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スエル・ドバードの酒場

#28.懺悔。雨上がりの行進~イルモニカの音楽会~

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「...そのあと2人は...どうなったの?」

不安気な表情でセシリアは、重い口を開け、聞いた。

その声に、セバスティアンが暖炉の方に向けていた目を1度閉じてから間を置き立ち上がる。

「...その2時間後に、緊急で集められた特殊治安部隊によって気絶しているところを見つけら...急遽で儲けられた施設に搬送されたよ」

「..容態はどうだった?」

「2人は、その3時間後に目を覚ました...他の搬送された人たちと一緒でね?

最初はどうもなかった...今までと何にも変わらなかった...

でもそんな訳はなかった。

普通は、絶対に触れることのない膨大な魔力を浴びたんだから..

何もなかったなんてあるもんか..

3日後には、父と母は手の震えに吐き気に襲われ...

体からまた力が抜けていった。

当然、食欲なんて湧かない。

そんなことが何度も続いて...

あれだけ体の大きかった父さんは、2週間後には筋肉が縮んで痩せ細っていた...

もしそんな過程を見ていなかったら俺は...

その急に痩せこけた人がいったい誰かは...

分からなかった筈だよ」

「...そんな」

「それから施設に派遣された補助の魔法を扱う賢者様たち等が集められ、他の人たち同様に父と母も回復の手助けを承けた..」

「効果はあったの?」

「うん...少しずつだが父も母も手の震え等が治まり食欲も少しだが..食べれるようになったよ」

「...セビィのお父さんが亡くなったのは、やっぱりそれが原因なの?」

「...結局はそうなる...治療のも甲斐もなく、

2年前に合併症で亡くなったよ..」

「...セビィもフィルも辛かったろうね...大事な父を事故に因って..」

「..父は生前..いつも悔やんでいたよ..」

「でも、まさかそんな目に遇うなんて..不幸としか...」

「いや、その事じゃない...君の父のアルテッドおじさんについてだよ..」

「私の父についてって...」

「もし、俺の父ジウがセムル・ルードに移らずスエル・ドバードの店で仕事をしていれば..

君の父のアルテッドおじさんが殺されずに済んだかもしれないって事さ..」

「...ふ...バ..バカ言うなよ? それじゃあなたの父のジウが悪いみたいじゃないか?」

「..アルテッドおじさんが亡くなったあと..

父のジウは、いつもそれを悔やんでいた...

あの時、私がセムル・ルード行きを断っていれば...って。

運命は変わっていたかもしれないって...」

「....思い出した...思い出したよ..父さんの笑顔..

父さんのアルテッドがね..私に話してくれたことがあったの...


"私には、素晴らしい愛弟子がいるんだ。

その彼は..私のよき友人であり、私の良き理解者でもある。

その彼は、いつも私に教えてくれるんだ?

一生懸命に作ったものは..何時かは、それを一生懸命探して来てくれる者がいるのだと。

だから私たちは、その日まで一生懸命に物を作ることだと...

彼は、私の先生でもあるんだ?"


...あの時の父さん..うれしそうだった。

本当に...

うれしそうだったよ..だから誰も悪くなんかないよ」

...その遠くを見つめ嬉しそうに思い出すセシリアの言葉にセバスティアンは、言葉が出ずにいた。

「運命だよ..憎むべきはね? だから私は、父さんをそんな風にした運命だけは許さない...

母さんだって...今頃...セビィ?」

「..うん?」

「.......眠る前に1度だけ...私の手を握っておくれよ?」

「セシリア...」

「..なあ..頼むよ? 早くしないとフィルが起きちまうよ..」

「...セシリア」

セバスティアンは、上げた腰を下ろして、先より近く側に寄ってセシリアの差し出しす、その両手を包むようにしてゆっくり握ると...

その目から涙を流した。

「...あんたの手..大きいね...セビィ?

何で..泣いてるんだい?」

「..セシリア...許してくれ」

「どうしたんだよ?」

「...セシリア」

この時、セバスティアンは、過去の自分に懺悔をしたのだ。 

セシリアが12歳でスエル・ドバードの酒場ボルカに売られると、その話は自然とセムル・ルードに住むセバスティアンの耳にも届いた。

セバスティアンがそんなセシリアの事を気にしてはいたが、どうすることも出来ぬまま時間だけが経過していった。

それから2年が経ったある日の事、セバスティアンが訪れていたトーニの町で偶然にもセシリアを見かけたのだが、

その虚ろな表情で歩く余りの変わり果てた姿に大きなショックを受ける。

そんなショックを隠せないセバスティアンにかけられたその時、一緒にいた当時の友人の声を彼は、

今でも覚えている。

「おい! 見ろよ?..あの女...のちの娼婦らしいぜ?

