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第一章 龍の料理人

第24話

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 そろそろ良い頃合いか……。

 ある程度時間が経ったので私は冷蔵庫の中から例のクッキー生地を取り出した。冷やしたお陰でかっちりと固まり、切りやすくなっている。
 ちなみにこれはバターが低温で固まっているからここまで固くなるんだ。

「あとはこれを適度なサイズに切り分けて、オーブン用の鉄板の上に並べて……予熱しておいたオーブンで焼くだけ。」

 少し間隔を空けて切り分けたクッキー生地を並べ、150℃に予熱したオーブンの中に入れる。あとはこれで10分位待てば出来上がりだな。

「……そういえばカミル、今日は五龍集会とやらに行くんだったよな?」

「ん~?そうじゃな。」

「その五龍集会ってのは何を話し合う場なんだ?」

 クッキーが焼き上がるまでの間暇をもて余すことになったので、カミルに五龍集会のことについて問いかけてみた。

「くだら~んことを話し合う場じゃ。強いて言うなれば、対立関係にあるこの世界の人間の動向等を報告しあっておるのじゃ。」

「ってことはカミルの他の龍の中で人間を探ってるやつがいるのか?」

「鋭いな、そう……ミノルの言うとおり人間に化け動向を探っておる奴がいる。の命令でな。」

 カミルの言葉で私はこの世界にある存在がいることを知ってしまった。

「……魔王?」

「魔王様というのは妾達魔族の頂点に君臨する御方じゃな。」

「じゃあカミルよりも強いのか?」

「当たり前じゃ!!魔族で魔王様に敵うやつなどおらんのじゃ!!。」

 カミルよりも強いって……よっぽど強いんだな。……まぁそんなに強いなら魔王と呼ばれてもおかしくないか。

 だが、魔王っていう存在がいるのなら……もしかしてあっちの方もいるんじゃないか?

「なぁ、カミル。もしかして人間の方にとかっていたりする……か?」

「居るぞ?じゃからずっと人の国と魔の国は対立しておるのじゃ。」

 そういうことか……ようやく頭の中で一つのパズルが完成した。

 つまり、勇者の使命が魔王を倒すことならば、魔王の使命は勇者を倒すこと。だからお互いに戦い合う運命ってことだ。人の国と魔の国が対立しているのも、この絶対に相容れない二人が両国に存在してしまっているから……ということだ。

「お互いに手を取り合うなんてことができたら良いのにな。」

 そうポツリと呟いた私をみてカミルは言った。

「……ミノル。お主は魔王様と同じことを言うのじゃな。」

「同じこと?」

「うむ、今の魔王様もできることなら人と手を取り合いたい……と苦笑いしながら言っておった。」

「そうか。」

 今のこの国の魔王ってのは案外優しいやつなのかもな。人の国の勇者が和睦についてどう思っているのかはわからないが、少なくとも魔王には和睦の意志はありそうだ。

「今の魔王様は優しすぎるのじゃ。先代の魔王様とは違ってな。」

「昔の魔王はどんなやつだったんだ?」

「それはもう……とんでもない御方じゃったぞ?ふらりと魔の国を出たかと思えば人間の街を潰して帰ってきたり、逆らう魔族は根絶やしにしたり……。まさに魔王という名が相応しい御方じゃったな。」

 まるで自分の武勇伝を語るが如く、カミルは先代の魔王のことを意気揚々と話してくれた。 

「憧れる魔族が多かった御方じゃったが……不運にも最後は勇者によって倒されてしまったらしいのじゃ。」

 カミルの言葉に私は違和感を覚えた。

「らしい……っていうのはどういうことだ?」

「いや、最後の魔王様と勇者との戦いを見た者が居らんのじゃ。」

「だったら魔王が倒された……なんてわからなくないか?」

「それがわかるのじゃ。その戦いの後、魔王という称号が今の魔王様に引き継がれ、そしてそれと同時に人間にも新しい勇者が産まれたらしいのじゃ。」

「ん?つまり……二人は相討ちだったかもしれないってことか?」

「その可能性が高いということじゃな。」

 ふむ、なんともなんとも不思議な最後だな。にしても勇者に魔王……か。互いに戦う運命を決められてしまうなんて、なんか可哀想だ。

 そしてカミルから魔王について話を聞いていたらあっという間に時間が過ぎ、オーブンからクッキーが焼ける甘い香りが漂い始めた。

「っと……そろそろ焼けたか。」

「良い香りじゃぁ~!!甘~い香りがするのじゃ。」

 カミルも鼻をひくひくとさせ、厨房に漂う甘い香りを嗅ぎとっている。

 オーブンからクッキーを乗せた鉄板を取り出してみると、美味しそうな狐色にバタークッキーが焼き上がっていた。味見用の一回り小さいサイズのバタークッキーを一つ手に取り、口に運ぶ。

「熱っ……。」

 焼きたてだからとても熱いが、焼きたて特有の外はサクサク、中はフワリとした食感に鼻をくすぐる香り高いバターの香り、そして後味が良い蜂蜜の甘味……。

「うまい。バッチリだな。」

「ふおぉぉぉ~!!ミノル!!妾にも喰わせるのじゃ!!」

「もちろんだ。でも熱いから気を付けろよ?」

「ふっふ~……妾に熱は効かぬ、故に気を付ける必要はないのじゃ~!!」

 カミルは熱さなど関係ないと豪語しながら、両手で何枚か焼きたてのクッキーを掴み取り口へと放り込んだ。
 サクサク……ザクザクとカミルがクッキーを噛み締める音がここまで聞こえてくる。

「んっふ~!!極上の甘味じゃ!!もっと食べるのじゃ!!」

 目を輝かせながらカミルは次々と出来立てのクッキーを貪っていく。そんな姿を苦笑いしながら見ていると、私の足元にコカトリスの雛が物欲しそうな目をしながらすり寄ってきた。

「ピッ!!」

「ん?お前も食べたいか?ちょっと待ってろよ。」

 カミルに手をつけられていなかったクッキーを一枚手に取り、よく冷ましてから私は雛に差し出した。

「ほれ、食べて良いぞ。」

 嘴の前にクッキーを差し出すと、それを器用に咥え、ゆっくりと食べ始めた。

 一方その頃、カミルはもうすでに鉄板に並べられていたクッキーを食べ終えてしまいそうだった。無我夢中でクッキーを貪るカミルに私は笑いながら話しかける。

「なっ?甘いものだったら食べれたろ?」

 話しかけると、勢い良くこちらを向いてカミルは激しく頷いた。

 これから毎日食後にデザートとしてお菓子をねだられそうだな。カミルだけじゃなく、この子にも……な。美味しそうにクッキーを食べる二人を見て、これから忙しくなる未来が垣間見えてしまったミノルだった。
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