Ω令息は、αの旦那様の溺愛をまだ知らない

仁茂田もに

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番外編

とある伯爵夫人の巣作り 2

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 貴族の衣裳部屋というのは、呆れるほど広く作られているものだ。
 夜会にお茶会ところころドレスを変える必要がある貴婦人たちとは違い、衣類にさほど興味がないギルベルトの衣裳部屋だってそれなりの広さがあって、それなりの衣服が並べられている。
 けれど、今、ここはおそらく衣裳部屋などではない。

 部屋の片隅に積まれたギルベルトの衣服たち。シャツやフロックコート。冬用の外套や騎士の制服。そういった様々な種類の「巣材」が積み上げられて、こんもりと山になっている。

 ここは「巣」だ。
 オメガが自らの番を招くために、番の匂いのする「巣材」で作った、発情期を過ごすための巣。

「ユーリス」

 呼びかければ、山になった巣が微かに揺れた。
 衣服をかき分けて中の番を探せば、ユーリスはすぐに見つかった。
 そのあまりに淫靡で美しい番の姿に、ギルベルトは息を飲む。

 巣の中は甘い匂いで溢れていた。嗅いでいるだけで唾液が溢れ、胎の奥が熱くなるようなオメガの匂い。その中に、細い肢体をしどけなく投げ出して、ユーリスはいた。
 白い肌は薄紅に染まり、緑の瞳はとろりと溶けている。そこに理性は欠片もなくて、ギルベルトを見上げるとうっとりと微笑んだ。

 衣服はほとんど身に着けていなかった。
 はだけたシャツに、むき出しの下半身。発情期の疼きに耐えられず、何度か自分を慰めたらしいその薄い腹や太ももには白濁が飛び散っていて、眩暈がするほど卑猥な様だった。
 それに、何より――。

 身体を丸め、横向きになっていたユーリスは今も自分の後孔を弄っていた。口に咥えているのはギルベルトのシャツで、あれは確か剣の修練のときに着ているものだ。

 ギルベルトとユーリスは、これまで何度となくともに発情期を過ごしてきた。
 どれほど仕事が忙しくても、絶対にその期間だけは休みをもぎ取って来たのだ。そのときにしか触れることが出来ない愛しい番。発情期に入ればオメガは理性を失って、相手が誰であろうとアルファを求める。

 けれど、ユーリスは今まで一度も巣作りをしたことがなかったし、ギルベルトがやって来るまでに耐えきれず自慰をしていたこともなかった。
 何度も抱いて、何度もその胎に精を吐き出して、ようやく見られるユーリスのオメガとしての本能。それがもうすでに、そこにある。

 何故、と一瞬思案し、しかしすぐにその考えに思い至った。
 前回の発情期と、今では自分たちの状況は考えるまでもなく大きく変わっているのだ。それはたぶん、ギルベルトにとってもユーリスにとっても喜ばしい変化だ。

 ――想いが、通じ合ったからか。

 そのことに気づいた瞬間、ぞくりと情欲が背中を這い上がった。
 普段のユーリスはとても貞淑で清楚だ。
 きっちりと着込まれた衣装も、その立ち振る舞いも貴族の夫人として相応しく、教養と気品に溢れている。

 実際、ユーリスはギルベルトと結婚するまで口づけはおろか、アルファとふたりきりで会ったこともないと言っていたのだ。――あの森の中で、ギルベルトと出会ったことを除いて。
 それなのに触れれば花が綻ぶように解けて、ギルベルトを官能的に受け入れる。

 それがオメガという性とはいえ、彼はあまりにも無垢でそのくせとても淫らだった。
 手袋を外し、その匂いの中に手を伸ばす。すると誘うように白い腕が絡みついてくる。

「ギル……」

 甘く請うような声音が、ギルベルトの鼓膜を震わせた。
 そのまま手を取られて、指先に口づけられた。赤く色づいた唇が、甘えるように吸い付いてくる。

 元々、ギルベルトの理性はとうに限界を迎えていた。
 屋敷に入った瞬間から、そこに満ちたオメガのフェロモンに誘われ、身体はひどく昂っていた。すぐにでも番を探し出して犯してしまいたかったというのに。

 見つけたユーリスはあろうことかギルベルトの衣服を使い、求愛行動である巣作りをしていた。その上、その中で自慰をしていたのだ。
 その光景を目にした瞬間、襲い掛からなかっただけでも十分自分は紳士的であるとギルベルトは思った。焼切れそうな理性を必死に繋ぎとめていたのだ。

 けれど、ギルベルトはユーリスに触れられたことであっさりとその努力を放棄した。
 オメガのフェロモンの前ではアルファの理性など、羽根よりも軽い。否、ギルベルトがここまで狂うのは、ユーリスを前にしたときだけだ。



 華奢で繊細なユーリスの身体のことを考えれば、きっと寝台に向かった方がいいのだろう。いくら巣材になった衣服がそこら中に散らばっているとはいえ、衣裳部屋の床の上でユーリスを抱くなどギルベルトには考えられないことだった。

