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スエル・ドバードの酒場

#23.近くの窓

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「セシリア..」

寝室のベッドの上で開いた窓を見つめるセシリア。自分を呼ぶセバスティアンの声に彼女は、その虚ろな目を向けずに口を開く。

「...無理だよ」

セバスティアンは、苦しむセシリアに問いかける。

「お願いだ...こっち向いてくれ?」

「..無理だよ...やっぱり無理なんだよ..私には..」

「..なにが無理なんだい?」

「あたしは...私は..娼婦なんだよ!」

そのセシリアの叫び声にセバスティアンは、心臓が一瞬だけ震えると、自然と背を向け寝室の入り口のドアの方に戻ってからゆっくりとドアノブを回して開ける。

それから、その先の辺りを確認してから1度部屋から出て、1階の方を覗き見る。

そこから、下の階でニズルが客に何かを言いながら動いているのが一瞬だけ見えた。

セバスティアンは、それを確認できた瞬間、直ぐに寝室の中に戻り、セシリアに声を掛ける。

「セシリア..時間がない? さあ早く..」

「いやだ...怖いよ...」

「...セシリア...こっち向いてくれ?」

拒むセシリアにセバスティアンは近くのある軽い椅子を片手で寄せて、自身がそこに座ると非常に落ち着いた声を出した。セシリアは、そんなセバスティアンにまだ拒むように薄ら笑みを浮かべる。

「早く脱がせて......好きにしろよ」

「..俺の目を見るんだ?」

「...お前の目? ...お前...ほんと..いい男だね?」

「..セシリア」

「なんだよ? お前も結局は...他の男どもと一緒なんだろ?

...なに笑ってんだよ?」

力の無い目で見惚れたように除き込むセシリアに、セバスティアンは笑みを浮かべる。

語気を強める彼女に...彼は...

「...セシリア?  ..俺は、君がこの町にやって来た時からずっと知ってるんだ?」

優しく語り始めるセバスティアン。

「...はぁん?」

...この時、セバスティアンの目がセシリアの目と一点のズレもなく合わさると...

彼は、声を出さずにその目の先に何かを唱えた。


..それは光の魔法であった。


不安に押し潰されて虚ろな目だったセシリアが急に何かが宿ったように目の前にいるセバスティアンを見る。

まるで彷徨っていた闇の中で...光を見つけたように...

セバスティアンを..


「なあセシリア?」

「..なんだい?」

名を呼ぶセバスティアンにセシリアは..彼の目を確り見て、返事を返す。

「バルコニーに出るにはどうすればいい?」

それは質問だった。

「..バルコニーに出るには...シャワー室の脱衣場から..でも内扉の前に荷物を置いてるからあそこからは出られないんだ?

退けようと思ったけど..もし余計なことしてバレたらさ...」

彼女は、いつもの調子で話す。

「他に出られる所は?」

「窓だよ? 脱衣場の窓から出れるよ?」

そして彼女は、いっぱいだった頭の中から、その事を探し出しセバスティアンに伝える。

彼女が今まで気にもしなかった存在...近くの窓。

遠い風景ばかり見ようとして気にしかなかった窓。

それは、初めて口にしたようだった。

「..じゃあ、セシリア? .....バルコニーに出たら...この白いハンカチを下にある路地裏の方に投げるんだ? いいね?」

「わ..分かった!」

「さあ、急ぐんだ..」

立ち上がったセシリアは、一目散にシャワー室へ足音を立てて寝室から消える手前で...

「..セビィは?」

「俺は...上で見張ってる..」

「ちゃんと...ついて来てよ?」

「..分かってる」

───
──

セシリアは脱衣場で、そこにある窓を開けて体を投げ出し、外に出ると慎重に辺りを見渡してから、セバスティアンに言われた通りにバルコニーの下にある路地裏の方に向かって白いハンカチを力いっぱいに投げつけた。

くしゃくしゃになったハンカチが宙でゆっくりと揺れながら広がり落ちて行くと、バルコニーの視界から消え、少しの間が過ぎ、もの音がして下から長いハシゴが伸びて来た。

本来そのハシゴは、路地裏の壁際に確り錠で固定されている筈のものだが...

もうセシリアにとって、何も不思議に思う事は無かった。

彼女の立つ場所から少し離れた位置に架けられたハシゴを急ぎ足で掛け上がって来る音が聞こえ数秒後...

フィリップが姿を現す。

「...フィル」

「セシリア! ..さあ、急いで!?」

────
───
──

彼等の大事な存在は、遠い場所では無く。

とても近い...窓辺の外に居たのだ。
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