終極の撃癒師(ヒーラー)~殴打治療に極振りした治療師は今日も拳を振り上げる。完治の確率は50%です!~

和泉鷹央

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プロローグ 

第三話 帰宅

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 目を開けると見知らぬ天井がそこにあった。 

「……?」

 奇妙だ。そう思ったのは最初だけだった。
 ゴリっと脳を破壊しそうな勢いで痛みが全身を駆け抜けていく。
 どこで始まりでどこが終わりとかそんなものじゃない。
 動く関節、皮膚だけでなく毛先の一本にいたるまで感じ触れることができて、そのすべてが口をそろえてアーサーに向かって叫ぶのだ。
 痛い、苦しい、なんだこの爪先で肉を引きちぎっては癒し、引きちぎっては癒しを繰り返すような拷問のような灼熱の感覚。なんとかしろ、お前が始めたんだぞ、アーサー。
 この拷問の始まりは、お前なんだ……、と。
 その幻聴のような叫び声から耳を塞ごうとして、それじゃだめだ、もっとすべてから逃げなきゃこの声は終わらないと気づいたときはもう遅かった。
 自分ではあたりまえのように動かせるはずの両腕はまるでピクリとも動かない。声もでないし、足首だって動かせない。首をあげようとしてどうにか視線を左右に振るのがやっとなほどだ。
 おれ、どれくらい寝てたんだ?
 真上に見えるその天井はどこのものなのか見分けがつかない。石造りの建物の天井なんて、大抵そんなものだ。ヒビ入りの位置や、コケやツタの張った後でもあれば別だろうが……窓は開かれているが明るいのか暗いのかそれすらも分からない。高い天井だな、それだけは理解できた。
 おれはどうなったんだっけ。
 思うのとは別に、次々と襲いかかる欲求がうざったくて仕方ない。
 喉が渇いた、あたまが痛い、足をうごかしたい、顔――特に左半身がひきつったようになってるのか、左右で何か違和感を感じる。
 頭が割れそうに痛い、だがこれは二日酔いとかでなるのとはまた違う痛みだ。ああ、そうだ……サーシャの魔法実験につきあって二階からほうきで空を飛ぼうとして振り落とされた時の痛みに似ている。はなの奥にツーンと広がる鉄の匂いと無表情にならざるを得ないような痛みと、肩を大地に強打して脱臼したんだっけ、と思い出す。先生は、カール師はさんざん叱りつける割に、治療魔法なんてかけてくれなかった。外れた腕を入れたまでは良かったが、そこからは自分の自然の治癒に任せろと言われ、痛みで夜も眠れなかった。 

「……サーシャ? おれは、どうなった……?」
 
 くぐもったその声は音にならずただヒューヒューと息を鳴らすだけだ。
 だが、それだけで十分だった。
 世界は反転する。
 まるで180度回転したかのように、あの空から地面へと急落下したときのように、過去が現在になり、夢が現実となってよみがえった。
 白と黒の景色に見えていた世界が、一気に彩りを帯びる――アーサーの記憶は自宅前の路上で鉄格子から放り出された瞬間まで巻き戻っていた。

「ああ、なんだよ。ちくしょう、こんなときはいるもんだろ、伝承や大道芸人が見せる演劇なら!」
 
 悔しそうな息が口の中から吐き出されるのが聞こえた。
 そこに美女や幼馴染の少女や、恋人や家族や、誰でもいい。
 この現状を教えてくれる誰かはいなかった。
 仕方ない。自分のことは自分でやるか。目は見える、耳は聞こえる、匂いもある、喉が怪しいらしいと理解した。うしなったものはなんだ? 記憶がどこか途切れていて、はっきりとした何かをつかめない。馬車のなか、あの牢屋のようなひどい場所に入る前だ。おれはなにをしていた? あいつらと――ガマガエルどもと言い争い、撃癒を施して……罪に問われた! 
 そして奴の罵声が耳の奥で炸裂した。

(お前の師匠は無能の役立たずで、どうしようもないクズ、最低の役人だった。宮廷撃癒師は女神の神官も兼任するが、どちらにしても神殿の面汚しだったぞ、アーサー殿!)

 ちくしょう。
 あの恩知らずめ、おれを罪にといやがった。
 怨嗟の声をこころのどこかで吐き出して、同時にうしなうものを取り戻そうと決意したことも思い出す。
 復讐を決意したこともだ。

「頭だけは……守れたのか。そうか、そうか……」
 
 理解するほどにそれを認めたくなくなる自分がいる。
 もう戻らない大事な存在が、この世界から消えてしまった。
 身体中が悲鳴をあげているのはそのせいだ。まだあると思い、認めてしまったら心が崩壊しそうなほどに辛くて苦しくて痛いから……身体は動くことを拒否しているのだろう。

「もう、いいぞ。おれが悪かった。すまん……」

 幻のそれはアーサーの脳内ではちゃんと感覚としてあって、でも目をやると……肩口から伸びるはずのそれは姿を無くし、おまけに普通じゃないくらいに腫れあがっている。よく生き延びたもんだ……もういいぞ、おれのからだ。
 無いことは理解した――おれは自分の愚かな行いで左腕を失ったのだ。
 そして、多分……記憶の片隅にあるサーシャの叫び声がそのあとの出来事を連想させた。助けられたのだ、あの軽口が大好きな朝寝坊の多い幼馴染の少女に。
 そう理解した途端、隠れていたさらなる痛みの暴威に翻弄され、アーサーの意識は深い闇の中へと招かれていった。
 
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