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しおりを挟む「会う人すべてがあなたを好きになるわね。なんだか妬けちゃうわ」
イヴとハリーにアーヴィングを独占されたアナスタシアは、わざと拗ねたように言ってみた。
「そんなこと……それに俺の一番大切で唯一の人は殿下です」
「みゃっ!」
「わふっ!」
しかしそれでもアナスタシアは拗ねた表情を緩めない。
「だって、みんな名前で呼んでもらっているのに、私だけ“殿下”のままなんだもの」
「そ、それは!」
「大切な人には名前で呼んでもらいたいものじゃない?あなただって私から“ラザフォード卿”なんて呼ばれたら嫌でしょう?」
困ったような顔をするアーヴィングの胸にイヴが前足で触れた。
「みゃう」
そしてハリーも。
「わふぅ」
アーヴィングはアナスタシアの顔を見上げた。
「……アナスタシア……」
口に出した瞬間アーヴィングの顔が真っ赤に染まる。きっと女性の名前を呼ぶのは初めてなのだろう。
戸惑うように、けれど甘さをたっぷりと含んだその声に、アナスタシアの頬も熱くなる。
「ア、アナスタシアは長いから、“シア”でいいわ。こっちに来てアーヴィング」
隣をぽんぽんと叩くと、アーヴィングはイヴとハリーを抱き上げて再びソファに座り直した。
「二人がそこにいたら私がアーヴィングのお膝に座れないじゃない。もう、わざとね」
しかしイヴとハリーはどこ吹く風だ。
「叱らないであげてください。……本当に可愛い子たちですね」
アーヴィングの大きな手で優しく撫でられて、イヴとハリーはご満悦だった。
*
「あいつら……!!」
「キリキリキリキリキリキリ…………!!」
ここに部屋を覗き見する二人の輩アリ。
全力疾走でイヴとハリーを追いかけてきたそれぞれの真の主である。
ルシアンに至っては歯の奥からキリキリと変な音を立てている。
「入るならノックしてさっさと入れ。覗きは悪趣味だ」
イアンの言葉にローレンスは顔を顰めた。
「……俺はイアンに話がある。ルシアン、お前先に行ってこい」
「えっ?」
ローレンスはルシアンの首根っこを掴み、有無を言わさず部屋の中へ放り込んだ。
そして自身はイアンと向き合う。
「俺はお前と話すことなんてないぞ」
イアンはローレンスの方を見もしない。あくまで護衛としての任務に徹する構えだ。
「……悪かったよ」
「は?」
ローレンスの口から出た世にも珍しい言葉にイアンは素っ頓狂な声を出した。
「頭でも打ったか。それとも暑さで虫が湧いたか」
「頭はいたって正常だ!だから、悪かったって謝ってんだよ!!」
「なにに」
「え!?」
「だからなにに対して謝ってるんだ」
意外に柔軟なイアンの態度になにを勘違いしたのかローレンスは打って変わって機嫌が良くなった。
「いやそれはお前……俺がいつまで経ってもお前の気持ちを考えて行動してやれなかったことに対してだよ」
「はあ!?」
「だってお前あの時言ったじゃないか。“アナスタシア殿下の幸せを考えてやれ”って」
“あの時”とはイアンがローレンスの側から離れる原因となった大喧嘩のことだ。
確かにそう言ったが、ローレンスの口調からはイアンの意図したことが正確に伝わったような雰囲気を感じない。
「シアの幸せってのは要するに女としての幸せってことだろう?」
「まあ……そうだが……」
「それを過保護な俺たちがいつまでも邪魔することに対してお前は苦言を呈したというわけだ」
「……その通りだ」
大筋は合ってるが嫌な予感がしてならない。
「俺もあの後反省したんだ。お前の気持ちを誰よりもわかっていたはずなのに……わかってるよイアン。お前、なかなかシアとの話を進めない俺に腹が立ったんだろう?そうこうしてるうちにシアはあんな男を連れてくるし……あいつの護衛を買って出たのもシアを陰ながら守るためだったんだろう?」
「はぁ!?」
「ああ、なにも言うな。長い付き合いだ。お前の気持ちはわかってるって。俺もシア可愛さについつい先延ばしにしてしまったが、あんな奴に取られるくらいならお前に嫁がせたほうが千倍マシだ。イアン、戻ってこい。そして二人でシアの目を覚ましてやろう」
イアンは目を閉じ天を仰ぐ。
本音を言えば、確かに自分はアナスタシアを愛してる。
それはもう記憶にないくらい昔からだ。気づくとか気づかないとかじゃない。
彼女を愛する自分が当たり前だったのだ。
だからこそ幸せにしたい。なにがなんでも、彼女が自身で選んだ愛を手にして幸せになる未来が見たい。
それは例えそこに自分が含まれていなくてもだ。
(それなのにこいつときたら……!)
優秀なくせに肝心なことはなにもわかっちゃいない。
イアンは固く拳を握り締めた。
扉の前で乱闘が起こるまで、あと数秒。
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