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しおりを挟むタイセーが帰ってしまって、ラッセルと二人きりだ。タイセーはよく喋るし盛り上げ役だったから、ラッセルと二人にされると、まだ会ったばかりで何を話したらいいのか、ちょっと話題に困ってしまう。
夕飯はデリバリーのピザで済ませて、お風呂の入り方なんかを教わりながら入り、寝る準備を済ませた。
リビングのソファで二人お風呂上がりに、無言でしばらく過ごしたのだが、そんなに居心地は悪くならなかった。意外にも、何も喋らないこんな二人の時間も悪くないなんて思ってしまった。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休んでくれ。また明日色々と話し合おう」
「そうだな。今日はもう寝かせてもらうよ」
ラッセルが俺を部屋まで送ってくれた。
正直家が広すぎてどこに自分の部屋があるかわからなくなってたから助かった。
ドアを開けて見えたベッド。一気に眠気が襲ってきた。ふぁぁとあくびをする。それにお風呂上がりだからかラッセルの体からすごくいい匂いが漂ってくる。これは何の匂いなんだろう……。すんすんと鼻を鳴らして匂いを確かめようとしても俺には何の匂いかわからなかった。
ふわふわとした頭と眠たい目でラッセルを見つめると、むちむちとした大きな体がとても気持ち良さそうに見えた。
「……抱きしめられて寝たら気持ちいいのかな」
「ん?なんだ?抱きしめて欲しいのか?」
え?と思った時にはすでにその大きな巨体に抱き込まれていた。むにっとしているが、がっしりとした腕の感触が安定していて落ち着く。ぽっこりお腹のお肉がぽよんと俺の体にあたって密着し、俺の体を余す所なく抱き込んで包み込んだ。
風呂上がりに火照った体が少しひんやりとした体に冷まされて、眠たかった頭がしっかりとしてきた。
――え?!ちょっとまって。なにこの状況?
ラッセルに抱きしめたらている?何でこんなことになってるの?ああ、俺が抱きしめられたら、なんて言ったからか!
「イチロの心臓の音、すごい勢いで鳴っているな」
「っ……!」
耳元で落ち着いたバリトンボイスが囁いた。なにこれ、めっちゃ腰に響くんですけど。さらにバクバクと心臓が今にも爆発しそうな勢いで鳴り出す。
抱きしめられたままぐっと体を上げられて部屋のベッドまで運ばれた。ベッドの上に下ろしてくれるのかと思いきや、いや下ろしてはくれたんだけど、なぜかラッセルも一緒にベッドに入り込んできた。
「やっ、ちょ、なにして……」
「イチロが言ったんだろ?抱きしめられて寝たら気持ちいいのかって」
確かに言っちゃってた。でも眠すぎて頭おかしくなってたんだ。言い訳をさせて欲しい。
後ろから抱きしめるように腕を前に回されて、脚も絡められた。ここから逃げ出そうともがくけれど、ラッセルの体はするすると絡んできて全く抜け出せない。しまいには尻尾も体に絡まりぎゅうぎゅうと締め付けられた。
「ちょ、ラッセル……待てって」
「俺は……、いつも部屋が汚いとか言われて……実家にいた時も、片付けようと努力しても結局あんなになってしまっていたんだ。家でいつも家族にも怒られて嫌がられて……。でもどうすることもできずに、ずっと汚い部屋で過ごしててそれが当然だった」
後ろから抱きしめられているのでラッセルの顔は見えなかったが、その声は少し震えているように聞こえた。
「それをあんな風に笑い飛ばして、優しい言葉をかけてくれた人は初めてだったんだ」
またラッセルの腕に力がこもった。強く抱きしめられているが、苦しいほどではない。そのちょうどいい力加減で締め付けられるとホッとするような安心感が芽生えていった。
「すごく嬉しかった。ありがとう」
「い、いやそんな別に……俺掃除するの好きだし」
そんなに真っ直ぐに言われると照れる。せっかく落ち着いたのに顔がまた火照っていく。
実家にいた時に、家のことをほとんどやっていた頃にも家族にそんな「ありがとう」だなんてお礼を言われたことはなかった。ラッセルの「ありがとう」の言葉がジワッと体の奥まで染み込んでいって心が温かくなる。
「イチロの笑顔に救われた気がした」
「大袈裟だよ。俺はそんな大したことしてない」
本当に大したことはない。ただやるなら楽しく掃除したほうが作業も進むし効率がいい。それに助けられたのは俺の方。俺一人だけじゃなくてタイセーもラッセルも手伝ってくれたからあっという間に終わった。まだ片付けは全て終わってはいないけど、あのゴミの山が無くなっただけでかなり見た目にも精神的にも違うだろう。
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