顔もまあまあだし...人気者になるかもな?」

この声にセバスティアンは、何も言うことが出来なかった。

否定することも..怒ることも

そして、セバスティアンは自分に言い聞かせた。


もう僕の知っている紅い髪のセシリアは、いない

あの虚ろな目で歩いている紅い髪の少女は、

娼婦であって...セシリアでは...ない。

この時の自分の声をセバスティアンは、後悔しているのだ。

その紅い髪のセシリアの両手を握って、懺悔しているのだ。

セバスティアンは、この懺悔をセシリアにはもちろんの事、フィルにだって言うことはない。

このセバスティアンの懺悔は、セバスティアン自身が胸の中に閉まって置くもので、

セバスティアンの命がある限りは永遠にである。

それと同時にセバスティアンがこの懺悔と向き合う覚悟があることの示しでもあったのだ。

そんなセバスティアンの涙を見ながらセシリアは、言葉ではなく、握られた手にそっと力を入れ、

セバスティアンに

"私は、あなたに出逢えたことをうれしく思っている"

..と伝えた。

──────
────
──

昼頃になると雨は更に強まった。

強い風が吹き、雷が何度も鳴った。

夕方頃には、1度は雨足は弱まったが

1時間もせずにまた雨が強まった。

セバスティアンたちはその天候を見ながら、

いつセムル・ルードを出発するかを考えていた。 

夜の19時過ぎにまた雨が弱まると、

セバスティアンは外に出てしばらく空を眺めると、

馬のロウェルを小屋から外に出し、その後ろに路地裏に置いていた車を繋げた。

「...よし! さあ出発しよう?」

「...もう少し止むと思ったけど..仕方ないか?」

セバスティアンの掛け声にフィリップは、ため息混じりの声を漏らす。

「ああ..我慢してくれ...何せ俺は気まぐれな天気までは占えないからな?」

「ははは...さあセシリア...これを着て」

そう言ってフィリップは、強くなる雨にどんどん濡れるセシリアに雨合羽を渡す。

「...ああ」

「しかし、よく降るね? この雨...夜には止むって聞いたけどな..」

また雨雲を見上げ残念がるフィリップにセバスティアンは笑う。

「そう言うなよ? 予報もハズレるほどのひねくれものなんだからな..天候ってもんは..」

「うーん...セシリア? ...どうしたの...さっきから..元気ないよ? 調子でも悪いの?」

「いや..ちょっとな...」

ひねくれた雨雲に笑う2人の横で、セシリアだけは、その中に入って来なかった。

「具合が悪いのか? セシリア..」

「...すまない」

セバスティアンの声にも元気なく返事をし、そのあと彼女は目線を下に向け、その場に座り込んでしまう。

「セシリア? 早く馬車に乗らないとびしょびしょになって風邪引くよ? ..ほら」

そう言ってフィルは、急にしゃがみ込んでしまったセシリアの背中に雨合羽を掛けてるとセバスティアンに目を向けた。

「セビィ...」

「...」

この時、フィルはセシリアがまた不安に押し潰されそうになっていることに気がついて、

セバスティアンに彼女の不安を取り除く為に魔法を掛けようと問いかけたのだ。

しかし、セバスティアンは首を横に振った。 

例え魔法の力でセシリアの不安を一時的に取り除いたとしても、時間が経てばまたセシリアは、

その不安に襲われ苦しむことになる。

実際に、こうしてセシリアは苦しんでいる..

その一時凌ぎの魔法が反ってセシリアを苦しめている事にセバスティアンも気づいていたのだ。

こうなってしまっては、

例え優秀な補助系の魔法であっても効果は薄い...

あとは、セシリア自身がそのセシリアを苦しめる鎖なるものを断ち切るしかないのだ。



魔法を受け入れよ!

そして魔法を否定せよ!

その強きこころが、

私自身を遠くへと導くのだ..

(ロマネスク・デル・マリア)



..じっとして10分ほどが過ぎると

セシリアは、立ち上がり声を出した。

「...フィル..セビィ.....待たせて悪かった...私を..イルモニカに連れてっておくれよ...」

「...うん! さあ行こうよ?」

セシリアの願いの声にフィリップは、大きく頷いてからセバスティアンを見る。

「...さあ..出発だ!」

開かれた馬車の扉の中に入る前、セシリアは...

「ロウェル... ごめんな? こんな冷たい雨の降る中..

びしょびしょになるまで待たせてよ?」

馬のロウェルの頭を撫でながら謝った。

するとロウェルは、体を大きく振って、水滴を振り払い...

そんなセシリアに...

"構うもんか" ..といった風に喉を鳴らした。

─────
───


セバスティアンが知っている

イルモニカへの道は3つあった。

1つは、列車を使って。

もう1つは、舗装された道を走って行くこと。

...3つ目は、草原にある道を辿って向かう。


セバスティアンが選んだのは3つ目の草原の道を使って..であった。

その方が時間はかかるが、余計な心配をせずにセシリアをイルモニカに連れて行くことが出来ると考えたからだ。

────

午後21時を過ぎ

セバスティアンたちがセムル・ルードからイルモニカに繋がる草原の道に入る頃には雨足は弱まっていて、

このまま行けば例え休憩を挟んで進んでも明日の早朝には辿り着いていた。

しかし、それも23時を過ぎるまでの話であった。

23時を過ぎた頃に急に雨足が酷くなって、

何度も途中で雨宿り出来そうな木を見つけると、

そこにロウェルを向かわせ足を休ませた。

日が変わり、1時を回った時...

