過保護な従者に溺愛される無垢な猛毒令嬢は、愛する皇太子との婚約破棄を望む

蓮恭

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23. 死ぬギリギリまで血液を抜くなんて

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「確かに私は不義の憂いのない女性と生涯を共にしたいと考えている。だから毒を身体に宿すという其方は私の理想的な相手だと最初に言った。だが、まあそれはただの口実だったんだ。」
「口実……。」

 シャルロットは呆然として皇太子の言葉を小さく繰り返した。

「そうでも言わなければシャルロット嬢は私がどれだけあの一瞬で其方に心を奪われ想っているかなど分からぬ故に、あの時すぐさま私に固辞したように受け入れてはくれなかっただろう。他に相応しい相手がいるはずだと言ってな。」
「それは確かにそうですが。」
「だが、毒を身体に宿す令嬢はなかなかいない。私がそのような令嬢こそを望んでいるのだと言えば其方も其方の家族も納得してくれるだろうと思った。」

 そこで初めてシャルロットはこの皇太子が求めていたのは猛毒令嬢である自分というよりは、ただの自分自身だったのだと知った。

「それに、あのデビュタントの日にはシャルロット嬢が猛毒令嬢だということを理解していても、美しい其方に触れたくてダンスに誘おうとしていた輩が多く見えたからな。さっさと婚約を結んでしまわねば、誰かに奪われてしまうのではないかと臆病な私は非常に恐れた。だからすぐに陛下に勅令を発していただいたんだ。」
「あの時は勅令などと、とても大袈裟なことだと思いました。」
「皇帝陛下も皇后陛下の好色家具合を私が忌避していることをご存知だったからな。自分がそれを許していることへの負い目があるのを知っていたからそこにつけ込ませていただいたまで。」
「つけ込むだなんて……。皇太子殿下は随分とお人が悪いお方だったのですね。」

 シャルロットは自分の思っていたことと違う事がどんどんと発覚するにつれ、段々とこの皇太子の食わせ者具合に気づいてきたのである。

「あとはシャルロット嬢以外との婚姻を認めて下さらないならば皇太子の座を弟に譲ると言ったらさっさと勅令を発してくれたよ。」
「そのような大切なことを私ごときのためにおっしゃってはなりません。」
「私ごときと其方は言うが、私にとってはシャルロット嬢さえ傍にいてくれれば皇太子の座などどうでも良いんだ。それほどに其方を想っている。」

 この腹黒で策士な皇太子は、今全てを打ち明けなければシャルロットが自らの毒のことを憂いて自分の元から逃げ出してしまうのではないかと懸念したのだ。

「お嬢様、皇太子殿下は本当にお嬢様のことを想っておいでです。毒のことで心を痛めてらっしゃるお嬢様の為に早く身体の毒を抜くための血清を作ってくださったのですよ。」

 シャルロットがなかなか皇太子を受け入れようとしないことにイヴァンは焦れて、素直でない主人の為に口を挟んだ。

「血清?」
「そうです。解毒薬よりも早く効果が出るもので、ギョクランの持っていた記録にその血清についての記載がありました。皇太子殿下はその血清を作るために急ぎ人員と設備を取り揃えてくださったのですよ。」
「皇太子殿下、私のためにありがとうございます。」

 先日イヴァンが皇太子に話したことはこの血清のことだった。
 ギョクランは解毒薬より効果のある血清の作り方は知っていたものの、金のかかる設備と材料、そして優れた人材を揃えられなかった為に自分で作る事ができる解毒薬を使っていたのだった。

「私だけの力ではないがな。イヴァン殿の協力があってこそだ。」

 シャルロットは自分が猛毒令嬢だということを引け目に感じていることや、最近皇后のことで辛い思いをしたことについてイヴァンも同じように心を痛めていたことを思い出した。
 このなんだかんだで自分に優しい従者はきっと、シャルロットの為に皇太子へ血清の作り方や自分たちの毒についての詳細な話しをしたりしたのだろう。

「ありがとう、イヴァン。血清のことを詳しく皇太子殿下にお教えしたりして貴方も協力したのよね。」

 シャルロットは皇太子だけでなく、イヴァンの方へも礼を言った。

「実は、毎夜お嬢様に出来上がった血清を注射しておりました。」
「……は?注射?そんなこと私は知らないわよ?」
「お嬢様は私が作った睡眠薬でよく眠っておられました」
「貴方、私を薬で眠らせてその間に勝手に注射していたの?以前寝ている間に血液を取ったことを怒ったのに、懲りないわね!」
「それでもよくお休みになられて、朝にはスッキリとしたお顔でしたよ。」
「そうでしょうね!最近どうりでよく眠れると思ったわ!」

 シャルロットは皇太子の前だということも忘れて、イヴァンへと食ってかかった。

「お嬢様、その血清のために私は随分と血液を抜かれて貧血気味だというのに、そのように乱暴をなさいませんよう……。」
「何ですって?貴方の血液?」
「はい。血清は私の血液を元に作り出しますから。そのせいで私は貧血気味なのですよ。もっと労ってください。」
「ああ!イヴァンったら、やっぱり気持ち悪いわね!勝手にそんなことして!」

 血清がイヴァンの血液をもとに作られていることについてか、それとも勝手にその血清を注射されたことについてかシャルロットは激しくイヴァンに噛み付いた。

「お嬢様、お嬢様のためを思えばこそですよ。」
「それにしても、!」
「ああ、お嬢様は私が心配で怒ってらっしゃる?」

 イヴァンはその整った顔に壮絶とも言えるほどの美しい笑顔を浮かべてシャルロットへ語りかけた。

「お嬢様の為なら私は何でもいたします。死ぬギリギリまで抜かれた血液程度大したことではありませんよ。」
「馬鹿!加減なさいよ!」

 シャルロットとイヴァンのやりとりを近くで見守っていた皇太子は、ここでやっと口を挟んだ。

「それで、本当に毒が抜けたならば何の憂いもなく其方は皇太子妃となってくれるのかな?」
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