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第一部
1.婚約者の噂③
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私はしばらく俯いて考え込んだ後、決意を決めてメイドに言った。
「フィオナ様が現れてから数ヶ月、黙って様子を見守って来たけれど……。これは放っておくわけにはいかないわ。二人の実際の関係がどうであれ、つき合っているとまで噂が流れてしまうような状況は見過ごせないもの」
「ええ、お嬢様! 私もそう思います。それでどうする気です? みんなの前で糾弾してつるし上げちゃいますか?」
「馬鹿なことを言わないで。今はそんな大騒ぎを起こす時期じゃないわ。アデル様にお話をうかがって、対応を改めてもらうよう話し合うのよ」
「聞き入れてくれますかねぇ」
「……どうでしょうね。でも、全く聞き入れてもらえないようなら……婚約解消してもいいと思っているの。だって、男爵令嬢といちゃついている王子の婚約者を続けるなんて、屈辱でしょう?」
私がそう言うと、メイドは両手で口を覆ってにやにやし始めた。よっぽど私の決断が愉快なのだろう。それにしても、慎みというものがない。
「いつにします? アデルバート様との話し合い」
「そうね……。明日の夜なんてどうかしら。大事にしたくないから、家族には内緒で抜け出して」
「随分急ですねぇ。わかりました。抜け出す手配はしておきます」
「頼んだわよ」
メイドは元気よく片手を上げて「お任せください!」と返事をした。
こんなメイドだが、彼女は私が抜け出すのを手伝ってへまをしたことは一度もない。そういうところは優秀なのだ。
メイドを下がらせると、私は窓辺に立って外の景色をじっと眺めた。目に映るいつも変わらない景色に、思わず目を閉じる。
目を瞑ると、今でも鮮明にアデルバート様と初めて会った日のことを思い浮かべられた。
明るい太陽の下で開かれた初めてのお茶会。
王子様と会うなんて絶対に失敗をするわけにはいかないと緊張していた私に、アデル様は顔を綻ばせて笑いかけてくれた。
『君の目の色はとても綺麗だね。草原の色みたいだ』
何気ない一言だったのだろう。これから婚約者になるかもしれない令嬢に、社交辞令を口にしただけなのかもしれない。
けれど、厳しい環境で褒められることなく育ってきた私は、その言葉と笑顔にすっかり心を奪われてしまった。
……けれどそれは十年も前のことだ。
今の彼はもうリディア・クロフォードへの興味を失っている。
時折二人で話す機会があっても、私に冷たい視線を向けるばかり。早くこの時間が終わってくれないかとばかりに何度も時計を眺めては、ため息を吐いている。
アデル様が変わってしまった理由は想像がつくとはいえ、面と向かって冷たい視線を浴びせられるのは胸が痛かった。
「昔のことなんて忘れないとね」
自分に言い聞かせるようにわざと声に出して呟いた後、私は静かに窓から離れた。
「フィオナ様が現れてから数ヶ月、黙って様子を見守って来たけれど……。これは放っておくわけにはいかないわ。二人の実際の関係がどうであれ、つき合っているとまで噂が流れてしまうような状況は見過ごせないもの」
「ええ、お嬢様! 私もそう思います。それでどうする気です? みんなの前で糾弾してつるし上げちゃいますか?」
「馬鹿なことを言わないで。今はそんな大騒ぎを起こす時期じゃないわ。アデル様にお話をうかがって、対応を改めてもらうよう話し合うのよ」
「聞き入れてくれますかねぇ」
「……どうでしょうね。でも、全く聞き入れてもらえないようなら……婚約解消してもいいと思っているの。だって、男爵令嬢といちゃついている王子の婚約者を続けるなんて、屈辱でしょう?」
私がそう言うと、メイドは両手で口を覆ってにやにやし始めた。よっぽど私の決断が愉快なのだろう。それにしても、慎みというものがない。
「いつにします? アデルバート様との話し合い」
「そうね……。明日の夜なんてどうかしら。大事にしたくないから、家族には内緒で抜け出して」
「随分急ですねぇ。わかりました。抜け出す手配はしておきます」
「頼んだわよ」
メイドは元気よく片手を上げて「お任せください!」と返事をした。
こんなメイドだが、彼女は私が抜け出すのを手伝ってへまをしたことは一度もない。そういうところは優秀なのだ。
メイドを下がらせると、私は窓辺に立って外の景色をじっと眺めた。目に映るいつも変わらない景色に、思わず目を閉じる。
目を瞑ると、今でも鮮明にアデルバート様と初めて会った日のことを思い浮かべられた。
明るい太陽の下で開かれた初めてのお茶会。
王子様と会うなんて絶対に失敗をするわけにはいかないと緊張していた私に、アデル様は顔を綻ばせて笑いかけてくれた。
『君の目の色はとても綺麗だね。草原の色みたいだ』
何気ない一言だったのだろう。これから婚約者になるかもしれない令嬢に、社交辞令を口にしただけなのかもしれない。
けれど、厳しい環境で褒められることなく育ってきた私は、その言葉と笑顔にすっかり心を奪われてしまった。
……けれどそれは十年も前のことだ。
今の彼はもうリディア・クロフォードへの興味を失っている。
時折二人で話す機会があっても、私に冷たい視線を向けるばかり。早くこの時間が終わってくれないかとばかりに何度も時計を眺めては、ため息を吐いている。
アデル様が変わってしまった理由は想像がつくとはいえ、面と向かって冷たい視線を浴びせられるのは胸が痛かった。
「昔のことなんて忘れないとね」
自分に言い聞かせるようにわざと声に出して呟いた後、私は静かに窓から離れた。
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