更に雨足が酷くなり、これ以上は危険だと判断したセバスティアンは、

雨宿りが出来そうな葉っぱを多く抱えた大きな木が立ち並んだ場所を見つけると...

そこで一旦、雨足が止むまで様子を見る事にしたのだ。

────
──

ちょうど体を休めるには充分な場所で、少しばかりは水滴が飛んでは来るが、用意してきた薪を使って真ん中に火を焚けば、何の問題もなかった。

「....列車を使えば今頃は..」

フィリップは、我慢して黙っていたが..とうとう思っていた事が不満一杯の表情から漏れてしまう。

「なんだよ? 列車を使えばセシリアの不安もあるからこの草原の道はどうかなって言ったのは..お前だぞ?」

「..なんだと? でもその提案に、

それは名案だ!って言ったのは兄ちゃんだろ!」 

「なに!? 俺はそんな大袈裟なこと一言も言ってないぞ!」

「言ったか言わなかったじゃないの? この決断をしたのは...セビィ?

君だよ、君!」

「こいつ? 言わせておけば..」

フィリップの不満にセバスティアンは、立ち上がって詰め寄ろうとするが...

「よしなよ? 2人とも。大雨くらいでイラつきやがってさぁ...ほら見ろ? ロウェルが呆れた顔してるじゃんかよ...

なあ ロウェル? 構わないよな?

今日の朝に着こうが、明日になってもな?

こうやって、火を囲んでさ..暖まって雨宿りも悪くないよな? それにほら上を見ろよ?

木の葉っぱの隙間から...星空が見えれば..もっといいんだけどなぁ」

「ふん..星空の代わりに雨粒ならいくらでも見えるけどね?」

「はははははは」

「..嫌味な奴」

見上げるセシリアの正直な感想にフィリップの皮肉が重なると、そこにセバスティアンは舌打ちが響く。

「..せっかく朝に着いたら、ゆっくり休んでからイルモニカの音楽会にセシリアを連れて行ってげようと思ったのにさ..」

「なんだい、それ?」

「2日前にね? 荷物をイルモニカにセビィと運びに行った時に知ったんだけど、

今日の夕方からイルモニカの音楽公園と呼ばれる場所で大きな演奏会が開かれるんだって?」

「高いんじゃないの?」

「ううん! タダだよ? タ・ダ」

「へぇー..それは見たかったな?」

「...これもこの雨の所為だよ...ねえセビィ?」

「..嫌みっぽい奴だな...はいはい分かったよ、これからは天候の占いも出来るようにしとくさ?」

「はいはい期待してるよ」

「ははは、じゃあ今日はこれくらいで...

ゆっくり休もう?」

────
──

荒れた天候をもたらした雨雲は、草原に光が射す前には、完全に遠くへと消えていて、朝を向かえる頃には暖かい風が吹き、湿った空気を乾かしていた。

そんな草原の道をセバスティアンたちは前日の夜と違い快調に進んで昼頃には、草原を抜け神秘的な岩山がある峡谷へと辿り着いていた。

そんな峡谷で3人は、しばらく時間を忘れて過ごす事にして、そこで存分に楽しむ時間を見つける。

そこには他の道から来たであろう観光客が何人も見えたが、セシリアはもう他人を見ても不安になる事はなかった。

きっとこの神秘的な峡谷にへと誘われて来たであろう..

そう私たちの様に...

神秘的な峡谷を後にした3人は、ロウェルの体を休めながら順調に進み、今度は広大な丘陵にこころを奪われながらその先のイルモニカへの道を進んで行った。

その日の夕陽が、あと少しで沈もうとした時、広い草原にセバスティアンの声が広がる。

「おーい! フィル、セシリア..とうとう見えたぞ!」

そのセバスティアンの大きな声に、フィルとセシリアはロウェルの後ろに繋がれた車の窓から身を乗り出すと...

そこには、草原の先に見える大都市イルモニカのいくつも並んだ大きな建物が目の中にいっぱいに入って来た。

その窓から2人は、イルモニカの風景に向かって叫んだ。

「..まるで初めて来る気分だよ!?」

「ははは、本当だ!」

「さっき見た、大自然にも負けてないよ..

この風景は..さぁ?!」

「そうだそうだ!」

「...なんだよ? なんか聞こえるぞ?」

喜び、はしゃぐフィリップにセシリアは聞く。

「...音楽..音楽会だよ!? セシリア?!

ほら僕が言ってた?」

「...これのことか」

「きっと僕たちを歓迎してるんだよ!?」

「..ええ?! そうか?」

フィリップの大声、それを振り返って疑うセバスティアン、

その2人の声にセシリアも加わる。

「..ああ、そうに決まってる...

おーい! ロウェル? お前良かったなぁー

私たちをイルモニカは歓迎してるんだってよ?!」

この彼女の声に馬のロウェルは、喜びを表すように前足を上げ喉を鳴らすと...

その反動を受けて3人は...大きな声で笑った。

そして、イルモニカの上空に打ち上げられた大きな花火の音が、その笑い声を包むようにして響き渡ったのだ。
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