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ダル レッド ゴアード

#30.灯り。虫

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「ほんと..賑やかだねー?」

そう言ったのは、セシリア。

彼女は、馬車の中の木で出来た窓を開けたままにして、そこの縁に肘を掛け、イルモニカの大通りに顔を覗かせて微笑んでいた。

「ほんとにね?」

フィリップも同じような形で、もう片方の窓から顔を覗かせて、街中を眺めている。

3人は、イルモニカ区域に入ると、さっき聴こえた音楽会を100メートルほど離れた場所で腰を下ろし、観客で溢れるその先に目を向けて楽しんだ。

それは、20分も無かったのだが、遠くまで充分に聴こえた音楽に、彼女も彼らも満足出来るものであった。

そして、セバスティアンとフィリップ(とセシリア)の新しい住処のあるルーフ・カールに向かう為、大通りに出る。そこは、イルモニカのホルイック通りと呼ばれる場所で、日中はもちろんの事、夜になっても落ち着く事は無い場所だ。

「..なかなか進まないな」

セバスティアンは、ホルイック通りの人の多さに馬車のスピードを更に落とすしかなく、一向に目的地に近付かない事にため息を漏らした。

「でも、ここの人たちって道の真ん中を馬車がズケズケと歩こうと、嫌な顔をひとつもしないんだね?」

そんなセバスティアンのため息を聞いたセシリアは、街の様子を見て感想を述べ..

「楽しくて、気にならないんだよ? きっと」

と、フィリップが言葉を結んだ。

彼の言う通り、この街を歩く多くの人々は、楽しくてしかったなかった。建ち並ぶ店の前に幾つもの品々は、人々に購買欲をそそらせ迷わせている。

目線を変えれば、客を取ろうと店前で手を振り微笑む女性が...道化師は大袈裟に踊ったあとに新作の手品を披露。

それ等を全く気にしない男女は、密着して抱き合い..口づけを交わす。

それを街の至る所に付けられたイルミネーションの光が何度も色を変えて包む。

この街を歩くほとんどの者は、それを期待して訪れる。

だから小さい事など気にならないのだ。

────
──

「ねえ? 私...あんた達のおばさんに会えるかな?」

やっと人垣を抜け、セバスティアンが馬のロウェルのスピードを少し上げた時、セシリアは急な質問をした。

「どうしたの、急に?」

フィリップが、セシリアの方に振り返って彼女の背中を見る。

「..え。なんか..ほら、あんた達に世話になるのにさ...挨拶も無く、黙ってるってんのは...失礼かなって?」

セシリアも、少し照れくさそうにして、フィリップに横顔を見せた。

「そんな事、気にしなくていいよ? それに...これは、僕らが決めた事だからね? だからセシリアは、そんな気は使わなくていいよ」

笑って答えるフィリップにセシリアは...もう一度(今度は嬉しそうに..)

「ねえ? 私、フィルとセビィのおばさんに会える?」

「ああ! 会えるよ?」

フィリップが返事をする前に、ロウェルに跨るセバスティアンが大きな返事をする。

その返事に、セシリアは満足し、窓の縁に両肘を置いて、片方の手で髪をかき上げた。

────
──

「おーい? 着いたぞ」

ルーフ・カールにある新居に辿り着いたのは、ホルイック通りを抜け、1時間ほどが過ぎてからだった。

セバスティアンもロウェルから降りると、さすがに疲れを見せて膝を曲げて、そこに両手を付けた。馬車の中に居る2人至っては、眠りこけている。

その2人を揺すって起こし、軽い荷物を降ろしてから、漸く新居の前に立った3人は、真っ暗な開けた扉の中に、なかなか入ろうとしなかった。

「どうした? さあ早く入りなよ?」

「ええ? 私から?」

「そうだよ。セシリアから入んなよ?」

「だって..ここは、あんた達の...」

「もう。そんな変な気を使わなくていいよ?」

「だってさ...」

「セシリアって、もう少しズケズケした性格だと思ったけど...割と上品なところもあるんだね?」

「..なんだと。おい、フィル? 割とって..どういう意だ? え?」

「怒らない怒らない..フフ」

玄関の前でちょっとした悶着を起こしていると、その横でセバスティアンは、我慢出来ずに...

「おい? 早くしろよ? こんな暗いとこで3人もじっとしてたら..怪しいじゃないか?」

「..わ、分かったよ。よし、私から入るからな? 遠慮なんかするかよ」

彼女は、少しだけ不貞腐れた顔になっていたが...

本当は嬉しかったのだ。

ドキドキしていた。

こんな兄妹とも親友とも言えるようなやり取りが出来て。おまけに、その先は真っ暗だが、灯りを灯せば食卓に居間も、それに新しい寝室だって用意されているのだから。

セシリアと大事な人との新しい生活が始まるのだから...

──


ただ、

そんな嬉しい夜なのに、その2階にある綺麗な寝室で見た夢は。

雑草に囲まれたひとつの大きな木の下で、亡くなった母のモルエが1人で立っていて。しばらくすると、その木の下の土だけになった所を素手で一生懸命に掘り始めたのだ。

サグ、サグ、サグ...と。

日差しのきつい日だ。初夏だろうか?。

それをセシリアは、遠くから見つめている。

一生懸命に穴を掘るモルエの両腕は、白かった。

色白といった感じではなく、血が抜けたような青白さだ。

しばらく、そんな母モルエを見ていると、その母が急にセシリアの方に顔を向けた。

気付いてくれたのかな?

セシリアの気持ちをよそに、また母モルエは、出来た穴の方に顔を戻しさっきと同じように穴を掘り始めた。

すると、またセシリアの方に顔向ける。

少ししてから穴を作る為に顔を穴の方に戻して両手で..

サグ、サグ、サグと穴を掘る。

そして、またセシリアの方に顔向ける。

この動きを彼女は、続けた。

セシリアは、その動きを口にして数え始めるが...

314を回ったくらいで飽きて口を閉じる。

それに、母モルエの動きがセシリアには、虫のように見え始め、だんだん嫌になって丸めた膝に顔を埋め、暗くなった地面を見ていた。

その方がましだった。

でも、もう1回だけと思って...

木の下に居るモルエの方に目を向ける。

目に映った最後の母の姿は、ちょうど出来た穴の中に潜って上半身が、すっぽり消えた状態で足をバタバタさせているところだった。

そんな虫になった母モルエを見て

セシリアは、もうここが

ボルカの寝室では無く、セバスティアンとフィリップが用意してくれた寝室なんだと自分に言い聞かせて丸めた膝の中で目を瞑った。
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