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第二章 帝国編(海上編)
ハルベリー再び
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そうでもない。でも、そうでもある。
ああ、つまり自分と同じなんだ。レイニーと私のように、家と家の約束……。
「殿下は殿下同士なら、男性と女性、女性と男性でも……問題ない、とそういうことですか」
「ま、そういうことになりますな。ですから、アルナルド様でなくても問題はないわけです」
アルナルドは第六位の帝位継承権を持つ皇族。
その前には五人、後ろにはサラの十四位までずらりと跡が控えている。
成果を上げたものこそが、真なるクロノアイズ帝国での栄華を保証される。
なんともひどい制度だわとサラは嘆息した。
「アルナルドは……使い捨ての駒ですか?」
「そう見えますかな」
「ええ、たぶんにそう見えてしまいます。まだ王国の方が、彼には生きやすそうだわ」
「そうですな。自分もそう思います」
「は?」
サラは船長の意見に目を白黒させて返事の意味を考える。
それはアルナルドの最初の王国に戻り、自分がロイズの義母として王族を廃絶し、王国から帝国領にしろという、あの依頼に従えということだろうか。
海軍の責任者の一人で幹部でもあるこの船長のことだ。
そんなことをすれば、いずれラフトクラン王国はエルムド帝国に接収されることになる。
サラでも理解できることを彼は望むのだろうか?
母国の危機になるかもしれないのに、とサラは不安を心に抱いた。
「御心配なく。王国が存続するほうが有用、と自分たち軍部は考えていますよ」
「……皇族と軍部との意見の対立がある、と?」
「いいえ、我らは陛下の下、一枚岩ですよ。ただ、皇族の若君たちに試練を課すのも陛下の、そう。ある意味悪癖でして、はい」
「悪癖……子供たちを試して遊んでおられるのですか、陛下は?」
それは為政者であっても親としての愛情はあるのだろうか。
聞いただけでは帝家の家族仲はそうとう不仲のように聞こえる。
もしアルナルドの妻になったとしても幸せを得られるとは思えないサラだった。
「はっはは……サラ様。貴方様の曾祖母であるミッシェル様も相当お転婆と言いますか。ご自由な生き方をされたと聞いておりますよ?」
「それは――曾祖母は……確かに身勝手かもしれません。でも、王家に当時の婚約者に迫害を受けたとも……」
そうですな、と船長はうなずくと返事をした。
「しかし、その状態でも受け入れたのは当時の皇太子殿下でした。まるでいまの貴方様とアルナルド様によく似ていますな」
「それとこれとは……違いませんか?」
言葉を返すというか事情が違うというかその時の皇太子はもっと情に厚い人物だったのではないのだろうか。
自分の会ったことのない曾祖父を思い、サラは虚しさを覚える。
同じひ孫というか近い立場で血を引くアルナルドのあの態度は――女を利用して出世を考える為政者と何も変わらない、そう思えたからだ。
間違いない、と船長がうなずいたのがそんなサラの心の闇を、ちょっとだけ楽にしてくれた。
「しかし、それはサラ様にも十分な資格がある、そうは思われませんか?」
「資格? この私にですか。私は王国を裏切り、帝国にも損害をもたらそうとした女ですよ!?」
「おや、まだ罪人だと殿下は言い続けていましたか。仕方のない御方だ」
はあ、と船団の管理者は重くため息をついた。
どうしてそんな発言をするんだろう。サラはまったく理解が及ばなかった。
「分かりました。あれにはしばし、お仕置きでもしておきますよ」
「あれ、とは?」
「お気になさらず。いいですか、サラ様。皇帝陛下はサラ様の機転に感謝しておいでです。それはお忘れなく」
「……陛下が、なぜ?」
「現ラフトクラン王国国王が帝室の血筋を勝手に加えようと画策したことを、破談にしたからですよ。ま、そうでなくとも血は混じっていたようですが、帝室は王家に対してそれなりに遺恨がありますからな」
「遺恨ってなんで……」
そこまで言い、サラはそういえばと気付く。曾祖母の代から数えれば現皇帝は彼女の孫に当たる。
つまり、その父親か母親はもしかして――。
「いえいえ、王国の血は陛下には混じっておりません。ですが、陛下の祖父母や、その兄弟姉妹の生死が暴力によって扱われたことを好ましく思う方でもありません。その意味では、陛下はサラ様に感謝しておいでですよ。二度目の紛争を回避できたわけですから」
「はあ……なんとも釈然としないものですね。アルナルドからはずっと罪人だと言われたわけですし」
ふう、と二度目の重いため息が船長から漏れる。
女性を道具扱いすれば最後は女性たちから疎まれることをあれは知らない、とぼやいていた。
「ご苦労されているのですね、船長」
「我が家の妻もなかなかに気丈でしてな。まあ、そんなことにより、サラ様の罪は陛下により許されております。ご安心を」
ご安心を、と言われてもこれじゃあアルナルドの話とあべこべだ。
あの馬鹿、ちょっとは信じていたのに――そう知るとイライラととめどない怒りが心の奥から湧き上がる。
このまま無関係を装って船を降りるのも悪くないけど、黙って去るにはいささかアルナルドはやり過ぎたとそんな気にもなって来た。
「でも――そうなったら私は何をすれば?」
「ハルベリー姉妹、ご存知ですか?」
ハルベリー? それを耳にしてドキリとしたのは誰でもない、悪戯好き侍女のアイラだ。
また何かしたの? そう問うサラの視線を受け、彼女は何もしてない無実だ、と首を振っていた。
ああ、つまり自分と同じなんだ。レイニーと私のように、家と家の約束……。
「殿下は殿下同士なら、男性と女性、女性と男性でも……問題ない、とそういうことですか」
「ま、そういうことになりますな。ですから、アルナルド様でなくても問題はないわけです」
アルナルドは第六位の帝位継承権を持つ皇族。
その前には五人、後ろにはサラの十四位までずらりと跡が控えている。
成果を上げたものこそが、真なるクロノアイズ帝国での栄華を保証される。
なんともひどい制度だわとサラは嘆息した。
「アルナルドは……使い捨ての駒ですか?」
「そう見えますかな」
「ええ、たぶんにそう見えてしまいます。まだ王国の方が、彼には生きやすそうだわ」
「そうですな。自分もそう思います」
「は?」
サラは船長の意見に目を白黒させて返事の意味を考える。
それはアルナルドの最初の王国に戻り、自分がロイズの義母として王族を廃絶し、王国から帝国領にしろという、あの依頼に従えということだろうか。
海軍の責任者の一人で幹部でもあるこの船長のことだ。
そんなことをすれば、いずれラフトクラン王国はエルムド帝国に接収されることになる。
サラでも理解できることを彼は望むのだろうか?