 しかし、他でもないユーリスが「巣」から出ることを嫌がったのだ。
 番の匂いに満ちた大切な大切な「巣」。その中で抱かれたいと強請られて、拒否できるアルファがいるのだろうか。自分の衣服を愛おしそうに抱え込むユーリスを前に、もはやギルベルトは彼を暴くことしか考えられなくなっていた。

 荒々しく上着を脱いで、床に放り出す。シャツを緩めたところで、身体を倒しユーリスの唇を奪った。
形のいい小さな唇が興奮で真っ赤に染まっていた。甘くぬかるんだ口内を犯すように舐め上げれば、それだけでひどく感じるのだろう。ギルベルトの腕の中でユーリスがびくびくと身体を震わせる。それに気を良くして、さらにユーリスの口を深く堪能した。

 聞いたことはないが、おそらくユーリスは口づけが好きだ。
 最近行うようになった寝る前や出がけに行う、触れ合うだけの口づけも、こうやって官能を高めるための貪るような口づけも、どちらも好むようで口づければ嬉しそうに眼を細めた。

「ん、ふぅ……」

 鼻にかかる甘えた吐息が可愛らしい。
 同時に細腰を撫で、そっと双丘を割り開く。いつもであれば、全身を愛撫してから挿入するのだけれど、今のギルベルトにはその余裕はなかった。

 ユーリスだって、早く、とその先を強請るように腰を揺らしている。彼のフェロモンに中てられて、ギルベルトの方も本格的なラットに入りそうだった。下穿きを脱ぐ手間すら惜しくて、ボトムの前だけを寛げる。取り出した自らの欲望は、すでに硬くそそりたっている。

「ユーリス……」

 挿れてもいいですか。
 そう訊ねた声は興奮でひどく掠れていた。
 けれどユーリスはそんなことには気づかなかったようで、潤んだ瞳にさらに涙をためて頷いた。もはやユーリスも限界だったのだ。

 発情期のオメガの後孔は自然と解れてアルファを受け入れる。といっても、ギルベルトは発情期ではないユーリスをまだ二回しか抱いたことはなかった。あのときの恥じらう姿もとても愛らしかったが、こちらの乱れるユーリスもまたひどく情欲をそそる姿をしている。
 ギルベルトの衣服の上で、ユーリスが誘うようにその細い肢体をくねらせる。片手でつかめてしまう足を割り開き、その最奥を開いた。

 白い双丘の奥、慎ましく閉じた蕾はアルファを待ちわびてひくひくと収縮していた。
 必要ないことは理解していたが、一応、と指でそこに触れる。襞を揉むように馴染ませて、中指を中に差し入れた。その瞬間、とろりと溢れる蜜液がギルベルトの手をしとどに濡らす。

「あ、ぁあッ」

 ひくん、とユーリスの陰茎が揺れる。芯をもち、微かに硬くなっているそこは、間違いなく興奮しているのにしっかりと勃ち起がることはない。抱かれ慣れた男性オメガのそこは、もはや生殖器としての役割を果たさないのだ。

 誰かを孕ませるのではなく、孕むためにあるオメガの身体。
 ギルベルトの愛しい番は、この世でただひとりギルベルトの精を受け入れるために発情期を迎える。その事実は、ギルベルトをひどく幸福な気持ちにさせる。
 早くユーリスの中に入りたい。温かく蕩けた蜜壺を貫いて、彼の甘い嬌声を聞きたかった。

 しかし、と最後の理性を必死で手繰り寄せて、ギルベルトは先ほど放り投げた上着の中から小瓶をひとつ取り出した。蓋を取り一息に煽れば、鼻につく甘さと微かな苦みを感じる。
 慣れた味とはいえ旨いものではないな、と毎回思うそれは、けれど自分たちには必要なものだった。

 口に含んだ薬液を飲み下さず、ユーリスに口づける。唇を割り開いて、その小さな口の中へ零さないようにそっと薬液を注ぎ込んだ。――避妊薬だ。
 発情期のオメガがアルファの精をその胎に受ければ、ほぼ確実に孕むと言われている。
 実際、ユーリスがミハエルを孕んだのは番となった最初の発情期での出来事だ。それくらい妊娠しやすいオメガの身体に触れるには、この薬が必要不可欠なのだ。

 ギルベルトとしてはそろそろミハエルに兄弟を、と思ってはいる。しかし、こればかりは自分だけでは決められないことだ。孕むのも産むのもユーリスであるし、彼は今アデルの教育係をしている。せめて、アデルが婚姻するまでは勤めなければいけないだろうし、その先はユーリスの意向に従うつもりだった。

 愛しい番を大切にしたかった。
 今までの自分は、気持ちだけが先走っていて、ユーリスを大切にできていたとは言い難いものだった。結婚までの経緯もそれからの三年間も、彼は笑って許してくれたけれど、それでもすれ違ったまま過ごした時間は短くはない。

 発情期以外もずっとこうしたかった、とはにかみながらギルベルトの手を取るユーリスを見て、何度過去の自分を殴り飛ばしたいと思ったことだろうか。


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