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30 企みと純真② ★
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涼介は、ギュッと目を閉じたキリエの唇を愛撫する。
彼女は、両手で涼介の浴衣の襟を強く掴んで、快感に耐えるようにして震えていた。
その緊張を解すため、キリエの上唇を自身の唇で軽く食み、時間を掛けてマッサージする。
「は……んっ、あむっ」
キリエからは、か細いあえぎが漏れる。その心地よい声に耳を痺れさせながら、涼介の愛撫は次第に下唇へ、そして口腔内へと進んでいく。
それに従って、キリエの身体から力みが抜けていき、
「ちゅぱっ、んぅ、れぅっ……」
甘く、蕩けるような響きに変わる。こうなると、キリエの肉体は涼介のものだった。口内粘膜のどこをどれだけ擦れば彼女は快感を覚えるのか、そんなことはもう、涼介は熟知している。
事実、キリエはキスだけで軽く登り詰めそうになっている。湯上がりの肌から立ちのぼる熱気が、涼介にまで届く。
恐らく、このまま押し倒すだけでキリエは、みずから涼介のことをねだってくるだろう。
――そこで、涼介はキスをやめる。
それどころか、抱擁すら解いてしまう。
「涼くん……?」
キリエは、無垢なまなざしで見つめ上げてくる。
涼介は彼女から身を離してたずねた。
「今はやめとこうか」
「えっ」
「下にみんなも居るし。キリエは、他に何かしたいことある?」
これは快感を煽るため、キリエに焦燥を抱かせているわけではない。
涼介は試していた。
これだけ快楽の虜になっているキリエが、それを取り上げられたらどう振る舞うのかを。今までの相手のように、媚びて求めてくるのか。それとも、怒って愛想を尽かしてしまうのか。
酷いことをしている自覚はあった。
彼女の目が困惑に潤むのを見て、どこかがズキリと痛んだ。初めは、彼女の顔を歪ませたいという嗜虐心から近づいたはずだったのに。
「…………涼くん」
そして涼介は同時に、自分がキリエに甘えているのだと悟った。あるいは、期待しているのだと。
キリエなら、この身勝手を許してくれるだろうか。キリエなら、本当に〝誰かの代わり〟ではない自分のことを受け入れてくれるだろうか、と。
(俺は――)
自分で思うより、ずっと不器用なのだと気づく。
他人の言動を予測して先手を打つことは得意で、相手の欲しがる物を用意することにも長けている。
なのに、自分が本当に欲しい物を手に入れるときは、こんなにも不器用で――
「……わかった」
キリエが、ぼそりとつぶやく。
涼介は、いつものようにその目から彼女の感情をうかがい知ることが出来なかった。無意識のうちにやめていた。そうして、ただ断罪されるのを待った。
「じゃあ、代わりにお願い聞いて……」
キリエはそう言うと、顔をうつむかせたまま窓の方向を指さした。
+ + +
「これで、いいんだ――」
「いいの!」
涼介は、部屋のローテーブルの前に座らされた。キリエもその斜め横に座って、お茶の準備をしている。
「だって」
キリエは口を尖らせながら、
「これって……この部屋って、2人の旅行のつもりなんでしょ? 2人きりできたら、きっとこういうことするだろうなって――」
「2人で浴衣着て、旅館の部屋でお茶を飲むってこと?」
「だ、だって、そういうイメージだし! カップルとか……夫婦とか……!」
怒りながら照れながら、急須でお茶を淹れるその姿が、妙におかしかった。
「ちょ、ちょっと!? 笑わないでよね!」
「いや、ごめん。ありがとう」
茶碗を受け取ってもまだ笑いが止まらない涼介を前に、キリエはさらにプリプリとしてお茶をすする。まだ熱かったようで、すぐに口を離してしまったが。
「うう、もうっ……」
その仕草のひとつひとつが、涼介の想像を超えてくる彼女の言動が、どうしようもなく愛おしかった。
今までに感じた衝動とは別の何かに突き動かされて、涼介はキリエの手を取った。
「――涼くん?」
「そういうところが、好きだよ」
