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17. シスコン兄の仮面
「実はね、アルバン。僕は亡くなった父に代わって、もう何年も君の父君であるガルシア侯爵と話をさせてもらっているけれど、そんなことをしたとしてもきっと喜ぶような人じゃない。それどころか、マリーをそんなことに利用したと知ったら君を絶縁するかも知れない。こんなことはやめた方が君のためだ」
いつも情けないことばかり言っているフランクが、今は瓶底眼鏡を押さえつつもまともなことを話している。
「フランク! お前は昔からそうだ! 僕の方がどう見ても優れているのに! そのふざけた瓶底眼鏡の奥の、どこか馬鹿にしたようなその目だ! 普段は情けない奴のフリをして、こんな時には僕を蔑んで笑っているんだ! 変人の妹共々気色の悪い奴らだ!」
アルバンは両手で自分の髪をクシャクシャと掻きむしり、血走った青い目でフランクを睨みつけた。
そうしてフランクはというと、カチャリと音を立てて分厚いレンズの眼鏡を外した。
そして、目頭を二、三度押さえてからサラリとした肩までの赤い髪を揺らしてからアルバンに向かって嫣然と笑いかけた。
紫色の瞳は妖しく煌めいて、いつもは大きな眼鏡に隠された顔の造りも露になる。
元々兄も妹も整った顔立ちであったから、普段の情けない言動が隠れたフランクは不思議と迫力がある。
そんなフランクが呆れたような声音で言葉を放った。
「はぁー……。アルバン……、君は本当に馬鹿なんだから僕に馬鹿にされたって仕方ないじゃないか。ああ、馬鹿にはそんなことすら馬鹿なことだと分からないのか。いや、そこまで馬鹿だとは思っていなかったものでね」
「な! なんだと⁉︎ フランク! 何度も馬鹿馬鹿と! お前、誰に向かってそんな口を……!」
アルバンは顔を真っ赤にして、全身をブルブルと震わせて怒っている。
「アルバン、とりあえず今日は帰った方がいい。何なら侯爵家に使いを出して迎えに来てもらおうか? 悪いけど、僕の世界一可愛い妹を不快にするような人間はこの屋敷に少しの間も存在して欲しくないんでね。これでも昔馴染みのよしみで優しく言ってあげてるんだよ?」
フランクは普段の姿からは想像もつかないような冷酷な表情と声音でアルバンに対峙している。
アルバンは未だに顔を真っ赤にして、ブルブルと震えながら拳を強く握りしめている。
「お前のマリーに対する愛着と執着は異常だ! マリーに構ってもらいたいからってそんな馬鹿げた眼鏡をかけて、それに情けない野郎のフリなんかしてるんだからな! 本当は何でもそつ無くこなす癖に! 本当に、昔から嫌な奴だよ!」
マリーはそう叫ぶアルバンの言葉に、思わず兄の方を見やった。
フランクはただ、余裕のある笑みを浮かべてアルバンの方を見ていた。
「それは光栄だね。お前にそう思われていたなんて嬉しいよ。ジョルジュ、アルバン・レ・ガルシア侯爵令息はお帰りになるそうだ。玄関まで丁重にお送りしろ」
壁際に控えていたジョルジュに対してフランクがそう命じると、ジョルジュはアルバンを促してサロンを出て行った。
最後まで、アルバンはフランクとマリーをキッと睨んでいたが、特にそれ以上言葉を発することはなかった。
アルバンがサロンを出ていくと、フランクはまた瓶底眼鏡をかけた。
そしてマリーの方へと近づいて、ギュッとその身体を抱きしめた。
「ごめんね、マリー。怒ってる?」
フランクはマリーに恐る恐る尋ねた。
確かにマリーはアルバンの言っていたことが衝撃的であった。
ずっと頼りないと思っていた、自分が何とかしてあげないとと思っていた兄が実はとても頼れる人物だったのだ。
しかも、マリーに構ってもらいたいがためにわざとそのように振る舞っていたという。
「お兄様、どうして?」
「そんなの、僕のマリーが可愛いからに決まっているじゃないか。僕が頼りなければ、マリーは優しくしてくれるし、ずっと傍でいてくれるだろう?」
眉をハの字にしてすっかりいつもの情けないフランクに戻った兄を、マリーは疑惑の目で見つめていた。
「そんなことしなくても、私はいつもお兄様の味方なのに。それなら、やっぱり本当は何でもできちゃうのね。いつもの頼りないおっちょこちょいなお兄様は偽りの姿だったの?」
「そんなことはない。昔は確かにそうだったんだ。だけど、成長するうちにそれなりにできるようになってきただけだよ。特に、伯爵位を継いでからは僕がマリーを守らないといけないと思って……」
兄に抱きしめられていたマリーは、少しその身体を離した。
フランクは、不安げな顔でマリーを見つめた。
「マリー、騙すみたいなことしてごめんね」
マリーはじっと兄の顔を見つめてから、やはりレンズが重くてずれ落ちる眼鏡をそっと直してやった。
「いいわ。お兄様、さっきとても格好良かったから。これからも時々は情けないお兄様でも許してあげる」
フランクは瓶底眼鏡の奥で目を細めた。
そしてフワリと微笑むと、またマリーを抱きしめた。
「マリー、ありがとう」
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