転生竜騎士は初恋を捧ぐ

仁茂田もに

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第十七話 フェリ・エイデン -2

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 フェリとレオンは七十年以上前、リーヒライン王国の王都の端にある貧困街で出会った。

 お互いそろって孤児で、親の顔は覚えていなかった。物心ついたころには路上で物乞いをしたり、ゴミを漁ったりして何とかその日の糧を得る生活をしていた。酔っぱらいに殴られたり、誘拐されそうになったりするのも日常茶飯事で、常に死と飢えと隣り合わせの毎日だった。

 そんな生活の中で、フェリの唯一の希望は一緒に暮らしていたレオンという少年だった。

 まだ幼かったとある日、フェリは上手く食べ物を調達できず、空腹で路地裏に倒れたことがあった。そのとき助けてくれたのがレオンで、彼は貧困街の孤児にしては珍しいほど真っ直ぐな性根と明るい性格をしていた。

 生まれてすぐに路上に捨てられて、人に優しくされたことなどなかったフェリが、レオンに懐くのにそう時間はかからなかった。拾われてすぐにレオンのことが世界で一番好きになったし、数か月経つ頃にはレオンはフェリの世界の全てになっていた。

 レオンはフェリより三つほど年上らしかった。とはいえ、ふたりとも正しい自分の年齢なんて知らなかった。ただ、出会ったときの身体の大きさや路上で生活していた期間を考えて、おそらく三つくらい違うのだろうと判断したのだと後にレオンは笑っていた。
 けれども、フェリは成長してもひどく貧相で発育不良だったから、もしかしたら同じくらいの年頃だったのかもしれない。

 屋根も壁もない廃屋で一緒に身を寄せ合って、極寒の冬を越した。ヴィンターベルクより多少はましではあるが、リーヒラインの冬も厳しいものだった。王都の石畳は凍り付き、家々の屋根には白く雪が積もる。
 それでも幼いフェリが生きて来られたのは、ひとりではなかったからだろう。

 寒くて、ひもじくて、いつも身体のどこかが痛かった。

 軍に入ったのは、リーヒラインが帝国との戦争に備えるために少年兵を徴収し始めたからだ。
 貧しい貧困層の少年たちは、こぞって軍に入隊した。だって、軍に入れば屋根のある兵舎で眠れるのだ。毎日、支給される食事と、簡素ではあるが清潔な兵舎。着るものもはくものも軍指定の軍服で、無一文でも生きていける。

 冬の寒さに隣で寝ていた誰かが凍死するような生活しか知らない子どもたちは、喜んでその身を戦いに投げ出した。

 ――どこにいたって、どうせ死ぬ。だったら、腹いっぱい食べてから死にたい。

 それはあの頃の自分たちの口癖のようなものだった。
 庇護してくれる親を持たないフェリたちに、選べる道は他になかったのだ。

 それでも孤児にしては賢かったフェリは竜師になれたし、レオンは竜騎士になった。
 リーヒラインでも竜騎士は特権階級のなる職務で、孤児であるレオンが竜騎士になれたのは奇跡に近かった。軍に捕獲だけされて、けれども誰にも懐かなかったカタストローフェ種が、レオンだけに気を許したのがその大きな要因だった。

 当時から、カタストローフェ種は騎竜の中でも別格の扱いだった。しかし、彼らは非常に気性が荒く、自らの騎士は竜自身が選ぶため、カタストローフェ種を捕獲できても乗れるものがいない、という状況はよくあることだった。

 だからこそ、親も姓もないレオンが竜騎士になれたのだ。
 あの頃もレオンの騎竜を世話していたのは、フェリだった。あのカタストローフェ種も何故かレオンとフェリにだけは懐いてくれて、近寄るのを許してくれたのだ。

 帝国の勢いはすさまじく、届くのは友軍の敗走の知らせばかりだったけれど、それでもフェリはレオンの隣にいられて幸せだった。仕事があって寝る場所があって、愛しい相手がいたあの頃がフェリの人生で最も幸福な瞬間だったのだ。

 そんな彼がいつからレオンのことを想っていたかなんて、きっとフェリ本人ですら分からないだろう。それくらいレオンはフェリの全てで、生きる意味そのものだった。

 けれどもレオンにとってのフェリはきっと弟のようなもので、向けられる愛情には間違いなく親愛しかなかった。そこに情欲なんてものは欠片もなくて、それをフェリもしっかり理解していた。

 そもそもレオンは異性愛者で、豊満な胸の女性が好きと公言して憚らなかったし、実際娼館にだって足を運んでいた。だから、フェリは自らの気持ちを伝える気はなかったし、あれ以上の関係を望んではいなかった。

 フェリが願っていたのは、ただレオンのそばで彼を密やかに想って生きることだ。
 それはひどく細やかで、他愛のない願いのはずだった。

 それなのに、戦争はフェリから全てを奪っていってしまった。
 レオンは最期にフェリの全てを受け入れて、微笑んでくれたけれども、フェリはきっとそんなものは欲しくなかった。

 ――生きていてくれれば、それでよかったのに。

 後年、残されたフェリがずっとずっと抱えてきたその狂おしいほどの想いをルインは知っている。
 ルインはあんな風に全てを捧げて、誰かを愛することなんて出来ない。

 自分の想いが受け入れられなくても、相手の幸せを願うこと。
 帰ってくるはずのない相手を、その命が続く限り待ち続けること。

 そんな愛を、きっとシグルドに向けることは出来ないだろう。


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