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2. 思わぬ僥倖に少年は
しおりを挟む「シャルロット!シャルロットなのか?」
暫くして駆けつけた黒髪の逞しい体つきの男は、シャルロットと呼ばれたシャオリンの瞳を覗き込み、そして幼女の左手に嵌められた手袋を外した。
「シーハン……。」
「シャオリン、大丈夫だよ。」
不安げに瞳を揺らすシャルロットに優しく声をかけるシーハンの瞳もとても切ない色をしていた。
「瞳だけでなく、この左手甲の薔薇の形の痣は間違いなくシャルロットだ……。」
そう言ってシャルロットと同じ瞳をした男は幼女を抱きしめて喜びに打ち震えた。
「ああ、まさかこのようなことが……。」
シャルロットは訳も分からないまま、見知らぬ逞しい男に抱きしめられながらもどうして良いか分からないようでされるがままにじっとしている。
「取り乱してすまない。私はユーゴ・ド・デュバル、この子の父親だ。君がシャルロットを見つけてくれたのか?一体今までこの子は何処にいたんだ?」
「シャオリン……シャルロット様は悪い女に攫われて監禁されていました。僕も同じように攫われてきた子です。女に命じられてシャルロット様のお世話をしてきました。」
少年は体つきからこの国で成人と言われる十六にまだ達していないようにも見えるが、どこか平坦で落ち着いた様はもう少し年上にも思えた。
「そうか。そしてその女は今どこに?隙を見て逃げ出してきたのか?」
「……女は死にました。薬師をしていた店に強盗が入り、女は殺されました。僕とシャルロットは隠れていて難を逃れましたが。それで店から逃げ出して騎士団へ助けを求めたのです。」
「しかし、君は見張りの騎士に話したことには私が今日ここにいることも攫われた娘のことも知っていた風だったが。」
ひどく動揺していた様子は一旦落ち着いたのか、辺境伯は少年の行動にひっかかりを覚えてそれを迷わず問うた。
「僕は女の使いで度々外に出ることもありましたので。帝都の騎士駐屯地に辺境伯様がいらっしゃることは民たちが噂をしておりました。僕はシャルロットが辺境伯様のご息女であることを女から聞き及んでおりましたので、この機を逃すまいとこちらに来たのです。」
「なるほど。それならば辻褄が合うな。」
辺境伯はこの少年が信頼に足る人物かを計りかねていたが、今は愛娘が無事に帰還したことを素直に喜ぶことにした。
「シーハン。」
辺境伯に抱かれたままのシャルロットは見知らぬ父親よりも、慣れ親しんだシーハンを呼んだ。
「シャルロット様、お別れです。どうかお幸せに。」
敢えて平坦な声を心掛けているのだろうが、感情の乏しい少年の声はわずかに震えたように辺境伯は聞こえた。
「シーハン?どこに行くの?置いていかないで!」
「こちらのお方が貴女のお父様です。これからはご家族と幸せにお過ごし下さい。」
「やだ。シーハン!私、シーハンと一緒にいたい!」
辺境伯に抱かれながらも目の前の少年の方へと小さな両手を伸ばし、丸い瞳からはポロポロと大粒の雫がこぼれ落ちている。
どうしても泣き止むこともなく幼女の声も枯れてきた頃に、考え込んでいた辺境伯は少年へ提案をした。
「君が行くところが無いならば、よければ辺境の地でシャルロットの従者となってはくれまいか。シャルロットはこれから慣れぬ暮らしの中で気苦労も多いだろう。君が傍でいてくれれば心強いと思うんだが。」
シーハンは辺境伯の思わぬ提案に息を呑んだ。
「ありがとうございます。誠心誠意シャルロット様に仕えさせていただきます。」
離れなければならないと思った幼女と、もうしばらく一緒に過ごすことができることは彼にとってこの上ない僥倖であった。
辺境伯はシーハンから女の店の場所を聞き出すと、騎士たちは現場に向かい店を荒らされ強盗に殺害された女を発見した。
そうして幼女シャオリンはシャルロット辺境伯令嬢の立場を取り戻し、シーハンはシャルロット付きの従者として辺境の地へと赴くこととなる。
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