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27 王太子殿下side

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「……じゃあ本当に。王太子殿下が……リュシーなんですか?」

長い昔話を語り終えたあと。
ソファーに並んで座るエミリアは、まだ信じられないという顔をして聞いてきた。
私は気恥ずかしさを感じながらも頷いた。

「そうだよ」

「でも……リュシーは女の子で。
遠くの国の……貴族の養女になったと聞きました」

「そうか。シスターはそう言ってくれたんだね。
私が突然いなくなった理由を」

「……ですが……でも……。
まさかリュシーが、王太子殿下だっただなんて……」

「言っただろう?
性別を偽ってシスターの――公爵の姉上がいたあの修道院に匿われていたんだ。
当時の私は小柄でね。五歳年下の従妹リリローズとさほど背丈が変わらなかったし、声変わりもまだだった。
女の子で通ったんだ」

「……髪色が……違います」

「成長とともに濃く変わったからね。
性別も髪色も違うんだ。君が気づかなくても無理はない。
では、その胸のペンダントを開けてみる?」

「……ペンダント?」

「持っているよね、服の下に。小さな楕円形のペンダントを。
それは密封してあるけれど、内側に私の紋章が刻まれている」

「―――え?」

「そのペンダントは私が王子であることを示す物だったんだよ。
それをあの修道院を去る時に、私はシスターに託したんだ。
君に渡してくれと」

エミリアは首からかけていたペンダントをはずし、手のひらに置いた。
10年の歳月を経たそれは、私の記憶の中のものより深みのある、あたたかな色合いになっていた。

エミリアはしばらく見つめていたが、やがてぎゅっと握りしめた。

「何故リュシーだと、すぐに教えて下さらなかったのですか」

「……君に、今の私を好きになって欲しかったから。
私がそうだったように」

「―――――」

「――最初はね。
ジェベルム侯爵家に君がいることを知り、私は君をあの家から解放してあげようと思った。
それだけのつもりだった。
だが懐かしさから、大陸公用語で君と手紙のやりとりをするうちに、次第に思いが変化していった。
私の側にいてくれないだろうかと思うようになった。
だから聞いたんだ。
『私とは、どんな夫婦になりたいか』と。
そして君の返事で、私は君を婚約者にすると決めた」

「返事?」

「ああ」

「……でも……私の返事は……」

「――『わかりません』」


「……え?」
「……は?」

思わずだろう。
それまで無言で控えていた侍女のキャシーと侍従のカイゼルが声を発した。


私は吹き出した。

「ごめんね。実は大笑いしてしまったんだ。
今のこの国をどう思うか。他国との関係はどうか。どんな王太子妃を目指すか。
それらの質問には真摯な、よく考えられた答えが返ってきた。
きっと君はこの返事を書くためにたくさん勉強をしたんだとわかる答えだった」

「…………」

「けれど、どんな夫婦になりたいかと問われても。
《夫婦》というものを知らずに育った君には答えがわからなかった。
勉強のしようがないし、問題のあるジェベルム侯爵夫妻を参考にもできない。
ならば適当に書いても良かったのに。
君は正直に『わからない』と答えた。
そんな君に、私はどうしようもなく惹かれたんだよ。
君が私を変え、王太子へと導いた『私のリア』だ、という以上にね」


エミリアは俯いていて表情はわからなかった。
わからなかったが

震えている肩。
手の甲に落ちる雫。

私はエミリアをそっと抱きしめた。


加減を間違えないように。
壊さないように。


10年前の、あの日のように―――――


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