Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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4・崩壊と甘癒

二度目の

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***


 「ここ…、わたし……」
 
 柔らかなベッドから上体を起こす。ズキリと頭が痛んで、思わずこめかみを押さえた。

 半分降ろされたブラインドの下から、茜色の光が差し込んでいる。
 自分のマンションの部屋ではないことは、寝起きの千紗子にもすぐに分かった。そしてそこがまったく知らない部屋ではないことも。

 (また、雨宮さんに迷惑を掛けてしまったんだわ………)
 
 部屋の主はここには居ない。千紗子はゆっくりとベッドから降りると、寝室のドアを開けてリビングの方へと静かに向かった。
 
 ドアを開けると、思った通りの人がそこにいた。

 「もう起きて平気なのか、千紗子」

 ダイニングテーブルに置いたノートパソコンから顔を上げた雨宮は、立ち上がり千紗子の前へやってきた。
 千紗子の前髪を持ち上げるように額に手を当てる。

 「ああ、熱は下がったな」

 ホッとした声で呟く雨宮に、千紗子は自然と眉を下げた。

 「体は辛くないか?あれから何も口にしてないから腹も減っただろう。とりあえず温かい飲み物をもってくるから、千紗子はソファーに座ってて」

 バリトンの声に促されるまま、千紗子はすぐ側のソファーに腰を下ろした。

 ソファーの背に身を沈めるように寄りかかると、体の重さを感じる。

 (わたし…またこうしてここでお世話になってる……)

 これ以上雨宮を煩わせないと心に誓ったのに、こうしてここに舞い戻っている自分が情けなかった。

 (雨宮さんにお礼を言ったら、今度こそホテルに行こう)

 気力を振り絞って、鉛のように思い体をソファーの背から引き離した時、雨宮が戻ってきた。

 「無理せずにソファーに寄りかかって。ミルクティ、熱いから気を付けろな」
 
 そう言って雨宮が目の前に差し出したマグカップを、千紗子は両手で受け取った。

 (今朝も同じようにここでこのマグカップを受け取ったわね…あれから数時間しかたってないのに、もう何日も前のことみたい…)

 「今日二度目だな。ここで一緒に何かを飲むのは」

 「えっ?」

 千紗子は自分が思っていたことと同じようなことを雨宮が言って、びっくりした。

 「朝はココアだったけどな」

 「…いただきます」

 ふぅっと息を吹きかけて紅茶を飲むと、トロリとした甘みが、口から喉にすべり落ちていく。そのまま胃に落ちると千紗子の体がポッと温かくなった。
 
 「甘い…」

 「ああ、ハチミツを入れたんだ。嫌いだったか?」

 「いいえ、とても美味しいです。ありがとうございます」

 「そうか」

 雨宮は眼鏡の奥の瞳を、柔らかく細めた。

 (雨宮さんは紅茶みたい………)
 
 ストレートでは渋みと香りを味わって、ミルクを入れればマイルドに、砂糖やハチミツを入れるとその甘さが疲れた体に心地良い。

 柔らかな温かさで癒してくれる、彼にはそんな紅茶みたいなところがあると、千紗子はなんとなく思った。


 ミルクティを飲んでいる間、二人は黙ったままだった。
 茜色に染まった山と夕陽を受けてきらめく河の水面が、バルコニーの向こうに見える。
 どちらとも何も言わないけれど、それは決して居心地の悪いものではなくて、むしろ穏やかな空気が流れる静謐せいひつなひととき。

 それを破ったのは雨宮の方だった。

 「千紗子、しばらくの間はうちに居たらいい」

 今手に持っているマグカップの中身が無くなったら、雨宮に礼を言ってここを出ていこう。そう思っていた千紗子は、彼の提案に戸惑った。

 「今の君には、あの部屋に帰るのは難しいだろう。体調もだけど、彼のこともある。さっき会った時、彼はあんなふうに言っていたが、またあの部屋に戻ってこないとは限らない。君一人の時に彼が戻ってきたら、また君が辛い思いをするかもしれない。……それに、何より俺が、君を一人であそこに帰すことなんて出来ない」

 「雨宮さん……」

 「千紗子に何かあったらと思うと、居ても立ってもいられないんだよ」

 ソファーの隣からジッと見つめる気配を感じるけれど、千紗子はそちらに顔を向けることが出来ない。
 顔を向けて彼と目が合ってしまったら最後、なんとなく彼の申し出を断ることが出来ないような気がした。
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