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第三章 帝国編(空路編)
狼の尾
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猫に、今度は狼……。
金色だけかしら、それとも他にも色がある?
黒い狼がいるなら、青だって白だって、赤や金色だっていてもおかしくない。
この世はなんてカラフルで多種多様な存在にあふれているのだろうと思いつつ、サラは両脇を固める黒い狼の女性たちを見て目を丸くする。
彼女たちの軍服はズボンと上着のそれだが、お尻の上に当たる部分、腰より少し下から突き出た尾は緊張しているのか幾分、膨らんで見えた。
獣人というからには人の性質が獣のそれに勝っているのかなとも思ったのだが――いかんせん、最初から比べてすこしだけ増えた狼の黒と白が混じった尾は壁と互いの背中や足の部分との間をさっ、さっと交差する。
右、今度は左……行き交う二本の尾がたまーに自分の背後を過ぎ去り、交互に触れて慌てて元の位置に戻るのを見て思わず頬を緩めた。
そんなサラを見上げて、文官が何かあったのかと声をかけてきた。
「殿下? どうかなさいましたか」
「はい? いいえ、何も。もうそろそろ、これは着きますか」
「いえ、まだしばらくかかりますが。なにぶん、かなり高い場所にありまして」
「高い、と言いますとどれほどに高いのですか?」
「えーそうですな。この空港の背面には山が見えたと思いますが、覚えていらっしゃいますか、殿下」
「山?」
そう言われてサラはこの建物に入る前に見上げた岩山を思い出す。
天頂近くに雪を頂いている、全体的に緑が少ない印象だった。
つまり、千エダ(一エダは一メートルほど)の高さがあることになるのだが、まさかその頂の頂点にまで行くことはないだろうと思いつつ、サラは頷いた。
「あの山の半分ほどの高さまで、これは続いておりまして」
「どれだけ高い場所まで誘おうというのですか、オットー様」
「岩山の中にある天然の洞穴を利用しておりまして、その意味ではここは重要な場なのですよ、殿下」
「重要、ですか」
「左様です。これほどの航空基地は他にもなかなか前例を見ないものでございまして。我が国の技術を楽しんでいただけるかと思います」
と、どこか得意そうにオットーは口角を上げた。
他の二人の獣人たちは前に並んで立つ二人の侍女に向かいどこか侮蔑的な視線を放っていた。敏感にそれを感じ取ったアイラがにらみかえすと、二人の帝国兵は興味がないと言うふうに視線を反らすが不遜な態度はそのままだ。
「面白くないわねー……」
そんな一言を放ったのは、やはり妹のアイラだった。不満だ、と鼻を鳴らすと見慣れない獣人にどこか及び腰になりながら文句を口に出していた。
「こらっ」
「だって、エイル。あたしたち、まるで田舎の未開人みたいな扱いじゃない」
「もう、お嬢様の前なのよ……この子ったら」
自由過ぎるわよ、あなたはなんてエイルが妹をたしなめるとアイラはふん、と反対に顔を背ける。
しかし、この思いはエイルも同じように感じたのか、姉は妹にそれ以上の注意をしようとはしなかった。
「おやめなさい、二人とも」
「お嬢様まで……」
「こちらが異邦人なのですから、慣れることだと思えば問題はないでしょう?」
「それはそうだけど、はい……」
たしなめはしたものの、やはりサラ自身ももやもやしたものを抱えていて、許されるなら、ため息の一つもつきたくなる。
そこにはアイルが口した、田舎者と見下されているという感じが自分にもひしひしと伝わって来たからだ。
ただ、獣人の女性二人は身分的なものからサラに対してはそんな視線を向けてこないだけで、心の中は同じなのだろう。
四角い縦長の長方形の箱。
現代でいえばエレベーターのようなそこは、八人ほどが詰めれば入れそうな広さだった。
奥に二名の獣人、その手前にサラとオットー。最後に侍女姉妹が並んで中に入ると、それなりの広さがあるはずの室内はどうも手狭に感じてしまう。
するりと上昇を始めた室内は上にも左右にも下にも動いていない感じがして、これは妙な感触よねと三人娘は首を傾げた。そんな中、性格の良さを認めたといってもやはりオットーは男性。
これまでさんざん、男性にいいようにされてきたサラにとっては、嬉しくない状況だった。
王国で別れたじいや、や父親になら隣に並ばれたとしても何も感じない。
だが……全く赤の他人となると、心にしこりのようなものを感じてしまい、それが表情に出そうになるのを我慢すると仕方なく一歩前か後ろに詰めることになる。
しかし、壁際の居場所は譲られることはなく、「何か支えになるものが欲しい」と要求して背中を壁に預けることの出来る場所を確保できた。
獣人の女性たちは最初から壁から一歩前に立っていてその空いたスペースを尻尾がうろうろとしては元の位置に戻っていく。
それを目の端にしながらオットーが顔を青くしているのを見て、サラは「田舎者でして」とちょっとだけ嫌味を交えて返事を返す。
「あ、いえそんなことは何も……お前たち!」
と、文官は兵士たちをにらみつけると失望したかのようなため息を出す。
静かな怒りにさらされて彼女たちがビクンっと肩を震わせるのと同時に、二本の尾が膨らみを失ったのを見てサラは溜飲を下げた。
「まあ、オットー様。そんな恐い目をなさらずに。ここは狭い空間、息が詰まります。皆で仲良く行きましょう? 彼女たちを叱責されても何も変わりません。いかがですか?」
「……殿下がそう、おっしゃるなら……」
と、オットーが怒りをおさめたのを見て、兵士たちの尾も柔らかさを取り戻したのだった。
金色だけかしら、それとも他にも色がある?
