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第二部
15.儀式②
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※15話では主人公がかわいそうな目に遭うのでご注意下さい
◆ ◇ ◆
***
ふらふらする足取りで部屋を出る。お腹がまだひりひりと痛んだ。
「儀式」はひどいものだった。
お腹の表面にじくじくと針を入れられ、歪つな文様を刻みこまれる。痛みに思わずのけぞると、ローブの女は手枷と足枷を嵌めて私をベッドにくくりつけた。
逃げられない苦痛といつまでも続く鈍い痛みで、体は疲れきっていた。
ボタンをそっとはずしてお腹を見る。真っ白だった肌は血と腫れで赤く染まり、その隙間は醜い黒い文様に埋め尽くされている。
気味が悪くて吐き気がした。
この文様があれば外界から魔力を取り込めるようになり、魔力の器が広がると聞いた。
そのせいなのか、儀式の余韻なのかわからないが、さっきから気分が悪くてしかたない。
それでも私には誇らしい気持ちもあった。
クロフォード家のためにあんなおぞましい儀式に耐えたのだ。もしかしたら、さっきのようにまた両親に褒めてもらえるかもしれない。
そう思って私は、こっそり地下室を出て、地上の部屋へ足を運ぶ。
地上へ行ってすぐに私は後悔することになる。
そこには地下室とは正反対の明るい光景が広がっていた。
飾り立てられた広間に、たくさんの人々が集まっている。
美しいドレスを着た淑女たちに、正装をした紳士たち。たくさんの料理の並ぶテーブル。会場を埋める色とりどりの花。煌びやかな空間に眩暈がしそうになる。
私の目は、会場の真ん中で嬉しそうに笑う少女から離れなくなった。少女は赤いミニドレスを着て、たくさんのプレゼントを抱えてはしゃいでいる。
横には父と、まだ小さな妹を抱きかかえた母、それに兄が見えた。
私と同じ顔をした少女。
顔の造りは同じだというのに、その顔は随分健康的で明るく見えた。髪も肌もつやつやとして、目は希望に満ちたように光り輝いている。
可愛らしい、幸せそうな少女。私とは何もかも違う、双子の姉。
地下室でローレッタと二人身支度ごっこをしたくらいで、彼女に劣らない姿になれただなんて、なぜ思えたのだろう。
私は会場のドアの前から動けなくなる。
そうだ。今日は私たち双子の誕生日なのだ。生まれた日、私は暗い地下室で痛みに耐えながら儀式を受け、姉はみんなの笑顔に囲まれながら明るい景色の中で笑っている。
姉の頭を撫でながら何かしゃべりかけている両親を見て、私の心は凍りついた。初めから私が認められることなど、あるはずがなかったのだ。
両親にとってはクロフォード家のために儀式に耐えた私よりも、何も知らずに無邪気に笑う姉のほうが可愛い娘。
そんなことすら気づかず、頑張ったらいつか認めてもらえるのではないかと無駄な努力をしていたなんて。
心がどんどん冷えていく。
もう何も考えたくなかった。ふらふらする足取りで、何とか地下室に戻る。
さっきまでの誇らしい気持ちはとっくにどこかに消えて、ただ痛みと息苦しさだけが残った。
***
地下室の部屋でベッドに入り、私は一人痛みに耐える。体だけじゃなく、心もズキズキ痛んでたまらない。
そのとき、廊下から足音が聞こえて来た。
コンコン、と雑なノックの音がして、扉が開く。返事が聞こえる前から開ける考えのなさは、きっとローレッタだ。
「リディアお嬢様。お食事を運んできましたっ」
ローレッタはおぼつかない足取りで、ベッド横のテーブルに食事のトレイを乗せる。いつものことだけれど、スープがこぼれて、盛り付けもがたがたになっていた。
いつもなら「あなたは本当に不器用でだめね」と笑うが、今日はとてもそんな気分にならない。
「お嬢様、具合悪いんですか?」
返事をしない私を見て、ローレッタが不安そうに顔を覗き込んでくる。言葉を発するのも億劫だったが、短く答えた。
「そう。具合が悪いの。食欲もないからそれはいらないわ。あなたが全部食べちゃって」
「でも、食べないとよくならないですよ」
「いいのよ。放っておいて」
ぶっきらぼうに言うと、ローレッタは少し困った顔をしていた。
「じゃあ私が食べさせてあげましょうか?」
「いらないわ。食欲自体ないの」
「えー、えーと、それなら! シロップ水を作って来ます。おいしいシロップなら飲めるでしょう?」
「嫌よ。甘いものなんてなおさら口に入れたくない」
パーティー会場で見た色鮮やかな飲み物を思い出し、引きつった顔で首を横に振る。ローレッタは眉尻を下げて、すっかり困った顔をしていた。
