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狂気の恋愛

#32.床屋のセシリア

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イルモニカにある小さい町ルーフ・カール。そこは元々、土と岩しかない平地であった。そこに訪れてた浮浪者などが軽い休息の為に寝ぐらを作った事から、それを見ていた他の者が真似をして小屋(のようなもの)を建て、そこで生活を始めたころから、その場所に人々がどんどんと集まり出来た町でもある。

(最初、その場所は、今では隣町であるパーストンの土地であった為、揉めに揉める事になった。勝手に浮浪者たちが小屋を建てて住み始めたのだから、当然と言えば当然であるが。

当時、パーストンの町は、大変な労働者不足で、生活インフラに関する問題を抱え、頭を悩ませていた。そこに当時の市長だったアエリク・オーベルは、そのパーストンの土地である場所に勝手に住み着く者と交渉する事にしたのだ。その交渉とは...

このパーストンの町で労働者として働いてくれるのなら、その代わりに、で生活する事を認めてもいいと言うもので、おまけに給与も生活保証も付けるというものだった。

その結果、その浮浪者(全員では無いが)の住み着いた場所は、後にルーフ・カールと呼ばれる町へと発展したのだ。

それは、今から80年もの前の話である)


─この日の朝も、自宅のキッチンに立ち、口笛を吹きながら楽しそうに朝食の準備をするセシリアの姿があった。

───
──

「...よし! これくらいでいいだろ? おーい! いつまで寝てるんだい?

もうとっくに7時回ってるぞー!?

早くしないと美味しい朝食が冷めちまうぞ!

フィル!? セビィ!? 早く起きろ!」

その外にまで聞こえそうな大きな声にフィリップが、のそのそと2階から降りてくる。

「..そんなに大きな声、出さなくても起きてるよ...」

「だったら直ぐに降りてこい? 分かったかい..フィル?」

「はいはい」

「返事は1回..分かった?」

「..もーう! 朝から説教なんか聞きたくないよ!」

「だってお前、もう直ぐ魔法学校に通うんだろ?」

「..だから何さ?」

「だから何って..お前な? 学校ってんのは、そういう事を...ちゃんと出来ないと注意されるんだ。

だから? ..こうして私が..

細かい事を確り教えてあげてるの...

お利口で素直なフィルくん..分かったかい?」

「..分かったよ。返事は1回だろ?」

「そうだよ?! それだよ? その素直な態度が大事なの?」

「..それで美味しい朝食は何なの?」

「おう! そりゃあ..決まってんだろ? フィルの大好きな目玉焼きだよ。目玉焼き?」

「..もういい加減にしてよ! あのね? 昨日も目玉焼きだったじゃないか?!」

「えー、だって昨日は...ハムエッグだったぜ?

だから今日は、目玉焼きだよ? ..なあ?」

「...もうイヤだ..毎日毎日...ハムエッグか目玉焼きばっかじゃん...」

フィリップは、セシリアの代わり映えしない毎日の朝食にうなだれながらテーブルの前に座る。

「そう言うなってフィル? もう少ししたらさ..私だって仕事見つけて...ごちそうしてやるからさ..そん時まで辛抱してくれよ?」

「..だけどたまには、朝から少し違うもの食べたいじゃんか?

セシリアもそう思わない?」

「そりゃあ..そうだけど..やっぱりさ..節約って大事だぜ?」

そんな2人のいるキッチンにセバスティアンもやって来る。

「...今日も朝から..やけに賑やかだな?」

「おいセビィ? 少し遅過ぎじゃねぇか?」

軽くセバスティアンを睨んでセシリアは聞いた。

「..遅いも何も、今日は祝日だろ?」

「そうだ!? 今日は休みだったんだ? もーお..早や起きの練習で損したよ..」

セバスティアンの答えにフィリップは席から立ち上がって天井に顔を向ける。

「損した?! バッカだな?

今日は、休みだから早起きするんだろ?

いつものように早起きして、うまい朝食を食べてから、だらだらする?

で、出かけるなりしてから昼寝を楽しむ?