今までも何度か口にした言葉。
だが、からかうように、あるいは煽るために言ったその言葉とは、涼介の中では明らかに別物だった。
果たしてそれが彼女に伝わったのかは分からない。
それでも、
「誰かのこと好きになったのは初めてだよ」
「嘘つき……」
そう言って否定するが、キリエはさっきよりも顔を紅潮させて、こちらを直視出来ないでいる。
涼介ですら、自分の言動が信じられないくらいだった。相手を喜ばせるためでも、操作するためでもない、本心からの言葉。
「キリエ、好きだよ」
「……私も。涼くん、大好き……」
自然に唇を寄せて、身を重ねる。
「舌、大丈夫? 熱くなかった?」
「熱かった。ヒリヒリする……」
「見せて」
涼介が言うと、彼女は素直に従って、舌先をチロリと突き出す。
「ちょっと赤くなってる」
「ん……涼くんのせいだから」
「そっか。ごめん」
軽く笑って、涼介は彼女の舌先を包み込む。彼女の痛みを和らげたくて唇で挟み、優しく吸う。
キリエの肌が、先ほどより熱い。顔にかかる吐息までもが火照っている。そしてそれは、自分も同じようだった。
キスは、快感を得る――与えるためのものだけではないことを、涼介は初めて知った。
「キリエ――」
衝動のままに彼女を抱きしめて、背中を掻き抱く。今は、彼女を近くに感じられるだけで嬉しかった。
「今日は……もう、しないかと思ったのに」
小さなあえぎの中でキリエは、
「さっきの、傷ついたんだからね」
「うん、ごめん」
「心籠もってない……!」
「籠もってるって。ごめん」
「うう……!」
腕の中でむずがる様子も可愛いが、涼介はお詫びに何でもするからと申し出た。
「だったら、もう1回言って欲しい……さっきの」
「――ああ」
涼介はすぐに了解して、キリエの耳元で囁いた。
「大好きだよ、キリエ」
1度ではなく、何度も。
彼女のお願いだからだけではなく、涼介自身の渇望を満たすためにも。
「い、言い過ぎ……っ! て、照れるからっ」
ジタバタし始めた彼女のほうへ体重をかけると、
「あ――」
何の抵抗もなく、彼女は畳の上に押し倒された。
その唇を何度も味わって、浴衣をはだけさせていく。キリエの手も、それに応じて涼介の浴衣を脱がせにかかってくる。
2人の目が合ったそのとき、階下から、友人たちらしき笑い声が小さく響いてきた。
「みんな、下に居るんだよね……」
「だな。でも――今はキリエとしたい」
「……うん」
2人はごく自然と交わった。
抱きしめ、足を絡ませ、性器を擦りつけ合って。いつ下着を脱ぎ捨てたのか、いつ挿入に至ったのか、お互いに意識できないほど夢中で。
それは涼介にとっても、今まで感じたことのないほどの快楽だった。必死になって腰を押しつけ、彼女のことを奥深くで感じる。
「あッ、やんッ……! 涼くんっ――」
もともと魅惑的な体だった。セックスの相性も抜群だった。だが今涼介は、それだけではない充足感を確かに抱いていた。
「キリエ、俺――」
息を荒くしながら、彼女の目を見つめる。
すると彼女は、涼介が何も言わなくても、
「――うん。私も、して欲しいから……っ」
涼介と同じだけ切ない声を絞り出して、小さくうなずいた。
彼女の了承を得て、涼介は腰を2度3度、往復させた。それだけで、熱いものがギリギリのところまで込みあげてくる。
キリエの柔肌をぎゅっと抱きしめて、せき止めていたものを、意識して外す。途端、激情が濁流になって、愛おしい人の胎内へと流れ込んでいった。
「あ、あッ……! 涼くん、んんっ……!」
抱きしめ合い、これ以上ないほどに密着する。万が一にも結合部が離れてしまわないように、最後の一滴が間違いなく注ぎ込まれるまで、震える腰を強く強く押しつけ合った。
それは奇跡のように甘美な時間だった。
射精が終わっても、痙攣が鎮まっても、2人は離れなかった。形を失ってとろとろと流れ落ちてしまいそうなほどの甘やかな時間を、2人は共有した。
「涼くん……」
やがて、キリエがつぶやいた。
「私、言うね? みんなに、涼くんと付き合うことにしたって。……涼くんのこと、大好きだって」
「うん」
「大好き……涼くん」
