殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

文字の大きさ
9 / 105
第一章 王国編

レイニー

しおりを挟む
 友人たちは不思議そうにサラを見つめていた。
 あんな有名な役者を知らないの、そう言わんばかりに。

「貴方、殿下とは行かないの? オペラ会場では殿下のことをよく見かけるわよ?」
「殿下は公儀でお忙しいから……」
「サラ……」

 つらそうな顔を見せるサラを友人たちが慰めようとする。殿下の婚約者に対する扱いと、この会場に現れた珍客に対する扱い。
 その差がどれほどひどいものかは、友人たちだけでなくその親たちにも伝わったらしい。
 サラとロイズの現状を少しは理解した上級貴族たちは、サラに同情的な立場だった。

「サラ様。ラグラージ侯爵令嬢レイニー様を招待されてはいない、と?」
「分かりません。ですが、代理の方は来られていました」

 ふむ、と彼らは娘たちに目で訴えられるよりも早く、互いに目配せをして何かを決めたらしい。

「なるほど、侯爵家から代理人が来ていることを見れば招待されていないことは明らかでしょう。あれは招待客ではありませんな」
「確かに、ここは我らが話を合わせますから一度、部屋を出られたほうがいい。そのうえで招待していないと家人に言いつけて帰らせるのが賢いかと思いますな」

 その提案はサラにとっては魅力的なものだ。
 しかし、子爵家にとってはどうなのか。彼女には判断がつかなかった。

「それは……よいことなのでしょうか? 皆様にご迷惑がかかると思うと、うなづくことが出来ません」
「いいのですよ。こちらもあの令嬢には少しばかり、そう。あまりよい印象はありませんから。ほら、お前たち。サラ様をお部屋からお出ししなさい。見えないようにな」
「……皆様、失礼します」

 一人の伯爵の提案でサラは友人たちに紛れて大広間を後にすることが出来た。
 レイニーとサラの仲が好ましくないことは、端から見て明らかだったようだ。
 別の部屋へと移動したとき、サラはふと思ってしまう。
 殿下はあれだけレイニーが心配だと言い、このパーティーを欠席したのにその心配された相手はここにいる。
 ロイズとレイニーには明るい未来はないのかもしれない、と。 

「ねえ、レイニー様の遊び癖はどこまで知られているの? 私は学院内で収まっているものだとばかり……」
「どこまでって? ああ、どれくらい遊んでいるかってこと? それともどこまで知られているかってこと?」
「……どっちもだけど」
「その意味なら、下手をすれば王宮までじゃないかしら」
「王宮にまで……? 殿下は他の男性と彼女が楽しんでいることを知っているのかしら。私といるときは、いつもレイニーの話題ばかりするのに」

 サラはついそう愚痴ってしまった。
 友人たちが向けてくる視線には同情が増すばかりだ。

「そうなんだ。それは辛いわね。殿下がどう思っていらっしゃるかまでは分からないわ。でもレイニーを大事にするのなら、あの子と結婚すればいいのに」
「……ごめんなさい。こんな話をするべきではなかったわね」
「いいのよ。殿下も、幼馴染だからってレイニーを大事にされるのもどうかと思うけど」
「殿下に文句は言えないわ、殿方の行為はいつも正しいもの。でも、私と同じくらい付き合いのある令嬢は学院に何人もいるのに。殿下は……爵位も家柄もうちよりも良い令嬢方では不満なのかしら」

 このサラの返事は友人たちにとって意外だったらしい。
 何言っているのよと全員からありえなーい、と言われてしまった。

「あなた、自覚がないわよ、サラ? 何言っているのよ、ここに集まっている貴族のなかでも最上位に位置する家柄なのに。レンドール子爵家といえば、王家どころか帝国の皇室とも縁戚関係にある王族に継ぐ家柄じゃないの。しっかりしなさいよ」
「そんなこと言われても、没落した家柄だもの。それに、殿下の御心は、私には向いてないのよ、多分……氷のように冷たい女だってお叱りを受けるし、たまにぶたれるわ」
「……は? そんな仕打ちを受けて黙ってるつもりなの?!」
「婚約者だし、相手は殿下だし。文句……言えないでしょ? 貴族の女は夫や父親に従うものだし……」
「それは建前じゃないの。ああ、もう! どこまで淑女って枠に囚われているのよ!? じゃあ仲の良いアルナルド様にお願いして陛下に口添えしていただくとか、なんでも方法はあるでしょ?」
「アルナルドは……その。もう、関係ないから」
「サラ――!?」

 周りの心配はありがたい。だけど、アルナルドもそうだし、我が家には前科者がいるのだ。
 サラはそれを友人たちの前で言う気にはなれなかった。
 ちょうど、侍従の一人がレイニーを玄関まで見送ったと報告をしてきたので、サラは会場に戻ることにした。
 ばつが悪そうな顔をして友人たちより一足先に戻った会場の雰囲気は最悪だった。
 招待されていないから帰れと言われたレイニーがさんざん騒ぎもめたまま逃げ去ったらしい。
 場の雰囲気を乱されて困り果てた家人たちと、レイニーの振る舞いにあきれ果てている来客たちがそこにいた。
しおりを挟む
感想 99

あなたにおすすめの小説

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

処理中です...