これが休日の過ごし方だろ? 」

「それは、セシリアの考え方だろ? 僕は違う...その逆だよ?」

「へぇーそうかい?」

意見を対立させて見合う2人にセバスティアンが割って入る。

「..まあ、せっかくだ? 朝食の目玉焼きでも食べようか..」

「はぁー..ハム無しの単なる目玉焼きだけどね?」

「そう言うなって? うまいぞ?」

そのセシリアの言葉にセバスティアンは、笑顔でテーブル前の椅子を引いてそこへと座った。

3人は、テーブルの上に置かれた塩や胡椒の入った小瓶を代わる代わる手に取っては、

かけ過ぎないように注意しながら味を確かめて、

また塩の小瓶を手に取ってかけて味を確かめていた。

「ところでセシリア? 随分と早起きだな、いつも?」

セバスティアンが口元から水の入ったコップを離すと気になった事を口にする。

「えっ? ああ、何か早朝には目が冴えちゃってさ?」

「もしかして眠れないの?」

心配そうな顔のフィリップにセシリアは、口元を上げて..

「その逆だよ? もう...ぐっすりだよ? で、気付いたら..朝の5時くらい...気分良くな? そっからは、寝ようにも眠れないの..起きたくて仕方なくてさ?」

それにセバスティアンが頷いて...

「そうか..それを聞いて安心した? あれから半月過ぎたけど..どうやら余計な心配は、いらないな?」

「しょうそう? せしゅりあなら...もんらいないお?」

「おい! フィル!? 食べながら喋るなよ? 行儀悪い..」

「はははは..」

笑うセバスティアン。そんな彼を見てセシリアも聞いた。

「ところでさ...セビィ? あと少しだな? イルモニカの傭兵試験?」

「えっ..ああ、そうだな? まあ、残すは最終試験だけだし..」

「自信の方は..あるのか?」

「うん? 自信か...自信の方は..正直...あるよ?」

「へぇー? こいつは頼もしい?」

嬉し驚くセシリアにフィリップも乗り出し..

「大丈夫さ? 何せ、このセバスティアンは、ただでも厳しいとされる2次試験を余裕で突破してるだよ?」

「余裕って..それは少し言い過ぎだよ?」

セバスティアンは、冷静にフィリップを見た。

「うん、例えそうかも知れないけど、このセバスティアンなら厳しい1.2次試験を突破してる以上、最終試験なんて屁でも何でも無いよ?」

「ははは、それ聞いたらこっちまで自信が出てくるよ?

セビィは、イルモニカ傭兵団は確実って..な?」

「セシリア? 大袈裟なんかじゃないよ?」

「分かった。私はそんなフィルに1票だよ?」

「じゃあ..明日の朝はごちそうね?」

「それは駄目だ?」

「ちぇっ!」

どさくさに紛れて、朝のごちそうをねだるも断られ舌を打つフィリップにセバスティアンが笑い..

「はははは、でもセシリアの料理の腕には正直助かってる?」

「そ..そうかい?」

「うん! 嘘じゃないよ?」

「..でも、あんたが前に作ってくれた..あの木の実と小麦を交ぜて焼いたヤツには敵わないよ?」

「僕もあれ大好き!」

「..そうか...分かった。じゃあ、明日にでもまた作ろうかな?」

「そいつは楽しみだ...なあフィル?」

「うん! 少し、いいやつの木の実を入れて欲しいけどね..」

「よし..分かった? そうだな..今度は、あの木の実を使ってみるかな? うまく焼けるかな...」

新しい木の実のパイについて考えるセバスティアンを見てセシリアは、疑問を口にする。

「なあセビィ? さっきから気になってんだけど...

お前、髪..少し長すぎねえか?」

「えっ? ..そう言えば、前に切ってからだいぶん経つな..」

「うん、もう時期、傭兵試験だろ? ちょっと切っといた方がいいよ?」

「そうだな..じゃあ、明日にでも切りに行くか..」

「どんな髪型にするんだ? セビィだったら拘りとかあるんだろ?」

「いや..特に拘りなんか無いよ? いつもお任せだよ?」

「へぇー、そうなんだ? それは意外だな..」

「いつも僕らは、ちゃちゃっと切ってもらうんだ?」

「フィルも?」

「うん! セビィと一緒に床屋に行く時は、ね?」

「..そうか...拘りは、特にないか...あっ?!