「俺も大好きだよ」
階下から伝わる友人たちの声を感じながら、2人は何度も唇を重ねた。
彼女は、両手で涼介の浴衣の襟を強く掴んで、快感に耐えるようにして震えていた。
その緊張を解すため、キリエの上唇を自身の唇で軽く食み、時間を掛けてマッサージする。
「は……んっ、あむっ」
キリエからは、か細いあえぎが漏れる。その心地よい声に耳を痺れさせながら、涼介の愛撫は次第に下唇へ、そして口腔内へと進んでいく。
それに従って、キリエの身体から力みが抜けていき、
「ちゅぱっ、んぅ、れぅっ……」
甘く、蕩けるような響きに変わる。こうなると、キリエの肉体は涼介のものだった。口内粘膜のどこをどれだけ擦れば彼女は快感を覚えるのか、そんなことはもう、涼介は熟知している。
事実、キリエはキスだけで軽く登り詰めそうになっている。湯上がりの肌から立ちのぼる熱気が、涼介にまで届く。
恐らく、このまま押し倒すだけでキリエは、みずから涼介のことをねだってくるだろう。
――そこで、涼介はキスをやめる。
それどころか、抱擁すら解いてしまう。
「涼くん……?」
キリエは、無垢なまなざしで見つめ上げてくる。
涼介は彼女から身を離してたずねた。
「今はやめとこうか」
「えっ」
「下にみんなも居るし。キリエは、他に何かしたいことある?」
これは快感を煽るため、キリエに焦燥を抱かせているわけではない。
涼介は試していた。
これだけ快楽の虜になっているキリエが、それを取り上げられたらどう振る舞うのかを。今までの相手のように、媚びて求めてくるのか。それとも、怒って愛想を尽かしてしまうのか。
酷いことをしている自覚はあった。
彼女の目が困惑に潤むのを見て、どこかがズキリと痛んだ。初めは、彼女の顔を歪ませたいという嗜虐心から近づいたはずだったのに。
「…………涼くん」
そして涼介は同時に、自分がキリエに甘えているのだと悟った。あるいは、期待しているのだと。
キリエなら、この身勝手を許してくれるだろうか。キリエなら、本当に〝誰かの代わり〟ではない自分のことを受け入れてくれるだろうか、と。
(俺は――)
自分で思うより、ずっと不器用なのだと気づく。
他人の言動を予測して先手を打つことは得意で、相手の欲しがる物を用意することにも長けている。
なのに、自分が本当に欲しい物を手に入れるときは、こんなにも不器用で――
「……わかった」
キリエが、ぼそりとつぶやく。
涼介は、いつものようにその目から彼女の感情をうかがい知ることが出来なかった。無意識のうちにやめていた。そうして、ただ断罪されるのを待った。
「じゃあ、代わりにお願い聞いて……」
キリエはそう言うと、顔をうつむかせたまま窓の方向を指さした。
+ + +
「これで、いいんだ――」
「いいの!」
涼介は、部屋のローテーブルの前に座らされた。キリエもその斜め横に座って、お茶の準備をしている。
「だって」
キリエは口を尖らせながら、
「これって……この部屋って、2人の旅行のつもりなんでしょ? 2人きりできたら、きっとこういうことするだろうなって――」
「2人で浴衣着て、旅館の部屋でお茶を飲むってこと?」
「だ、だって、そういうイメージだし! カップルとか……夫婦とか……!」
怒りながら照れながら、急須でお茶を淹れるその姿が、妙におかしかった。
「ちょ、ちょっと!? 笑わないでよね!」
「いや、ごめん。ありがとう」
茶碗を受け取ってもまだ笑いが止まらない涼介を前に、キリエはさらにプリプリとしてお茶をすする。まだ熱かったようで、すぐに口を離してしまったが。
「うう、もうっ……」
その仕草のひとつひとつが、涼介の想像を超えてくる彼女の言動が、どうしようもなく愛おしかった。
今までに感じた衝動とは別の何かに突き動かされて、涼介はキリエの手を取った。
「――涼くん?」
「そういうところが、好きだよ」
今までも何度か口にした言葉。
だが、からかうように、あるいは煽るために言ったその言葉とは、涼介の中では明らかに別物だった。
果たしてそれが彼女に伝わったのかは分からない。
それでも、
「誰かのこと好きになったのは初めてだよ」
