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第五章 撃癒師と一撃殺と暗黒街の花嫁

第48話 種を越えた愛

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 マルチナはイライザと違い、とても大人しい印象の女性だった。
 その中間にある特別な年齢の特別な雰囲気をまとった静かな美少女。

 そういった形容がぴったりと当てはまる女性だ。
 十六歳の妹よりも四歳年上の二十歳だとイライザに紹介されて、カールはあることに戸惑うしかなかった。

 マルチナは、妹と同じでよくて六歳から十歳の年齢に見える。
 倍以上の年齢だと言われても、なんとなくしっくりと馴染まない。

 ついでに二人の側でイライラのやかましさを吸い込んで中和させる静かな雰囲気を持つケリーにも視線がいってしまった。

「撃癒師どの。私が何か?」
「あ、いえ……。ケリーさんは大人だな、と」
「それはどうも」

 ケリーはいつものような敬意のある笑顔の裏に、少しばかりの冷たさを含んだ返事をした。
 カールは余計なことを口走ったと後悔する。

 イライザが「女性の年齢を知ろうなんて、百万年早いわよ!」とぼやくように言い、マルチナが「こらっ」と妹を叱っていた。

「私は同じ黒狼ですが、血の流れが違うのです」
「えっと。どういうことですか?」

 ケリーは掻い摘んで教えてくれた。
 黒狼、というよりも狼の獣人には数種類あり、ケリーは外観は黒狼だが、その身に宿る血は蒼狼族の血が強いのだ、と。

 蒼狼族は人との混血が黒狼族よりも進んでいる種族で、その分、外観も変化を伴のだと。

「つまるところ、私は黒狼族です。ですが、片親は蒼狼族ですし人に近しくなればなるほど、成長の度合いも早くなる。でも、迎える寿命は他の黒狼族と変わりませんよ」
「へえ。そういうことですか……年齢とかを気にした訳ではないんですよ、本当に」

 説明を受け、自分を何歳と思ったかとケリーは今度は意地悪な視線を向けてきた。
 数字当てゲームのように問いかけるその内容は、正解でも問題だし、不正解でも問題だ。

 若く言えば気を悪くするし、年上に見れば場の雰囲気が台無しになる。
 女性三人を相手にして、カールはとことん相性が悪かった。

「それは当てろ、というのは結構意地悪ですよね?」
「そうですか? でもそちらが質問してこられたんですよ」

 ふっと意味ありげに微笑むケリーには、独特の艶やかさがあった。
 カールは家に置いてきた妻二人に助けを求めたくなるが、彼女たちはここにはいない。

 八方塞がりとは多分、こういうことをいうのだろう。焦ってまだ敵か味方かも分からないマルチナを見ると、彼女が「ケリーは私と同じですよ」と教えてくれた。

 頭の上にある紅色の鮮やかなベルベッドの耳被りがついた片耳が、悪戯を告白した子供の様にペタン、と伏せてこちらに向く。

 ケリーは、味方に暴露されてしまっては仕方ない、とふっと鼻を鳴らしてゲームを終わらせてくれた。

 マルチナが襟元で切り揃えたショートボブの黒髪を揺らしながら「ごめんなさいね、撃癒師様を困らせて」と軽く謝罪をすると、場の雰囲気は収まり、カールはほっと一息をつく。

「面白くないの。もっと遊んでいいのに、お姉様ったら!」
「あなたってば。失礼だと弁えなさい」
「嫌よ。私より子供だし、背丈だって変わらないし」
「……辛辣が過ぎるでしょ、イライザ」
「さん、を付けなさいよ。こっちは年上なのよ?」
「いまはその話題じゃないから。また今度ね、イライザさん」
「分かったなら、まあいいわ。つまんないの……パフェでも食べよっと」

 イライザは欲求不満を巨大なパフェで解消することにしたらしい。
 小オオカミを視界の片隅に追いやり、カールは本題を切り出した。

「それで頼まれていた席のことに関してですが。取引市場に精通している人間の協力を取り付けることができました。この後はどうするおつもりですか?」

 ついでにどうしてこれまで関与してこなかったマルチナがこの場所にいるのかという質問を合わせて行う。
 それに関しては、イライザがデザートを頬張りながら、返事を返してきた。