母国の危機になるかもしれないのに、とサラは不安を心に抱いた。
「御心配なく。王国が存続するほうが有用、と自分たち軍部は考えていますよ」
「……皇族と軍部との意見の対立がある、と?」
「いいえ、我らは陛下の下、一枚岩ですよ。ただ、皇族の若君たちに試練を課すのも陛下の、そう。ある意味悪癖でして、はい」
「悪癖……子供たちを試して遊んでおられるのですか、陛下は?」
それは為政者であっても親としての愛情はあるのだろうか。
聞いただけでは帝家の家族仲はそうとう不仲のように聞こえる。
もしアルナルドの妻になったとしても幸せを得られるとは思えないサラだった。
「はっはは……サラ様。貴方様の曾祖母であるミッシェル様も相当お転婆と言いますか。ご自由な生き方をされたと聞いておりますよ?」
「それは――曾祖母は……確かに身勝手かもしれません。でも、王家に当時の婚約者に迫害を受けたとも……」
そうですな、と船長はうなずくと返事をした。
「しかし、その状態でも受け入れたのは当時の皇太子殿下でした。まるでいまの貴方様とアルナルド様によく似ていますな」
「それとこれとは……違いませんか?」
言葉を返すというか事情が違うというかその時の皇太子はもっと情に厚い人物だったのではないのだろうか。
自分の会ったことのない曾祖父を思い、サラは虚しさを覚える。
同じひ孫というか近い立場で血を引くアルナルドのあの態度は――女を利用して出世を考える為政者と何も変わらない、そう思えたからだ。
間違いない、と船長がうなずいたのがそんなサラの心の闇を、ちょっとだけ楽にしてくれた。
「しかし、それはサラ様にも十分な資格がある、そうは思われませんか?」
「資格? この私にですか。私は王国を裏切り、帝国にも損害をもたらそうとした女ですよ!?」
「おや、まだ罪人だと殿下は言い続けていましたか。仕方のない御方だ」
はあ、と船団の管理者は重くため息をついた。
どうしてそんな発言をするんだろう。サラはまったく理解が及ばなかった。
「分かりました。あれにはしばし、お仕置きでもしておきますよ」
「あれ、とは?」
「お気になさらず。いいですか、サラ様。皇帝陛下はサラ様の機転に感謝しておいでです。それはお忘れなく」
「……陛下が、なぜ?」
「現ラフトクラン王国国王が帝室の血筋を勝手に加えようと画策したことを、破談にしたからですよ。ま、そうでなくとも血は混じっていたようですが、帝室は王家に対してそれなりに遺恨がありますからな」
「遺恨ってなんで……」
そこまで言い、サラはそういえばと気付く。曾祖母の代から数えれば現皇帝は彼女の孫に当たる。
つまり、その父親か母親はもしかして――。
「いえいえ、王国の血は陛下には混じっておりません。ですが、陛下の祖父母や、その兄弟姉妹の生死が暴力によって扱われたことを好ましく思う方でもありません。その意味では、陛下はサラ様に感謝しておいでですよ。二度目の紛争を回避できたわけですから」
「はあ……なんとも釈然としないものですね。アルナルドからはずっと罪人だと言われたわけですし」
ふう、と二度目の重いため息が船長から漏れる。
女性を道具扱いすれば最後は女性たちから疎まれることをあれは知らない、とぼやいていた。
「ご苦労されているのですね、船長」
「我が家の妻もなかなかに気丈でしてな。まあ、そんなことにより、サラ様の罪は陛下により許されております。ご安心を」
ご安心を、と言われてもこれじゃあアルナルドの話とあべこべだ。
あの馬鹿、ちょっとは信じていたのに――そう知るとイライラととめどない怒りが心の奥から湧き上がる。
このまま無関係を装って船を降りるのも悪くないけど、黙って去るにはいささかアルナルドはやり過ぎたとそんな気にもなって来た。
「でも――そうなったら私は何をすれば?」
「ハルベリー姉妹、ご存知ですか?」
ハルベリー? それを耳にしてドキリとしたのは誰でもない、悪戯好き侍女のアイラだ。
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