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61 閑話①

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 「……いやだった……?」

 キスを返してくれないアーヴィングに問い掛ける。
 しかし彼からは『ぁ……ぅ……その……』といった間の抜けた言葉しか返ってこない。
 それに、覆い被さるようにした身体の腹部から下は、まるでアナスタシアを避けるかのように離れている。

 「……後悔してるの……?私とこうなったこと……」

 昨夜のことは、アーヴィングにとってこれまで輪郭のぼやけていたであろう将来が、はっきりと形になったと思う。
 それと共に両親はともかく、兄弟の態度から彼には嫌な思いもさせてしまった。
 もしかして、望まない選択を強いてしまったのではないだろうか。
 優しいアーヴィングのことだ、嫌なことを嫌と言えなかったのかもしれない。
 なぜなら、アナスタシアに恩義を感じているから……。
 不安なんて、最後に抱いたのはいつのことだろう。こんな気弱なのは自分らしくない。
 (私は……本当にアーヴィングのことを……)

 いつだったかゴドウィンに聞かれた。
 アーヴィングをどう思っているのかと。
 その問いに“もうすぐ愛するだろう”と答えたのは、芽が確かに自分の中にあったから。
 けれど、まさかこんなに早く育つなんて思いもしなかった。
 自分はアーヴィングに恋をしている。
 愛もある。けれど、今心の中を占めているのは間違いなく恋慕の情だ。
 怖くて、変に勘ぐって不安になって……自分の心がかき乱されて、思うようにならない。
 だから答えが欲しい。今の態度にはどんな意味があるのか教えて欲しい。
 アナスタシアはアーヴィングの頬を両手で包んで自分の方を向かせた。
 気まずそうなアーヴィングの表情が、アナスタシアの心を抉る。
 どんな時だって彼は真っ直ぐにアナスタシアを見つめてくれていたのに。

 「……なにかあるならちゃんと言ってアーヴィング……っ……!」

 「シ、シア!!」

 今にも泣き出しそうな顔で唇を噛んだアナスタシアに、アーヴィングは慌てた。

 「泣かないで!泣かないでシア!!」

 「だって……」

 「愛してる……愛してるんですシア!!」

 「じゃあどうして避けるの……?」

 「そ、それは……!!」

 そう言ってアーヴィングはまた口ごもる。

 「……もういい……」

 子どもみたいなことをしてるのはよくわかってる。
 昨夜、アーヴィングがどれほどアナスタシアへの愛を表現してくれたのかも。でも止められないのだ。
 アーヴィングの側にいると、これまで家族にだって言ったことのないわがままな言葉が次から次へと口から出ていってしまう。
 アナスタシアはアーヴィングを押しのけるようにして横を向いた。
 アーヴィングはそんなアナスタシアの後ろで黙ったままでいた。
 だがしばらくすると、なにかを決意するように鼻から深く息を吸い、後ろからアナスタシアを強く抱き締めたのだ。

 ────!?

 その瞬間、アナスタシアの柔らかな臀部に当たったのは、熱した鉄のような硬い棒。
 それがなんなのかわからないほどアナスタシアは子どもではなかった。
 
 


 
 
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