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瑠璃色の羽の君

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 俺の名前はクラウス・エーリング。
 キャラメルブロンドに緑の目、成長途中のすらりと長い手足。右目元の泣き黒子がチャームポイントの16歳。
 俺には幼い頃から忘れられない人がいる。

 その人の姿を初めて見たのはそう、9歳の時のことだ。

 俺の家は王都から少し南に位置する中規模な領地を預かる伯爵家で、俺はそこの次男坊で三人きょうだいの末っ子として生まれた。
 貴族として領地を預かる父の手腕は堅実で、衣食住に恵まれた生活。少し遅くに生まれた3人目だったので家族には随分と可愛がってもらっていたと思う。
 農耕が盛んで自然の多い領地で生まれ育ち、9歳を過ぎた頃に初めて王都にあるタウンハウスへ母と共に訪れた。9歳なんて何にでも興味津々なお年頃だ。生まれて初めてやってきた王都に胸を躍らせ、社交界シーズンに1度は開かれるという我が家主催の夜会にも出たくて堪らなかった。
 けど俺はまだデビュタントを迎えていない子供。準備に忙しくしている両親に何度頼み込んでも参加を許してはもらえない。今となっては当たり前だと思うのだが、まだ早いとだけ言う両親の言葉に子供の俺は納得できなかった。
 ぶすくれる俺を兄と姉は何度も慰めてくれたが、2人は既にデビュタントを終え夜会に参加する資格を持っている。そんな兄や姉に何を言われても気分は晴れなかった。
 夜会に興味があるのは勿論だが、家族の中で俺1人が仲間外れにされているような気がして寂しかったのだ。

「兄さまも姉さまもずるい。僕だってパーティー出たい!でーたーいー!」
「もう、お前は仕方ない子ねぇ……ちょっとだけよ?お父様とお母様には内緒なんだからね?」
「姉さま……!」

 そうしていつまでも愚図る俺を見かねた甘い姉は、呆れながらも夜会の夜に少しだけ俺を会場に連れ出してくれたのだ。

「いい?姉さまの後ろから出ちゃダメ。5分経ったらお部屋に戻るの。わかった?」
「うん、わかってる。ちょっとだけね」

 目立たないよう隅の方に立った姉に隠れてホールを覗き見ると、目に映るのは華やかな会場に集う煌びやかな衣装を纏った沢山の人たち。楽団の生演奏に合わせて軽やかに舞う男女は実に楽しげで、幼い俺の目には絵本で読んだお城のパーティーそのものに見えた。
 長閑なカントリーハウスでは見ることのない華やかさと賑やかさに目を奪われる。その中でも特に人の多い空間を見つけて俺はそっと姉のドレスの袖を引いた。

「姉さま、あそこに人が沢山集まってるよ。誰か偉い人がいるの?」
「ああ、あちらにいるのはバンタン侯爵とお連れ様ね」
「バンタン侯爵さま……」

 侯爵家は伯爵家より家格が上の貴族だ。そんな偉い家の人も来ているのだと聞いて、俺は興味を惹かれてその人だかりを見つめた。
 あんなに沢山の人に囲まれている人とは一体どんな人なのだろう。限界ギリギリまで背伸びをして姉の陰から見ていると、急にその人垣が割れて中から鮮やかな瑠璃色が目に飛び込んできた。

「わぁ」

 艶やかな瑠璃色に濡れたような黒、そしてアクセントのように差し込まれた純白の羽。俺は始めそれをドレスなのだと思ったが、その全容が見えてくると間違いだったと気付く。
 計算され尽くしたバランスで重なった羽は大きな翼となり、一人の少女の背中から生えていたのだ。

 背の高い男性に手を引かれ、ホールの中央へと歩みを進める翼を生やした『ひと』の姿に俺の視線は釘付けになる。
 まずその美しい瑠璃色の翼に目を奪われていたが、翼を持つ人自身も息を呑むほどに美しい。年齢は姉と同じくらいだろうか。大人と子供の中間に位置する少女が待つ長い薄水色の髪と榛色の瞳はなんとも儚げで、繊細なガラス細工のような印象を与えていた。
 そんな彼女の背から生える瑠璃色の翼。よくよく見ると袖の羽飾りに見えたものも彼女自身の腕から生えている羽のようで、俺は驚いて目を見張る。

「羽、姉さま、あの人背中に羽生えてる」
「そうね、とっても綺麗な羽ね」

 驚愕している俺に比べて姉は平気そうだ。彼女を初めて見たわけではないのだろう。
 人に非ざるその姿。教科書や絵本でしか見たことのないその特徴を持つ『ひと』が何と言われているのか思い出して、俺の口からは呆けたような言葉が零れた。

「有翼種だ……」
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