黒い狼がいるなら、青だって白だって、赤や金色だっていてもおかしくない。
この世はなんてカラフルで多種多様な存在にあふれているのだろうと思いつつ、サラは両脇を固める黒い狼の女性たちを見て目を丸くする。
彼女たちの軍服はズボンと上着のそれだが、お尻の上に当たる部分、腰より少し下から突き出た尾は緊張しているのか幾分、膨らんで見えた。
獣人というからには人の性質が獣のそれに勝っているのかなとも思ったのだが――いかんせん、最初から比べてすこしだけ増えた狼の黒と白が混じった尾は壁と互いの背中や足の部分との間をさっ、さっと交差する。
右、今度は左……行き交う二本の尾がたまーに自分の背後を過ぎ去り、交互に触れて慌てて元の位置に戻るのを見て思わず頬を緩めた。
そんなサラを見上げて、文官が何かあったのかと声をかけてきた。
「殿下? どうかなさいましたか」
「はい? いいえ、何も。もうそろそろ、これは着きますか」
「いえ、まだしばらくかかりますが。なにぶん、かなり高い場所にありまして」
「高い、と言いますとどれほどに高いのですか?」
「えーそうですな。この空港の背面には山が見えたと思いますが、覚えていらっしゃいますか、殿下」
「山?」
そう言われてサラはこの建物に入る前に見上げた岩山を思い出す。
天頂近くに雪を頂いている、全体的に緑が少ない印象だった。
つまり、千エダ(一エダは一メートルほど)の高さがあることになるのだが、まさかその頂の頂点にまで行くことはないだろうと思いつつ、サラは頷いた。
「あの山の半分ほどの高さまで、これは続いておりまして」
「どれだけ高い場所まで誘おうというのですか、オットー様」
「岩山の中にある天然の洞穴を利用しておりまして、その意味ではここは重要な場なのですよ、殿下」
「重要、ですか」
「左様です。これほどの航空基地は他にもなかなか前例を見ないものでございまして。我が国の技術を楽しんでいただけるかと思います」
と、どこか得意そうにオットーは口角を上げた。
他の二人の獣人たちは前に並んで立つ二人の侍女に向かいどこか侮蔑的な視線を放っていた。敏感にそれを感じ取ったアイラがにらみかえすと、二人の帝国兵は興味がないと言うふうに視線を反らすが不遜な態度はそのままだ。
「面白くないわねー……」
そんな一言を放ったのは、やはり妹のアイラだった。不満だ、と鼻を鳴らすと見慣れない獣人にどこか及び腰になりながら文句を口に出していた。
「こらっ」
「だって、エイル。あたしたち、まるで田舎の未開人みたいな扱いじゃない」
「もう、お嬢様の前なのよ……この子ったら」
自由過ぎるわよ、あなたはなんてエイルが妹をたしなめるとアイラはふん、と反対に顔を背ける。
しかし、この思いはエイルも同じように感じたのか、姉は妹にそれ以上の注意をしようとはしなかった。
「おやめなさい、二人とも」
「お嬢様まで……」
「こちらが異邦人なのですから、慣れることだと思えば問題はないでしょう?」
「それはそうだけど、はい……」
たしなめはしたものの、やはりサラ自身ももやもやしたものを抱えていて、許されるなら、ため息の一つもつきたくなる。
そこにはアイルが口した、田舎者と見下されているという感じが自分にもひしひしと伝わって来たからだ。
ただ、獣人の女性二人は身分的なものからサラに対してはそんな視線を向けてこないだけで、心の中は同じなのだろう。
四角い縦長の長方形の箱。
現代でいえばエレベーターのようなそこは、八人ほどが詰めれば入れそうな広さだった。
奥に二名の獣人、その手前にサラとオットー。最後に侍女姉妹が並んで中に入ると、それなりの広さがあるはずの室内はどうも手狭に感じてしまう。
するりと上昇を始めた室内は上にも左右にも下にも動いていない感じがして、これは妙な感触よねと三人娘は首を傾げた。そんな中、性格の良さを認めたといってもやはりオットーは男性。
これまでさんざん、男性にいいようにされてきたサラにとっては、嬉しくない状況だった。
王国で別れたじいや、や父親になら隣に並ばれたとしても何も感じない。
だが……全く赤の他人となると、心にしこりのようなものを感じてしまい、それが表情に出そうになるのを我慢すると仕方なく一歩前か後ろに詰めることになる。
しかし、壁際の居場所は譲られることはなく、「何か支えになるものが欲しい」と要求して背中を壁に預けることの出来る場所を確保できた。
獣人の女性たちは最初から壁から一歩前に立っていてその空いたスペースを尻尾がうろうろとしては元の位置に戻っていく。
それを目の端にしながらオットーが顔を青くしているのを見て、サラは「田舎者でして」とちょっとだけ嫌味を交えて返事を返す。
「あ、いえそんなことは何も……お前たち!」
と、文官は兵士たちをにらみつけると失望したかのようなため息を出す。
静かな怒りにさらされて彼女たちがビクンっと肩を震わせるのと同時に、二本の尾が膨らみを失ったのを見てサラは溜飲を下げた。
「まあ、オットー様。そんな恐い目をなさらずに。ここは狭い空間、息が詰まります。皆で仲良く行きましょう? 彼女たちを叱責されても何も変わりません。いかがですか?」
「……殿下がそう、おっしゃるなら……」
と、オットーが怒りをおさめたのを見て、兵士たちの尾も柔らかさを取り戻したのだった。
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