いい事を思いついたぞ? なあ、フィル?」

「なんだい..いきなり?」

「今日の夜と明日の朝の飯は..ちょっとばかし贅沢出来るかも知れねぇぞ?」

「ほんとに?!」

「ああ? 本当だ..おいセビィ?」

「今度は、何だ?」

「そのお前の長い髪...私が切ってやるよ?」

「えっ..セシリアが?」

「うん!」

嬉しそうに自信を見せるセシリアをフィリップは疑う。

「セシリア、髪切れんの?」

「切れんのじゃなくて? やって..みるんだよ?」

「..えっ?」

フィリップの声にセバスティアンの小声が続く。

「...大丈夫かなぁ?」

こうしてセシリアの突発的な発想でセバスティアンの伸びた髪を切る事になり3人は、その自宅の庭にテーブル椅子を持ち出し、小さいテーブルを用意して、そこへ、くしと適当にあったハサミ2つを置いた。

───
──

セバスティアンは、内心不安であったがセシリアの妙な自信に押され、ただ黙って自身の髪の成り行きを見守っていた。

それをフィリップだけは...横で、あーだこーだと言って...邪魔をしていたが。

「よし! どうだ?」

「ほら、セビィ? この鏡で見て?」

「うん...悪くは..ないな?」

「だろ?」

「少し後ろが...ガタついてるけどね?」

「細かい事を言うなって? ちょっとくらい構うもんか?

なあセビィ?」

「..これだけうまく切れてれば問題ないよ?」

「よっしゃー! また今度、フィルも切ってやるよ?」

「僕は遠慮しとくよ?」

「またぁ? 素直じゃねぇな?」

「こういう時は、素直じゃない方がいいんだよ?」

「へぇー、そうなんだ?」

「...思いついたぞ! なあ、セシリア?」

「何だよ..いきなり?」

セシリアに背を向けるフィリップ、その間でセバスティアンは、ある考えを思いつく。

「セシリア...仕事を探してるって言ってたよな?」

「えっ? ああ、探してるよ? ..だから何だよ?」

「その仕事..見つかるかもしれないぞ?」

「本当か?!」

「おい! フィル? ちょっとこっちに...」

そう言ってセバスティアンは、急にフィリップを引っ張ってセシリアの元から離れ、そのフィリップに耳打ちをする。

「どうしたんだよ? いきなり...えっ?」

「だから? あのスコル...」

その行動にセシリアは、自分だけ仲間はずれをされているようで不機嫌になった。

「...何だよ? 男2人がこそこそ話なんかしてよ?!

この私に聞かれたらまずい事か? ええ? ..全くよ!」

ふて腐れるセシリアの元にニタニタしながらフィリップとセバスティアンが戻って来る。

「へへへ、セシリア...君にいい仕事が見つかったよ?」

「そうそう?! こんなセシリアには、ぴったりだ!」

「..じゃあ、こんな私にぴったりな仕事...って、いったい何なんだよ?」

その問にフィリップが焦らすように笑って、セバスティアンもそれに並ぶ。

「それは、明日までのお楽しみに?」

「明日までのな?」

「..ニタニタして気味がワリィな...ああ? 分かった!

お前等まさか?

私にストリッパーでもやらせようって訳じゃないだろうな?」

「ストリッパー?!」

「セ..セ..セシリア!? 君、なんて事を言うんだ!?」

「はははははははは、冗談だよ? 冗談?

はははははは、こそこそ話なんかするからだよ?

ははははははははは」

「..セシリアには、油断も隙もないや?」

「本当だ..注意しなくては...」

その翌日、この日もルーフ・カールは朝から晴れており、日光が町を照らしては賑やかな音が辺りに響いていた。

そんな町のセビィとフィルは、自宅の庭で、まるでいたずらの準備をするかのように、また椅子と少し物を置く程度ならちょうどいいテーブルを運んでは、2人してほくそ笑みを浮かべていた。

そしてセシリアは、そんな2人の姿を2階の部屋の窓から見ていて、

これから始まる、そのいたずらを楽しむような気持ちでいたのだ。
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