終極の撃癒師(ヒーラー)~殴打治療に極振りした治療師は今日も拳を振り上げる。完治の確率は50%です!~

和泉鷹央

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プロローグ 

第二話 追放

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 書面だな。
 そう気づくまで数秒が必要だった。こんな粗雑なあつかいをうける宮廷撃癒師という役職でも、解雇という現実は残酷すぎる。
 書面を恐る恐る開くと、そこには先代のカール師からつづく責任を問うという文面からはじまっていた。
 内容は主にアーサーがどれだけ無能で役立たずであるかを証明するような、詐欺的なものだったが誰が書いたかはもうどうでもいい。
  直属の上司やこの国の指導者たちをそれを認めたことがショックだった。
 
「大神官様と枢機卿も御認めになられたのですか?」
「無能なおまえは、もう要らないとそういうことだ」
「文面を読んだのですか? 神官長のくせに? そんな権限はないでしょう?」
「馬鹿にするなっ!! そう言えと枢機卿から直々に言われたのだ! まったく、これだから無能は始末に負えん……」
「無能、無能と連呼しないで頂きたいですね、神官長。すくなくとも、この辞令? 文書が届くまではおれは王女様つきだったですから。王女様に対して、失礼ですよ?」
「口だけは減らないやつめ……残念だったな、最後の宮廷撃癒師ヘインズ君。王女様もおまえの役立たすぶりにはあきれておられたぞ?」
「意味が理解できませんね。確かに先代は治療を仕損じたがそれはおれが引き継いでいるし。それに四年ちかくもたった今になって、いきなりこんな文面一つでクビなんて。あんまりでしょう?」

 どいてください。枢機卿と直接話をします。
 王女様にも謁見をたまわらないといけない……、とアーサーは訴えたが他の神官たちもふくめて道を譲ろうとはしなかった。

「おまえが不満だろうと、命令は命令だ。枢機卿閣下の覚えをよくしておくべきだったな、アーサー殿」
「枢機卿閣下の……?」

 この春、それも数週間前に地方の神殿や各国の神殿を束ねる司祭の中から選ばれた、大神官の補佐的役割を担う男がどうしておれを嫌うんだ?
 そこにいるガマガエルみたいな神官長をしめあげれば何かを吐くかもしれない。
 しかし、王宮での暴力沙汰は、重罪でもあった。

「お前の師匠は無能の役立たずで、どうしようもないクズ、最低の役人だった。宮廷撃癒師は女神の神官も兼任するが、どちらにしても神殿の面汚しだったぞ、アーサー殿!」

 撃って治すだけの無能は要らないんだよ。
 あのカール師も無能だった……、その一言を耳にしたとき、アーサーの拳は無意識にガマガエルの顔面に叩き込まれていた。
 鼻をへし折られ、前歯が数本飛散し、人間はこんなにも浮くのか。
 そう周りが驚嘆するほど、強烈な一撃だった。

「ヴァ、ヴぁにヴぉ!?」
「最後の撃癒師さ、おれは……だから、最後に撃癒を披露してやるよ。このくそ野郎がっ――!」

 怒りを押し殺し、ガマガエルの顔面を破壊した左手をアーサーは天高く掲げていた。

 王族に対してのみ使用することを許されたその奇跡の御業は、鈍いなまりいろの光を放ちながらある物へと姿を変える。
 現代風に言うならば、スナイパーライフルのような形態に変化したそれをぐっと握りしめて空間から引きずり出すと、アーサーの手のひらから数本の弾丸がスルスルと沸いて出て、その銃身の収まってしまう。
 
「おい待て! その技は王族だけにしか使うことを許されていないっ――!?」
「誰かやつを止めろ! これは反逆に等しい行為だ!!!」

 アーサーのに向けられた制止の声はもう、少年には届かない。
 うるせえよ。
 ガマガエルを守る気すらない本物の無能たちは必死に制止の声をあげるが、時すでに遅かった。
 銃口はいつの間にか銃剣のように変化していた。
 アーサーは『撃って治す』の異名の通り、その切っ先をガマガエルの顔面に勢いよく突き刺した。

「さあ、祈れよ。完治の確率は――半々だからよっ!!」

 引き金を引く動作とともに乾いた音が王宮内に響きた割り、ガマガエルの死を予期した断末摩の悲鳴がそれを追って胃の中のものをすべて吐き出したくなるような、愚劣なハーモニーを奏でた。
 湧き上がる怒声と、異常に気付いた近衛騎士や衛兵が駆け付けるまで、そうそう時間はかからなかった。

「げは……??? あれ、治って――る???」
「ふん、ボケが。よかったな、お前は運がいいんだとよ。女神様に感謝するんだな、神官長様?」
「貴様っ、しかし、その『撃癒げきめつ』の御業を使った罪は……重いぞ……??」
「罪が重い!? 助けられてその言いざまはなんだ? この恩知らずが!」
「ふっ……せいぜい、裁かれて死刑にでもなればいいんだ。お前なんて、お前なんて……」

 『撃てば治る』、『終極の御業』、『奇跡の折半』、『無能だが有能』などなど、不名誉な異名を取る王族にのみその秘術をほどこすことが許された宮廷撃癒師の真の実力。
 ガマガエルの顔面は綺麗に修復され、おまけに薄くなっていた頭皮すらも回復して黒々とその毛先を伸ばしている。
 最後に嫌味をのこしたまま捕縛されたアーサーは、死をもってその罪をつぐなったはずのカール師の失態も含めて罪状を問われた。

 師の失態――それは落馬事故により下半身の自由をうしなった王女に、再び歩く未来を与えれなかったこと。
 腕にその御業が宿るなら、切断してしまえばいい。
 誰かが唱えたその判決で……そうだ。
 おれは、左腕を失ったんだった。
 また、頭と左肩を激しくうちつけられて、アーサーは自分の悲鳴に起こされた。
 何度か途中でもどった意識の中に、誰だろう?
 なつかしい顔を見かけた気がするが、いまは思い出せない。
 無骨にも遠慮のない声が頭の上から降って来た。
 それは御者席にいた役人の声だ。
 
「おら、降りろ。ここまで運んでやっただけありがたいと思うんだな?」
「くそったれ……なにがやっただけ、だよ……血止めくらいまともにしやがれ」
「おまえこそ、撃癒師なら自分でやればいい。ああ、そうか。おまえにはもう魔力を宿すべき腕がないのだったな。残念なことだ」

 あばよ、元無能の宮廷撃癒師様?
 そう言い、役人はアーサーの身体をまるでゴミのようにして馬車から放り出す。
 大通りで護送車両に押し込められたまま運ばれていくアーサーを目にしたサーシャがようやくその馬車においついたとき、少年の意識はすでになかった。

「なんてこと!? アーサー、アーサー!! しっかりして、ねえ、アーサー? 誰か、誰か治癒師を――!!?」
 
 自分が血で汚れるのも構わずにサーシャはまだ覚えたての初級の回復魔法だの、治癒魔法だのをアーサーにかけていくがその効果はあまりにも弱く、少女の金色の髪は次第に紅に染まっていく。
 サーシャの通う工房の仲間たちが集まってきて応急処置を施し、師の工房にアーサーを運び込んだ時、彼は虫の息だった。

「先生、彼を――アーサーを助けて、先生!!」

 治癒魔法は専門ではないんだ。
 そう頭を悩ませながらサーシャの師であるレインズ師はどうにかこの若者を助けようと、周囲の魔導師や治癒師たちを総動員して当たらせた。
 その成果があったのか、アーサーは一命をとりとめる。
 彼が意識を取り戻したのは、それから四日後のことだった。
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