49 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子
5
しおりを挟むパーティー当日。
朝から、有紗達はばたばたと準備に追われていた。
準備を手伝うという別宮のメイド達は、風呂の準備だけで締め出して、モーナに身支度を頼む。
「ごめんなさい。私の故郷では、信用できない人には、同性でも髪と顔を見せないの。あのねずみのこともあるでしょう?」
申し訳なさそうに謝るふりをして、「裏で疑ってるんだぞ」と釘を刺すと、三人が分かりやすく顔を引きつらせていた。
ドレスを着た後、髪を覆ってヴェールで顔を隠し、あとはアクセサリーを身に着けるだけという時になって、別宮の一階でメイド達がぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
「とうとう尻尾を出したのかな? 行ってみましょ」
「危ないので、殿下を呼びましょう」
モーナの言うことに従い、隣室を訪ねる。レグルスは刺繍が見事なのに、地味なくすんだ緑色という服に身を包んでいた。
「レグルス、かっこいいけど……」
少し地味すぎではないか。有紗が口に出すか迷った言葉を、レグルスは正確に読み取った。苦笑を浮かべ、理由を話す。
「あまり目立つ真似をすると、王妃様に注意されるので」
「そうなの」
出る杭を叩く見本みたいなことをする。
「銀製のアクセサリーがあったら、それをつけたらどうかしら。品があって、見栄えするわよ。落ち着いた雰囲気だから、派手ではないし」
ついファッションについて真面目に考えていると、レグルスに腕を引かれた。
「後で見繕ってください。まずはあちらに」
この話の間にも、わめき声が激しくなっている。
階段を降りると、アンナとマリアがキャットファイトの真っ最中だった。激しい喧嘩ぶりに、騎士達も二の足を踏んでいる。
「お、おい、やめないか!」
「これは私達の問題よ、引っ込んでいて!」
「そうですわ!」
話し方は上品なのに、顔は憎々しげにゆがんでいて怖い。アンナはマリアにつかみかかる。髪をつかまれたマリアは悲鳴を上げる。
「あなたね、お妃様に買収されるなんて、品がないわ! みっともない!」
「うるさいわね! あなただって、アクセサリーを盗んだじゃない!」
「これは誤解よ! 知らないわよ、さっき気付いたらポケットに入ってたんだもの」
「まあああ、盗人猛々しいこと!!」
どうも、有紗のアクセサリーをアンナが盗み、マリアが見とがめたのが喧嘩の原因らしい。それからアンナはマリアが小遣いをもらったのを面白くないと思っていたようだ。
「モーナ、アクセサリーを確認してくれる?」
「かしこまりました」
有紗の指示でモーナは二階へ戻り、有紗は手を叩く。二人はようやく離れ、人が集まっていることに顔を赤らめた。
「はいはい、そこまでよ。この忙しい時に、なんで喧嘩なんかしてるのよ」
「だって、お妃様ぁ。この女がアクセサリーを盗んだんです!」
マリアは涙目で、アンナを示す。アンナは慌てて首を振る。
「知りません! 私、お妃様のお部屋にすら近づいていないのに、どうやって盗むんですか。台所で明日の正餐のために確認をしていたら、エプロンのポケットから出てきただけで!」
話を聞いてみると、彼女達は貴族の子女なので、掃除や身の回りの世話はするが、料理や洗濯まではしないらしい。そちらは下働きの仕事なんだそうだ。有紗が言ったみたいに、罰で掃除と洗濯をするように言われなければ、洗濯まではしないという。
マリアにとって、あの罰は屈辱的なことだった。それでベラとアンナを疑って、絶対にしかえしをすると意気込んでいた。するとアンナのポケットからアクセサリーが出てきたから、大騒ぎしたんだそうだ。
「殿下、お妃様、確かにネックレスが一つなくなっていました」
戻ってきたモーナが報告し、マリアが鬼の首をとった態度で、アンナをにらむ。アンナはわっと泣き出した。