「嘘つき……」
そう言って否定するが、キリエはさっきよりも顔を紅潮させて、こちらを直視出来ないでいる。
涼介ですら、自分の言動が信じられないくらいだった。相手を喜ばせるためでも、操作するためでもない、本心からの言葉。
「キリエ、好きだよ」
「……私も。涼くん、大好き……」
自然に唇を寄せて、身を重ねる。
「舌、大丈夫? 熱くなかった?」
「熱かった。ヒリヒリする……」
「見せて」
涼介が言うと、彼女は素直に従って、舌先をチロリと突き出す。
「ちょっと赤くなってる」
「ん……涼くんのせいだから」
「そっか。ごめん」
軽く笑って、涼介は彼女の舌先を包み込む。彼女の痛みを和らげたくて唇で挟み、優しく吸う。
キリエの肌が、先ほどより熱い。顔にかかる吐息までもが火照っている。そしてそれは、自分も同じようだった。
キスは、快感を得る――与えるためのものだけではないことを、涼介は初めて知った。
「キリエ――」
衝動のままに彼女を抱きしめて、背中を掻き抱く。今は、彼女を近くに感じられるだけで嬉しかった。
「今日は……もう、しないかと思ったのに」
小さなあえぎの中でキリエは、
「さっきの、傷ついたんだからね」
「うん、ごめん」
「心籠もってない……!」
「籠もってるって。ごめん」
「うう……!」
腕の中でむずがる様子も可愛いが、涼介はお詫びに何でもするからと申し出た。
「だったら、もう1回言って欲しい……さっきの」
「――ああ」
涼介はすぐに了解して、キリエの耳元で囁いた。
「大好きだよ、キリエ」
1度ではなく、何度も。
彼女のお願いだからだけではなく、涼介自身の渇望を満たすためにも。
「い、言い過ぎ……っ! て、照れるからっ」
ジタバタし始めた彼女のほうへ体重をかけると、
「あ――」
何の抵抗もなく、彼女は畳の上に押し倒された。
その唇を何度も味わって、浴衣をはだけさせていく。キリエの手も、それに応じて涼介の浴衣を脱がせにかかってくる。
2人の目が合ったそのとき、階下から、友人たちらしき笑い声が小さく響いてきた。
「みんな、下に居るんだよね……」
「だな。でも――今はキリエとしたい」
「……うん」
2人はごく自然と交わった。
抱きしめ、足を絡ませ、性器を擦りつけ合って。いつ下着を脱ぎ捨てたのか、いつ挿入に至ったのか、お互いに意識できないほど夢中で。
それは涼介にとっても、今まで感じたことのないほどの快楽だった。必死になって腰を押しつけ、彼女のことを奥深くで感じる。
「あッ、やんッ……! 涼くんっ――」
もともと魅惑的な体だった。セックスの相性も抜群だった。だが今涼介は、それだけではない充足感を確かに抱いていた。
「キリエ、俺――」
息を荒くしながら、彼女の目を見つめる。
すると彼女は、涼介が何も言わなくても、
「――うん。私も、して欲しいから……っ」
涼介と同じだけ切ない声を絞り出して、小さくうなずいた。
彼女の了承を得て、涼介は腰を2度3度、往復させた。それだけで、熱いものがギリギリのところまで込みあげてくる。
キリエの柔肌をぎゅっと抱きしめて、せき止めていたものを、意識して外す。途端、激情が濁流になって、愛おしい人の胎内へと流れ込んでいった。
「あ、あッ……! 涼くん、んんっ……!」
抱きしめ合い、これ以上ないほどに密着する。万が一にも結合部が離れてしまわないように、最後の一滴が間違いなく注ぎ込まれるまで、震える腰を強く強く押しつけ合った。
それは奇跡のように甘美な時間だった。
射精が終わっても、痙攣が鎮まっても、2人は離れなかった。形を失ってとろとろと流れ落ちてしまいそうなほどの甘やかな時間を、2人は共有した。
「涼くん……」
やがて、キリエがつぶやいた。
「私、言うね? みんなに、涼くんと付き合うことにしたって。……涼くんのこと、大好きだって」
「うん」
「大好き……涼くん」
「俺も大好きだよ」
階下から伝わる友人たちの声を感じながら、2人は何度も唇を重ねた。
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