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終わる
しおりを挟む「ごめんなさいね。久しぶりに会ったのにこんな話」
フェリが謝ると亜麻色の髪の、同僚の奥方が言った。
「そんな。何でも話してよ。その方が嬉しいわ。
貴女は私の特別なの。この町に来て、初めてできたお友達だもの」
「あら、そうだったの?」と黒髪の友人。
「そうなの。引っ越してきたばかりの頃よ。
夫婦で出かけた時にフェリが声をかけてくれて。街を案内してもらったのよ」
「二人でキョロキョロしてたもの。ああ、道がわからないのかな、と思って」
同僚の奥方とフェリが笑い合った。
俺はようやく思い至った。
――「フェリが大変な時に何を言っている!」――
フェリが流産しそうになって絶対安静と言われ実家で静養していた時。
旅行に行くと話していた俺を、愛妻家の同僚はそう言って止めた。
あいつは愛妻家だからな……と気にもしなかった。
《愛妻家だから》だけで言った言葉ではなかったのだ。
愛妻家の同僚――亜麻色の髪の、フェリの友人の夫はフェリと顔見知りだった。
フェリのことを思いやって出た言葉だったのか。
なのに……夫である俺は……。
「それにしても。フェリ。良く我慢したわね。
私ならセディクをぶっ飛ばして一年で別れてるわ」
黒髪の友人が言った。
今度は同僚の奥方も同意する。
「本当よ。私だって無理」
「でしょう?」
黒髪の友人が笑う。
この黒髪の友人は知っていた。
領地をおさめる子爵様のお屋敷で働いている女性だ。
俺は苦手だった。
滅多に会わなかったが、会えば必ず睨みつけられたから。
よほど俺が嫌いなんだな、と思っていたが……その通りだった。
嫌われて当たり前だ。
その時、フェリが呟いた。
「……私も。もう終わりにしようと思うの」
フェリは両手で包むようにして持っていたカップをソーサーに置いた。
「娘も、もう家を出る。
私も……この家を出ようと思う。
別れることにするわ。
きっとあの人は私を愛そうとして出来なかったのよ。
なのにこの先もずっと《重い荷物》を背負ったままじゃ、可哀想だものね」
息を呑んだ。
亜麻色の髪の同僚の奥方が痛ましそうにフェリを見ている。
「フェリ……」
「どこまであんな奴のこと考えるのよ」
黒髪の友人が呆れたように言う。
フェリはくすくす笑った。
そして
「……ああ。今、思い出したわ。あの人《娘が欲しい》って言ったの」
「え?」
「父が国王陛下に発明を認められた《一代男爵》だったから。
私、幼い頃からいろんな人たちに《男の子を産むといい》って言われていたの。
《一代男爵の孫だ。きっと祖父のような物凄い発明家になるぞ》って。
わかってる。そんなの単なる軽口よ。
でも私は、それが物凄く嫌だった。
……けれどあの人は言ったの。
《娘が欲しい。きっとフェリに似て可愛いだろうな》って。
そんなこと言われたの初めてだった。
……きっとそこが好きだったのね」
そう言うと
フェリはそれまで包むようにしていたカップから両手を、そっと離した。
涙が溢れてきた。
俺は唇を噛んでそれを止めた。
流す資格などない涙だ。
許してくれとは言えない。
20年だ。20年。
自分がどれだけフェリを傷つけてきたのか。
やっとわかった。
気づかなかった。
毎日、顔を見ていた……はずだった。
毎日、話しをしていた……はずだった。
俺は馬鹿だ。
フェリの顔を表情をちゃんと見たことがあったか?
行ってらっしゃい
おかえりなさい
ご飯は?
わかりました
おやすみなさい
それを《フェリの話》だと、どうして思えたのだ。
俺は…………馬鹿だ…………。
けれど……やり直したい。
なにを今さら、と思われても仕方がない。
それでも……やり直させて欲しい。
今までの20年は戻せなくても
これからの数十年を変えてみせるから。
俺は気づかれないようにその場を離れることにして向きを変える。
そこには人影があった。
娘だった。
だが今日は仕事だったはずだ。
俺は首を傾げた。
「……リリ?」
次の瞬間、世界が消えた―――――
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