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本編
ep10_2
しおりを挟むチセは――慎みはまったくないが、賢い女だ。
よく周囲の顔色を見ている。
まったく、どこであんな技術を身につけたのかと感心するくらいだ。アイツが男だったら、いい戦闘機乗りになっただろうな、って思うくらいに。
たとえ愛し子だなんて存在でなかったとしても、アイツは十分この国でやっていけるだろう。
特殊な知識も数多く持っているし、そして、その知識が特別であることもアイツは自覚している。
自分の国の知識を押しつけるのではなくて、この国に見合ったアイデアだけを抽出して、さり気なく提供する。このところ俺の部屋にやって来て、掃除だのなんだのいいながら晶精機器の話をしていたときも、俺にはなかったものの見方を教えてくれる。
俺はアイツの庇護者のつもりであることも忘れて、アイツとの議論に没頭する。
これ以上必要ないのに。
大切なものなど、増やしたくないのに。
俺は、チセに興味を持ってしまっている。
俺が、夜、どれだけ苦労しているかアイツは知らないだろう。
いつも平和な顔して寝やがって。なにが陣地だ。いっつもそっちから侵入してきやがるくせに!
可愛い顔を俺の腕にすりつけて、脚を巻き付けて……。
……。
酒を呑んで無理矢理眠っても、夜半、彼女の気配で目が覚める。
最近執務室のソファーが居心地良くなったから、そっちで睡眠時間を確保しているけれども……ほんとうに、とんだとばっちりだ!
「とにかく、本当の意味で彼女の夫になるつもりはありません。これは、なにかの間違いだ」
「そうかな? 私は、彼女が君を選んだことに意味があると感じている」
「……」
「大切なものは増やせるよ。増やすために、彼女は君の部屋を綺麗にしたろう?」
「…………それは」
「彼女は、増やし方を教えてくれる。そうは思わないかい?」
大切なものの、増やしかたを……。
アイツの笑顔を思い出す。いつも適当なことばっか言いやがって、ずかずかこっちの懐に忍びこんでくる。
気がつけば俺のなかに勝手に居場所をつくっていて、ここにいるよって主張する。
居心地がよくて、つい甘えてしまいそうな空気をまとって。
でもそれはきっと。
「…………父親のように思われているだけでしょう。家族と思って世話を焼かれている。それだけです」
「夫も、家族。そうだろう?」
「皆が期待しているようなことにはなりません」
俺も元晶精眼、アイツは両眼が晶精眼だ。
つまり、そういうこと。
晶精眼持ちの、子孫が待たれているだけ。
「あまり難しく考える必要はないよ。彼女が幸せでいること。それが晶精の愛し子のあるべき姿だ」
「……」
「おそらく。彼女の幸せは、君も幸せでいることがもたらすんじゃないかなって。そんなことも考えるんだ」
都合がよすぎだ。
エドアルド殿下はすごく真剣にこちらを見てくるけれど、それは、都合のいい夢でしかない。
俺だって――俺だって、チセには幸せになってもらいたいって思うさ。
アイツ、笑顔しか似合わねえし。
自分の世界から問答無用で連れてこられて、たったひとりで生きていくとか酷すぎる。
でもそれは――――、
リンリンリンリン!
そこで緊急の通信が入る。
殿下が受信のボタンを押すと、焦った兵士の声が聞こえた。
《殿下、商業地区区画4-7番地! 愛し子が! 愛し子を狙う輩が……!!》
「!」
「!!」
心臓が嫌な音をたてた。
ぐちゃぐちゃした気持ちとか全部、どこかへいって――、
「殿下っ、失礼しますっ!!」
「! 待て、ノウトっ」
「俺が行く! 一機、お借りしますっ!!」
その場に留まることなんて、できるはずがなかった。
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