 むしろ、こういう場に慣れないエミリアンが加わることで、不利益を被る可能性の方が大きい。
 だが父王は、身内を贔屓するような愚かな王ではないし、事実さえ正しく伝われば、判決は公正に下るはず。
 そして、傷を負ったエミリアンが自らの口で証言するかしないかで、判決の内容は大きく変わる。
 本当は緊張で吐きそうだった。
 以前の自分なら絶対に逃げ出していただろう。
 けれどエミリアンは、生まれて初めて自分の意志で、真正面から母と兄に立ち向かおうとしていた。
 彼ら第三騎士団に良く思われたいとか、そういう打算的な気持ちからではない。
 
 「フランクール団長、よく一人で頑張ってくれました。今度は私の番です」

 アベルの表情が険しくなる。
 以前なら恐ろしく見えただろうが、彼なりに心配してくれているのだろう。
 今ならわかる。
 エミリアンは前に進み、ディオンと並んだ。

 「待っていたぞ弟よ!どうやらフランクール団長たちは色々と勘違いしているようなんだ。お前の口から皆に説明してくれるか?」

 「エミリアン!早くディオンの無実を証明して謝罪なさい!」

 ニタニタと嫌な笑みを浮かべる兄と、けたたましく叫ぶ母を横目に、大きく深呼吸する。
 そしてエミリアンは、真っ直ぐに父王の目を見た。

 「エミリアン、此度の件についてお前の口から言うことはあるか?」

 「はい。ですが事実をお伝えする前に、まずはこれまでの自分の態度について謝罪を」

 「謝罪とは?」

 「ここにいるすべての人がご存知のように、これまで私はずっと第三騎士団から目を背けておりました。理由は……面倒だったからです」

 場内がざわめきに包まれた。
 騎士団を率い、国の発展に務めることは王子として生を受けた者の義務だ。
 そして騎士団を創設するにあたり、莫大な国費も費やされている。
 非難されるのは当たり前だ。
 しかし過去を悔やんでいる暇はない。
 怖気づきそうになるが、エミリアンは決して俯くことをせず、必死で受け止めた。

 「ですが私はこれまでの自分を変えたいと……自分の未来の手綱をしっかりとこの手に握りたいと思いました。そして私にそう思わせてくれたのは、そこにいる母と兄の存在です」

 ディオンとグレースの表情は喜色めいた。
 しかしそれも束の間。

 「第三騎士団は、以前より第二騎士団から執拗な嫌がらせを受けておりました。先日その場に遭遇し、口頭で注意したところ、ディオン兄上から見て見ぬふりをするよう警告を受けました。第三騎士団は第二騎士団のストレスのはけ口なのだと」

 「なっ……エミリアン!!」

 「なにを言うの、エミリアン!!」

 「黙れ。私はエミリアンに聞いているのだ」

 割って入った二人を国王が強い言葉で制止する。
 逆らうことの許されない絶対的存在からの命令に、ディオンは青ざめ、グレースはぎりぎりと歯噛みした。

 「エミリアン、続けなさい」 
 
 「はい。私は第三騎士団に手を出さないで欲しいと兄に伝えましたが……情けないことに足が竦んで、強く言い返すことができませんでした。それを兄は私の了承と受け取ったようです」

 エミリアンはそれからの経緯を順を追って説明していった。
 再び嫌がらせの現場に遭遇したこと。
 エタンが暴力を振るわれると思ったら、咄嗟に飛び出してしまったこと。
 アベルが第二騎士団員に暴行したのはエミリアンを救い出すためだったこと。
 そしてエミリアンは、最後に自身の頬を指して見せた。

 「この怪我をご覧ください。私が怪我を負ったのは偶然ですが、第二騎士団の二人が、私の大切な騎士の一人であるエタンに乱暴を働こうとしたことは事実です。父上、どうか公正なご判断をお願いいたします」

 すべて言い終えるとエミリアンは口を閉じ、父王からの返答を待った。

 「……お前がこれほど自身の騎士についてちゃんと考えていたとはな」

 国王は意外そうに呟くと、珍しいものを見るような目でエミリアンを見つめ、黙ってしまった。

 重くのしかかる緊張感。
 沈黙が場内を支配する。

 横からは兄と母の焼け付くような視線を感じ、背中に嫌な汗が伝った。
 結果として、兄の前途にエミリアンが傷を付ける形となってしまった。
 覚悟はしていたものの、このあと待っている二人からの仕返しは、相当なものだろう。
 想像するだけで頭が痛くなる。
 重くなる心を隠すように視線を下に向けたエミリアンだったが、その時後ろに控えていたアベルやエタンたちが動いた。

 「え……?」

 思わず間の抜けた声が出る。
 彼らはまるで、ディオンとの間に壁を作るようにして、エミリアンを囲んだのだ。
 (まさか……)
 自惚れかと思ったが、そうじゃない。
 兄と母の視線から自分を守ってくれているのだ。

 「皆……」

 これまでエミリアンに手を差し伸べてくれる人など誰一人としていなかった。
 家族でさえかけてくれなかった温情を彼らが与えてくれるというのか。
 僅かな時間しか共に過ごしていない赤の他人である彼らが。
 目頭が熱くなり、エミリアンは強く唇を噛んだ。
 静まり返っていた広間に扉が開く音が響き渡る。
 にわかにざわめきだした場内に、エミリアンたちは何事かと目を向ける。

 「シルヴァン兄上……?」

 久しぶりに見る長兄の姿に思わず声が漏れた。
 シルヴァンは真っ直ぐに父王へ向かって歩を進め、玉座の前まで来ると膝を折った。

 「父上、審問の進行を妨げるような真似をして申し訳ありません」

 「構わん。なにかあったか」

 シルヴァンは視線を後方に動かし、すぐさま父王へと戻した。

 「いえ……ただ弟二人のことですので、見守らせていただきたく存じます」

 
 
 


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(16件)

ぱら
2023.10.07 ぱら

皆さんの主を護る姿勢が素晴らしい!
肉の壁の安心感!(⸝⸝⸝ᵒ̴̶̷ ⌑ ᵒ̴̶̷⸝⸝⸝)✨

解除
ねこ
2023.10.06 ねこ

泥怨 あっ ディオンと毒母、父王からお叱り受ければいいのに。お仕置きされればいいのに。されたとしても諦めなさそうだけど。

シル兄様はどんなお人なんだろう…ハラハラドキドキ…

解除
nico
2023.10.05 nico

あの最低騎士たちは首チョンパ当たり前ですよね〜
そして、主人公!
心を決めました(๑•ㅂ•)و
いざ参らん決戦?の場へ୧( •̀ㅁ•́๑)૭✧
母兄をメタンメタンに!


頬に傷あるロイク…
筋柱?筋塊?ムフ!ᐠ(   ᐢ ᵕ ᐢ )ᐟ
新たな筋肉が!←キタ〜

クマ三郎@書籍発売中
2023.10.05 クマ三郎@書籍発売中

nico様こんばんはฅʕ•ᴥ•ʔ
nico様の関心は最終的にいつも筋肉に……😂😂😂
エミリアンの頑張りも、もっと注目していただけるように頑張ります!

解除
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

秘密宴会

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:163pt お気に入り:8

【R18】水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士

恋愛 / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:1,040

妹にあげるわ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:133,140pt お気に入り:4,537

氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

BL / 連載中 24h.ポイント:55,707pt お気に入り:5,101

私が王女です

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:41,650pt お気に入り:386

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,215pt お気に入り:4,133

異世界に転生したので、とりあえず戦闘メイドを育てます。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,412pt お気に入り:945

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。