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第一部 邪神の神子と不遇な王子

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 夕方、辺りが暗くなり、城に篝火かがりびがたかれ始めた頃。
 有紗は午餐のため、広間にやって来た。
 すでに使用人達は給仕を終え、席についている。レグルスとともに席に着くと、光神への祈りをしてから、食事となった。
 食事中にマントのフードを被っているわけにもいかないので、有紗は頭をヴェールで覆い、目元には紗のかかった布を下ろしている。ヴェールの固定のために円形帽コイフを被っているものの、それ以外は、デコルテが見える青いドレス姿だ。
 飲食はできないので、目の前に並べられていても手を付けず、レグルスやヴァネッサと雑談に興じている。

「ヴァネッサさん、ミシェーラの様子はどうですか?」
「まだ弱り切った体力が戻っていないので、しばらくは部屋で過ごさせるつもりよ。少しずつ歩けるようになってきたわ」

 ヴァネッサの話を聞いていると、有紗は病気や怪我を治すことはできるが、寝たきりの間に弱った筋肉の回復まではできないようだ。

「食事ができるようになったから、もう安心よ。陛下にも伝令を送ったの。返事が来るまでまだ一週間はあるのだけど、恐らく王宮に戻るように言われるわ」
「ああ、帰っちゃうんですね」

 レグルスから聞いてはいたが、実際にそう言われると落ち込む。

「でも、ミシェーラはこちらで静養させるという名目で、あなたの傍にいるようにするわ。病み上がりに、王宮の生活は厳しいと思うから、そのほうが良いと思うの」
「母上が寂しいのでは?」

 気遣うレグルスに、ヴァネッサは明るく笑って返す。

「陛下がいるから大丈夫よ。それに、ミシェーラもアリサの助けになりたいと言うんですもの。あの子のほうが教養は高いから、アリサはあの子から教わるといいと思うわ」
「勉強をしたいなら、私もいますし……司祭様に頼んでみるのもいいですよ」

 レグルスが付け足すので、有紗は頷く。

「司祭様かぁ。そうだね、ちょうどいいかも」

 勉強に来たという理由があれば、聖堂にひんぱんに出入りしても不自然ではない。あの場所は、有紗の食事確保にうってつけだ。

(文字を読めるようになったら、何か分かるかも……)

 元の世界に戻れるかどうかについては、今のところはかなり難しい。それでも、他のこと――前にいた神子について分かったらありがたい。この国は神子を召喚する習わしがあるのだ、きっと記録があるはずだ。

(もしかしたら、私と同じように日本から来た人がいるかもしれない)

 聖典を読めれば一番良いが、神殿には気軽には近づけない。幸せに暮らした記録でもあれば、有紗の励みにもなる。

(ん? それでいくと、最初から処刑された私って、悪い例ってことになるんじゃ……)

 今後の人のために、日記を残しておいたほうがいいんだろうか。

「アリサ、どうしたんですか? 何か悩み事でも……?」

 レグルスの呼びかけで、はたと意識を引き戻す。レグルスだけでなく、ヴァネッサも有紗を案じる視線を向けていた。

「あ、なんでもない。考え事をしてただけ。ところで、レグルス」

 有紗は気になっていたことをレグルスに問う。
 テーブルクロスの上に、平たいパンフラットブレッドがのっていて、それを皿代わりに肉を取り分けてのせ、手持ちのナイフで切って食べているレグルスだが、そのパンは食べず、途中で新しいものと入れ替えられていた。

「パン、食べないの……? もったいない」
「え? ああ、これはそのまま使用人に下げ渡されるんですよ。肉の味がしみこんでいるので、少し火であぶればおいしいと思います」
「そ、そうなんだ……」

 なんとも不思議な文化だ。
 パンには手を付けていないのだから、セーフか?
 さすがに熱々のスープを手で食べることはないようで、スプーンが添えてある。

(使用人に下げ渡すのが当たり前、か。不遇ふぐうでも、レグルスは『王子様』なのね)

 こういうところは、上の階層で当たり前に暮らしてきた人、といった感じがする。
 その後、ただ同席しているだけで、食事には何も手を付けずに妃の間に戻った。すると、後でレグルスとともに女官長が訪ねてきた。
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