「本当に、私は知らないんです!」
「ねずみは?」
「知りません。確かに、ねずみとりを置いて、ねずみを捕まえるのは私どもの仕事ですわ。でも、触りたくないので、占い師の所に持っていくんです。飼っている蛇の餌になるからと、いくらかお小遣いをくれますし」
アンナが話すと、マリアが眉を吊り上げた。
「だから、あなた、あの仕事を率先して引き受けていたのね! あなたもずるいじゃない!」
「ちょっとしたお小遣いかせぎなんて、誰でもやってるわよ。失礼ね!」
アンナは十六歳くらいだろうか。マリアと年齢が近いのもあって、お互いに遠慮がない。
レグルスはガイウスに話し、占い師の所に使いを走らせた。すぐに戻ってきた騎士は、占い師を連れて戻ってきた。学者に似た雰囲気の老人だ。
「占い師、この話は本当か?」
「ええ。ですが、この娘だけではありませんよ、他にも何人か来ますしね。ほら、そちらの女性がそうだ」
遠巻きに様子見していたベラを示すと、ベラは慌てて逃げ出そうとした。ロズワルドが捕まえて、こちらに連れてくる。
「大のねずみ嫌いなのに、ねずみとりを占い師の所に運べたのか?」
レグルスの問いに、ベラは頷く。
「布で覆い隠して、なんとか……」
「真相は謎だが、そちらはスープに蜘蛛を入れて運んできて、あちらはアクセサリーを盗んだそうだ。監督不足ではないか」
「そうおっしゃられても、わたくしも二人には手を焼いていて……」
「言い訳は聞きたくない。アリサが連帯責任にすると言っていただろう。お前達は減俸一ヶ月、今日は自室で謹慎しているように」
レグルスの厳しい言葉に、ベラは慌てて問う。
「お、お待ちください。あの……パーティーでも、ですか?」
「当たり前だ。下手な騒ぎを起こされてはたまらない」
「そんな……!」
減俸よりもショックなようで、ベラはアリサをねめつけた。それからアンナとマリアを叱りつける。
「あなた達のせいですよ! こちらにいらっしゃい!」
八つ当たりをし、ベラは二人を引きずるようにして下がる。別宮のメイド達が去ると、占い師も帰った。
「なんで今日の謹慎がそんなに嫌なの?」
有紗はレグルスのほうを見る。
「パーティーの後、使用人達は残ったごちそうなどを食べられるんですよ。それに、給仕をしていて、客の貴族や騎士に見初められることもあるので」
「お見合いにもなるってこと?」
「そうですね」
ベラは中年だが、いまだに出会いを求めているのだろうか。それともごちそうが目当て?
どちらだろうかと考える有紗の傍で、モーナは不思議そうに、取り返したネックレスを見つめている。
「あのアンナという方は、確かに、二階で見かけたことがありません。どうやって盗んだんでしょう? 出入りする時は、扉に鍵をかけていたんですが……」
「合い鍵がある。ベラが管理しているはずだが……。謎が多いから、今回は軽い罰にしておいた。しばらく泳がせるしかないな。アリサに嫌がらせをしているのは間違いない。ガイウス達はより一層、気を付けておいてくれ」
使用人のエリアに騎士は立ち入らないとはいえ、怪しい挙動に気付くかもしれない。
レグルスの注意に、ガイウス達は敬礼を返す。
「は!」
それでレグルスはこの場をお開きにする。
「今はパーティーの準備で忙しい。このことは後でゆっくり追及しよう」
「そうしましょ。レグルス、どんなアクセサリーを持ってるの? 服に合わせるから、見せて」
「アリサが選んでくれるなんて、光栄です」
厳しい空気を一転させ、穏やかに微笑み返すレグルスの様子に、騎士達は石を飲み込んだみたいな顔をして、さっと視線をそらした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
966
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる