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第十七話 フェリ・エイデン -1
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結局、あのとき、ルインとシグルドの唇は触れ合わなかった。
ルインが拒んだわけではない。どちらかというと、シグルドの方がルインとの距離を測りかねているようだった。長年、追い求めた金髪碧眼の「誰か」とはあまりに違うルインに、困惑していると言った方がいいのかもしれない。
けれども、あの日をきっかけに何やらシグルドは何かを自覚したようだった。
これまでと同じように、同じ部屋でいつものように過ごしていても、ふとした瞬間にシグルドは感情を溢れさせた。といっても、彼が何か行動に移すわけではない。
ただ、静かにルインを見つめているのだ。時折、交わるその視線に込められた熱に、気づかないほどルインは愚かではなかった。
相変わらず夢は見る。何度も体験した恐ろしい後悔と絶望に叫びながら飛び起きれば、必ずシグルドが抱きしめてくれる。温かい腕に包まれてうとうとと微睡む時間は、「フェリ」の抱えた後悔を柔らかく溶かしてくれた。
その温かさに頑なだったルインの心は、少しずつではあるが確実に綻んでいった。
人は苦しく辛いとき、差し伸べられた手を取らずにはいられないのだ。どれほど強く拒んでいたって、シグルドに与えられた温もりは涙が出るほど安堵するものだった。
これまでずっと、ルインは自分は「フェリ・エイデン」ではない、と思って生きて来た。
彼と同じ竜師になったのは、夢を見始める前のことだったし、自分たちにそれ以外の共通点はほとんどない。性格も見た目もまったく違うのだ。
彼の記憶の夢は見るし、彼の気持ちも「体験」しているけれど、それらは目の前で演じられる悲劇のようで、いつもどこか他人事だった。いや、そう思い込もうとしていたのだ。
ルインが「フェリ」に溶け合わないように。ルインが「ルイン・ネルケ」であるために。
だからこそ、無意識のうちに「フェリ」と一線を画したくて、彼が恋焦がれる「レオン」に惹かれることを恐れていたのかもしれない。
ルインは「フェリ」ではないし、シグルドも「レオン」ではない。
シグルドにいたっては、前世のことを覚えていないので、全くの別人と言ってもいいくらいだ。
けれども、シグルドはただの部下であるはずのルインにとても優しかった。
ルインは彼好みの金髪碧眼でもないし、「フェリ」のように一心に彼を慕っているわけではない。それなのに、あれほど熱を持った瞳で見て来るのはどうしてなのだろうか。
前世に引きずられたくはないのに、引きずられた方が楽だと思う。そうだったなら、きっと自分はシグルドの手を取ることが出来るから。
しかし、現実のシグルドは何も覚えておらず、「レオン」とは別の生を生きている。
そう。シグルドは覚えていないのだ。
あの泣きたくなるくらい美しかったリーヒラインの空も、ふたりで一緒に暮らしたあの汚い貧困街のことも。その何もかもを忘れて生きている。
そのことを微かに残念に思ってしまうのはどうしてだろうか。
覚えていて欲しくはないし、思い出さないで欲しいと思うのに。
貧しくてひもじかったけれど、ずっと「レオン」の隣にいられた、狂おしいほど眩しいあの日々。それを忘れてしまった彼をどうしても恨めしく思っているのは、本当にルインの中の「フェリ」なのだろうか。
ルインが拒んだわけではない。どちらかというと、シグルドの方がルインとの距離を測りかねているようだった。長年、追い求めた金髪碧眼の「誰か」とはあまりに違うルインに、困惑していると言った方がいいのかもしれない。
けれども、あの日をきっかけに何やらシグルドは何かを自覚したようだった。
これまでと同じように、同じ部屋でいつものように過ごしていても、ふとした瞬間にシグルドは感情を溢れさせた。といっても、彼が何か行動に移すわけではない。
ただ、静かにルインを見つめているのだ。時折、交わるその視線に込められた熱に、気づかないほどルインは愚かではなかった。
相変わらず夢は見る。何度も体験した恐ろしい後悔と絶望に叫びながら飛び起きれば、必ずシグルドが抱きしめてくれる。温かい腕に包まれてうとうとと微睡む時間は、「フェリ」の抱えた後悔を柔らかく溶かしてくれた。
その温かさに頑なだったルインの心は、少しずつではあるが確実に綻んでいった。
人は苦しく辛いとき、差し伸べられた手を取らずにはいられないのだ。どれほど強く拒んでいたって、シグルドに与えられた温もりは涙が出るほど安堵するものだった。
これまでずっと、ルインは自分は「フェリ・エイデン」ではない、と思って生きて来た。
彼と同じ竜師になったのは、夢を見始める前のことだったし、自分たちにそれ以外の共通点はほとんどない。性格も見た目もまったく違うのだ。
彼の記憶の夢は見るし、彼の気持ちも「体験」しているけれど、それらは目の前で演じられる悲劇のようで、いつもどこか他人事だった。いや、そう思い込もうとしていたのだ。
ルインが「フェリ」に溶け合わないように。ルインが「ルイン・ネルケ」であるために。
だからこそ、無意識のうちに「フェリ」と一線を画したくて、彼が恋焦がれる「レオン」に惹かれることを恐れていたのかもしれない。
ルインは「フェリ」ではないし、シグルドも「レオン」ではない。
シグルドにいたっては、前世のことを覚えていないので、全くの別人と言ってもいいくらいだ。
けれども、シグルドはただの部下であるはずのルインにとても優しかった。
ルインは彼好みの金髪碧眼でもないし、「フェリ」のように一心に彼を慕っているわけではない。それなのに、あれほど熱を持った瞳で見て来るのはどうしてなのだろうか。
前世に引きずられたくはないのに、引きずられた方が楽だと思う。そうだったなら、きっと自分はシグルドの手を取ることが出来るから。
しかし、現実のシグルドは何も覚えておらず、「レオン」とは別の生を生きている。
そう。シグルドは覚えていないのだ。
あの泣きたくなるくらい美しかったリーヒラインの空も、ふたりで一緒に暮らしたあの汚い貧困街のことも。その何もかもを忘れて生きている。
そのことを微かに残念に思ってしまうのはどうしてだろうか。
覚えていて欲しくはないし、思い出さないで欲しいと思うのに。
貧しくてひもじかったけれど、ずっと「レオン」の隣にいられた、狂おしいほど眩しいあの日々。それを忘れてしまった彼をどうしても恨めしく思っているのは、本当にルインの中の「フェリ」なのだろうか。
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