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3・裏切りと告白
目が覚めて
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後ろから包みむように抱かれている。逞しい腕がお腹の前で組まれていて、ピッタリとくっついている背中が温かい。
千紗子の瞳はやけに重くて、瞼を持ち上げることが出来ずに睫毛だけが小さく震えた。
(なんだか体がだるいわ…昨日は思ったより飲んでしまったのかしら………なにかとても嫌な夢を見ていたような気がするわ………)
夢現の狭間で、千紗子はそんなことを考えていた。
でも、それは夢だ。
その証拠に、今こうして温かい腕に包まれている。
ふかふかのベッドに、確かな温もり。
それだけで嫌な夢を忘れられるくらいに幸せな朝。
(ああ、起きたくないな………でも今日も裕也は仕事だわ。朝の支度があるから起きなきゃ………)
「いま、なんじかな………」
呟きながら枕元にいつも置いておくスマホを手探りで探していると―――
「ん、……まだ早い。今日は休みだろ」
眠たげなバリトンが耳元の空気を震わせる。予想していた声とは全く違う声に、千紗子の思考は一瞬で停止した。
さっきまで持ち上がらなかった重たい瞼を勢いよく開いた千紗子は、恐る恐る後ろを振り向いた。するとそこには、ただの上司であるはずの、雨宮がいた。
「あ、雨宮さんっ!」
驚きのあまり勢いよく身を起こす。
混乱した頭には、目から入ってくる情報に理解が追い付いてこない。
混乱したまま、自分の姿を見下ろす。
身に着けているトレーナ―はブカブカで裾は太ももの真ん中くらいまでしかなく、そこからは真っ白な足がのぞいている。
そしてなにより驚いたのは、自分が見知らぬダブルベッドの上に上司である雨宮といたことだった。
(これは、いったい、どうして………)
焦るばかりで何も言葉に出来ない。
思わず自分の姿から目を逸らした千紗子は、その先にいる人と視線がぶつかった。
彼は寝起きの瞳をうっすらと開けて、千紗子のことを見ていた。
眼鏡もなく髪もナチュラルに下したままの彼からは、匂い立つような色気が漂っている。
「もう起きるのか?」
雨宮はゆっくりと上半身を起こすと、千紗子の方に腕を伸ばし、彼女の髪をそっと優しく撫でた。
彼に触れられた途端、千紗子の体を電流のようなものが走り抜けた。と同時に、昨夜の記憶が一気に流れ込む。
柔らかく癒すようなその触れ方は、ゆうべ幾度も自分の肌に触れた感触と全く同じ。
悲しみや絶望が大きな波のように、千紗子に押し寄せてきた。
「わ、わたし………」
カタカタと体が小刻みに震え出して、体から血の気が引いて体がふらりと傾く。ベッドに倒れ込む手前で、逞しい腕が千紗子の体をさらった。
「今は忘れて。何も考えなくていいんだ」
千紗子の体を抱き寄せた雨宮は、彼女の震える背中を撫でながら、まるで幼子に言い聞かせるようにゆっくりと語りかける。
「ここは俺のうちだから大丈夫だ。とりあえずシャワーを浴びておいで。それから朝食にしよう」
混乱で何も考えられない千紗子を言い含めるように、一つ一つ丁寧に喋った雨宮は、千紗子の頭を二三度撫でてから、そのてっぺんに、ちゅっと音を立てくちづけを落とした。
それから雨宮は、おもむろに千紗子を抱え上げた。そのままベッドルームの扉を開けと、廊下をスタスタと進んでいく。まるで小さなこどもを運ぶように軽々と。
千紗子は運ばれている間、口をポカンとひらいたまま、これまでないくらい間近に迫った雨宮の顔を、ぼんやりと見上げているだけだった。
そうして連れて行ったパウダールームで、千紗子を一旦椅子に下ろした雨宮は、手早く入浴の準備を整えた。
「バスタオルはこれ。あとは適当にその辺のものを使っていい。あと、千紗子の持ってた鞄は扉の隣に置いておくよ。何かあったら呼んで」
テキパキと説明を終えた雨宮は、パウダールームから出ていこうと千紗子に背を向ける。けれど、思い立ったように顔だけ振り向いた。
「俺が出ても風呂に入る気配が無かったら、一緒に入って洗ってやるから。そのつもりで」
そう言った雨宮は、図書館では見たことのない悪戯な表情で笑った。
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