困ってなんかいないで、さっさと下がってくれたらいいのに。
◆ ◇ ◆
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ふらふらする足取りで部屋を出る。お腹がまだひりひりと痛んだ。
「儀式」はひどいものだった。
お腹の表面にじくじくと針を入れられ、歪つな文様を刻みこまれる。痛みに思わずのけぞると、ローブの女は手枷と足枷を嵌めて私をベッドにくくりつけた。
逃げられない苦痛といつまでも続く鈍い痛みで、体は疲れきっていた。
ボタンをそっとはずしてお腹を見る。真っ白だった肌は血と腫れで赤く染まり、その隙間は醜い黒い文様に埋め尽くされている。
気味が悪くて吐き気がした。
この文様があれば外界から魔力を取り込めるようになり、魔力の器が広がると聞いた。
そのせいなのか、儀式の余韻なのかわからないが、さっきから気分が悪くてしかたない。
それでも私には誇らしい気持ちもあった。
クロフォード家のためにあんなおぞましい儀式に耐えたのだ。もしかしたら、さっきのようにまた両親に褒めてもらえるかもしれない。
そう思って私は、こっそり地下室を出て、地上の部屋へ足を運ぶ。
地上へ行ってすぐに私は後悔することになる。
そこには地下室とは正反対の明るい光景が広がっていた。
飾り立てられた広間に、たくさんの人々が集まっている。
美しいドレスを着た淑女たちに、正装をした紳士たち。たくさんの料理の並ぶテーブル。会場を埋める色とりどりの花。煌びやかな空間に眩暈がしそうになる。
私の目は、会場の真ん中で嬉しそうに笑う少女から離れなくなった。少女は赤いミニドレスを着て、たくさんのプレゼントを抱えてはしゃいでいる。
横には父と、まだ小さな妹を抱きかかえた母、それに兄が見えた。
私と同じ顔をした少女。
顔の造りは同じだというのに、その顔は随分健康的で明るく見えた。髪も肌もつやつやとして、目は希望に満ちたように光り輝いている。
可愛らしい、幸せそうな少女。私とは何もかも違う、双子の姉。
地下室でローレッタと二人身支度ごっこをしたくらいで、彼女に劣らない姿になれただなんて、なぜ思えたのだろう。
私は会場のドアの前から動けなくなる。
そうだ。今日は私たち双子の誕生日なのだ。生まれた日、私は暗い地下室で痛みに耐えながら儀式を受け、姉はみんなの笑顔に囲まれながら明るい景色の中で笑っている。
姉の頭を撫でながら何かしゃべりかけている両親を見て、私の心は凍りついた。初めから私が認められることなど、あるはずがなかったのだ。
両親にとってはクロフォード家のために儀式に耐えた私よりも、何も知らずに無邪気に笑う姉のほうが可愛い娘。
そんなことすら気づかず、頑張ったらいつか認めてもらえるのではないかと無駄な努力をしていたなんて。
心がどんどん冷えていく。
もう何も考えたくなかった。ふらふらする足取りで、何とか地下室に戻る。
さっきまでの誇らしい気持ちはとっくにどこかに消えて、ただ痛みと息苦しさだけが残った。
***
地下室の部屋でベッドに入り、私は一人痛みに耐える。体だけじゃなく、心もズキズキ痛んでたまらない。
そのとき、廊下から足音が聞こえて来た。
コンコン、と雑なノックの音がして、扉が開く。返事が聞こえる前から開ける考えのなさは、きっとローレッタだ。
「リディアお嬢様。お食事を運んできましたっ」
ローレッタはおぼつかない足取りで、ベッド横のテーブルに食事のトレイを乗せる。いつものことだけれど、スープがこぼれて、盛り付けもがたがたになっていた。
いつもなら「あなたは本当に不器用でだめね」と笑うが、今日はとてもそんな気分にならない。
「お嬢様、具合悪いんですか?」
返事をしない私を見て、ローレッタが不安そうに顔を覗き込んでくる。言葉を発するのも億劫だったが、短く答えた。
「そう。具合が悪いの。食欲もないからそれはいらないわ。あなたが全部食べちゃって」
「でも、食べないとよくならないですよ」
「いいのよ。放っておいて」
ぶっきらぼうに言うと、ローレッタは少し困った顔をしていた。
「じゃあ私が食べさせてあげましょうか?」
「いらないわ。食欲自体ないの」
「えー、えーと、それなら! シロップ水を作って来ます。おいしいシロップなら飲めるでしょう?」
「嫌よ。甘いものなんてなおさら口に入れたくない」
パーティー会場で見た色鮮やかな飲み物を思い出し、引きつった顔で首を横に振る。ローレッタは眉尻を下げて、すっかり困った顔をしていた。
困ってなんかいないで、さっさと下がってくれたらいいのに。
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