シュガーレス

白川ゆい

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本編

この人が好きだと言いふらしたい

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 壮太と仲良くなったのは高校2年生の秋、隣の席になった時だ。明るくて誰とでも仲良くなれる壮太は、人懐こい笑顔で簡単に私の懐に入り込んできた。すぐにもっと仲良くなりたい、もっと壮太を知りたいと思った。
 壮太には親友がいた。別のクラスの男子だったけれど、壮太と隣の席になったことで私も少し話すようになった。その男子には彼女がいた。2人を見る壮太の目に切なさが浮かんでいることに私はすぐに気付いた。

「ずっと好きだったんだ」

 壮太はそう言って笑った。心にナイフを突き立てられたような気分だった。私は壮太の手を握った。壮太は驚いていたけれど、離そうとはしなかった。

「大丈夫だよ」

 それしか言えなかった。何が大丈夫なんだ。自分でも分からない。でも壮太は笑ってくれた。

「ともがそう言うなら大丈夫だな」

 と。高校生の間はいいお友達だった。でも高校を卒業したらもう壮太のことは忘れようと思った。片想いは辛い。私だって、もっと幸せな恋がしたいと思った。
 仕事を始めてすぐ、気になる人が出来た。家の近くのパン屋のバイトをしていた大学生だ。パン屋の常連になるとよく話すようになって、連絡先を聞かれて、連絡を取るようになった。2人で出掛けようと誘われた。その約束の1週間前。同窓会があった。今なら壮太と普通に話せる。そう思って行った。

「よっ」
「よっ」

 壮太に会って心は激しく揺れ動いた。でも考えないようにした。私はあの彼ときっと付き合う。いい人だし、穏やかに長く付き合えると思う。
 周りの友達に当たり前のように壮太の隣に座らされた。そんなに仲良かったっけ。3年の時も同じクラスだったし、よく話していたけど。
 卒業してからも壮太からはたまに連絡が来た。たまには集まろうとか、たまには遊びに行こうとか。でも仕事が忙しいからと断っていた。私は平日休みだから、大学生の壮太とはなかなか休みが合わなかったのもある。

「仕事してたらなかなか出会いなくない?」
「うん、まあ。ほとんど家と職場の往復だしね」

 自然とみんなの恋愛トークになる。壮太のことは少し気になった。大学に入ると出会いも増えるだろうし。ああ、でも。壮太には好きな人がいるんだ。あの2人は同じクラスではなかったので同窓会には来ていない。

「私なんてさー……」

 1人の女子の話が始まる。その話を聞いていると、携帯が震えた。何気なく見た画面に、パン屋の彼の名前と『来週何時にする?』とのメッセージ。壮太とは反対側の隣にいた友人がそれを盗み見て「あっ!」と叫んだ。

「デート?!」
「えっ、いや、」
「ともさっき出会いないって言ったじゃん!」
「なかなかないって言われただけで、全くないとは……」
「屁理屈!」

 とりあえず携帯を返して欲しい。揉み合っていると、すっと伸びてきた手が簡単に友人の手から携帯を取った。

「ん」
「あ、ありがと……」

 壮太はニッと笑った。
 同窓会が終わると、二次会へ行く組と帰る組に別れた。私は次の日が仕事なので帰る組。壮太は二次会へ行く組だ。……こうやって。こうやって徐々に会わなくなって、きっと壮太への気持ちも消えていくんだ。叶わなかった想いは美化されるから、もしかしたら壮太への気持ちは一生消えないかもしれない。でも薄れていく。他の誰かを好きになって、付き合って、結婚して。そうしているうちに壮太のことは「過去の思い出」になる。とってもいい思い出に。

「とも!」

 後ろから呼ばれて振り返る。息を切らした壮太が立っていたので驚いた。

「えっ、どうしたの?」
「やっぱり送る」
「いいよ!二次会行ってきなよ。まだそんなに遅くないし1人で帰れるよ」

 壮太は何も言わず先に歩き出した。

「コンビニ寄っていい?」

 何分か沈黙のまま歩いていると、突然壮太がそう言った。ダメな理由はないので頷く。壮太は私が高校生の頃からよく食べていたアイスを買ってくれた。

「とも、仕事楽しい?」
「うん、楽しいよ。壮太は大学楽しい?」
「うん。でも早く、社会人になりたい」
「どうして?」
「早くともに追い付きたい」

 壮太は私を見て微笑む。よく分からなくて首を傾げると、手を差し出された。

「ん」
「ん?」
「こう」

 手を握られた。優しく、でも、しっかり。ドキドキする自分が嫌になって、でも嬉しくて。緊張して心臓が口から飛び出そうなんて、本当にあるんだなと思った。
 壮太はまた歩き出した。駅には向かっていない。

「壮太、どこ行くの?」
「俺ん家」
「えっ?」
「とも、さっきの男のとこ行っちゃダメ」
「何言って……」
「俺んとこにいて」

 壮太に手を引かれて抱き締められた。ビックリして固まる。心臓が破裂しそうだ。

「壮太、ちょ、」
「とも」
「なに、」
「俺ん家来る?」

 頷く以外の選択肢を、私は持っていなかった。
 それからだ。不毛な関係が始まったのは。壮太がどんな気持ちであんなことを言ったのかは分からない。友達が離れていくのが嫌だったのか。ならどうしてセックスしたのか?壮太は酔っ払っていた?いやいや、お酒は飲んでいなかった。そんなことを考えるのももうやめてしまった。結局パン屋の彼は断ったし、私は一歩も前に進めていない。

「壮太」

 呼ぶと、壮太は顔を上げる。午後8時のカフェはまだ混み合っていた。

「お疲れ」
「ごめんね、待たせて」
「いや、俺の方こそ職場まで行ってごめん」
「ううん。家行く?」
「いや、今日はご飯食べよう」
「えっ?」
「あ、もちろんその後泊まってくれたらいいけど」

 壮太とこんな関係になってから、壮太に呼ばれて会いに行って、セックスして、泊まって。そんな感じだったから、こうやって外でご飯を食べることもあまりなかった。

「どうしたの?」
「とも」
「なに?」
「……ううん、何でもない」

 何か言いたそうなのは分かる。でも聞く勇気がない。この関係を終わらせようと言われたら?会うのをやめようと言われたら?それだけで足が竦む。地面がガラガラと崩壊していくような気がする。

「何食べる?」

 好き。大好き。抜け出せなくて苦しい。
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