「お姉様が結婚なされるから、それについて関係してるの」
「全くもって返事になってないんだけど? 外見が幼いだけ中身も幼いのかな?」
「お姉様! 生意気な治癒師が、私の説明上毛足りないって言ってる!」
「……ブルーサンダースの跡取りであるレビンは、私の恋人なのです」

 おっと、ちょっと待って。
 それはあまりにも意外すぎる展開だ。

 カールは戻ってきた返事が意外すぎて、片手に持っていたメニューをとろりと取り落としてしまった。

「しっかりしてよ、この程度のことで焦ってたんじゃ、マフィアは勤まらないのよ」
「僕は宮仕えの身であって、裏社会と精通したいとは考えてないよ!」

 カールは悲鳴を上げて否定をする。
 しかし、その場にいた三人の黒狼の女性達は一様に首を横に振って、言下にそれを否定した。

「今更何を」
「ここまできて逃げようとしたってそうはいかないわよ」
「この席に座っていること自体が、我々と一蓮托生になったという証ですから」

 三者三様にとんでもないことを言い出してくる。
 一蓮托生の予定なんて、今後も見積もりたくないものだ。

「僕の意見は無視ですか!」
「無視はしませんが世間はどう思うかというところですね」
「マルチナさん」

 おとなしく見えた彼女はやはり、マフィアの娘だった。
 他人の弱点を的確に突いてくる。
 狼たちのチームプレイに、カールは途端、劣勢に追いやられそうになる。

「皆さんはどこまで何を知っているのかが僕には分からない。そこをはっきりしてくれないと、味方にも敵にもなれない」
「……正論ですね。マルチナ、話して差し上げては?」
「ケリー。そんなにたくさんのことをお願いしなくても、ちゃんとこちらの言い分を受け入れてくれると言ったのはあなたよ?」
「必要最低限の事も話さないで、信頼は得れないでしょう」

 イライザのような子供じゃないんだから。
 雇い主の娘であり、組織のボスの娘でもある同い年の同性に、ケリーは遠慮なくズバズバと言ってのけた。
 男性顔負けの物言いに、男のカールも惚れてしまいそうだ。

「レビンとの結婚を父親と母親が反対しているのです」
「正確にはボスだけが反対してるのです」
「お母様だって同じよ。彼のことを認めないって言ってるもの」
「ウチの組織に婿入りして来るならば認めると言っていたではないですか」
「彼はマフィアなんかに興味がないの。まともな人生をこれまで歩んできたんだから、それを続けて行きたいって願ってる」

 内輪揉めが始まった。
 これでは説明ではなく単に身内の揉め事に巻き込まれている気分だ。

 話の用件は、そのレビンとマルチナの結婚をうまくまとめて欲しいということらしい。

 それにしても、マフィアの息子でありながらこれまでまともな生き方をしてきたというのにも、首を傾げてしまう。

「おい、小オオカミ。どういうことだよ」
「何よ、小オオカミって! 女性に対して失礼じゃないの、撃癒師様?」
「嫌味はいいから、さっさと教えろよ」
「生意気なんだから……」

 ケリーとマルチナが舌戦を繰り広げる傍らで、カールはイライザからいろいろと話しを聞き出していく。
 ケビンはブルーサンダース財閥の総帥の息子として生まれた。

 とはいっても正妻の子供ではなく、総帥が家の外で愛人に産ませた私生児だと聞いて、カールは胸を押さえた。
 愛人の子供は両親の愛に恵まれていたのだろうか、と考えてしまったからだ。

 カールの両親は彼が幼い頃に亡くなってしまった。
 自分が望まれて生まれてきたのか、それともそうでもなかったのか。

 親に確認する前に二人のこの世から消えてしまっていたから、残された身としては愛されて生まれてきたと信じたいところだ。

「総帥には正妻との間に生まれた義理の兄がいたの。でもちょっと前に流行り病が原因で亡くなってしまったの」
「流行り病……水晶病のこと?」
「そう、それ。私たちは問題なかったんだけど、あっちは弱かったみたい」

 あっちとこっちという言葉になんとなく違和感を覚える。
 ブルーサンダースの総帥は人間族だった。
 
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