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第一章 一番を手に入れろ
#1 中庭の王子様
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昼休みというのは学生に与えられた自由時間の中でも、一番長い休み。
男子は校庭でサッカーやドッジボールをすることが多く、女子は教室で雑誌や漫画を広げて談笑していることが多い。
私はというと、お昼を食べた後は寝るか、静かに過ごしたい派だ。
5月上旬。学年が上がり、クラス替えがあり、新入生もクラスメイトに慣れ始めたころ。
知ってる顔、知らない顔が行き交う廊下を足早にと進む。
もちろん今日も向かうのは――中庭。
校舎と校舎を繋ぐ外廊下から見えないように立つ巨木の下は、垣根が連なるように壁となっていて、昼寝をするには打ってつけの場所なのだ。
お昼の中庭は屋上並みにカップルが多いんじゃないか。そう思う人もいるだろう。
けれど、たどり着いた目的の場所には人の姿はない。雀がチュンチュン鳴いてる声しかないくらい、静かだ。
実は私が入学当初、ここは立ち入り禁止だった。むかし木登りをした生徒が落下して、大怪我したらしい。
……高校生って、なんか知らないけど色々やりたくなるお年頃よね。
そんなこんなで生徒の間では「中庭=立ち入り禁止場所」の常識が植えつけられていたのだが、今年になって校長先生が変わり、中庭になにやら思い出があるのか、生徒に開放しようという話が持ちあがった。
その話を私の担任としているところをたまたま聞いてしまった私は、お試し期間ということで1週間前からお世話になっております。
親友にすら教えていないし、誰にも知られていない。
言うなれば私だけの秘密基地である。
……というのは言いすぎだけど、向かう足どりが軽やかなのはこの状況を楽しんでいるからだと思う。
けれど、この日は違った。
誰もいないと思っていたのに、その人は巨木の幹に背を預けて眠っていた。
木漏れ日が揺れ、彼の整った顔がキラキラと輝いているようだ。
「この世のものとは思えない美しさとは、こういうのを言うのか」
何を言ってるんだ、とは思う。
けれど綺麗な顔立ちで、どこか男らしさもある、爽やかイケメンがそこにいたのだ。
言わずにはいられなかった。衝動というやつです。
「う、ん……?」
私の声に反応したのか、不意に瞼が開く。
ゆっくりと顔を上げた彼の黒い瞳に、呆然とした私の顔が映っていた。
「ああ、見つかったか……。それで、君は何の用? 握手? 写真? それとも――告白?」
制服に付いた葉や土を払いながら、立ち上がった彼は、うんざりした顔を向けてきた。
目に光はなく、口元に浮かべた笑みは恐怖すら感じる。
どうして彼がそんな表情をするのか、どうしてそんな質問をしたのか、分からなかった。
だから、いつものように思うままを言ってしまったんだと思う。
「何言ってるんですか?
初対面の相手に失礼だと思うんですけど。そもそも知らない相手に握手も写真も求めないです。しかも告白? 貴方、まだ寝ぼけてるんじゃないの?」
最初は敬語でいこうと思ったけど、だんだん怒りが沸いてきて、語尾が強くなってしまった。
というかイケメンだからって、自意識過剰なんじゃないの?
アンタはアイドルか何かなのかっての。
おっと。悪いクセだとは自覚してるけど、またやってしまった。
「……。」
案の定、彼は目を丸くしたまま固まっている。
「あー……えっと、お昼寝の邪魔してごめんなさい。私はこれで――」
「あ、待って!」
パシッと手首を掴まれた。
本当はどうしてここにいるのか聞きたかった。けれど気まずさに堪えきれず、早く立ち去りたかったのだが、そうはいかないらしい。
覚悟を決めてゆっくりと振り返ると、そこには驚いた表情で自分の手を見つめる彼がいた。
まるで「なんで引き止めたのだろう」と、言いたげな目だ。
「えっと、大丈夫ですか?」
さすがに心配になったのでそう聞くと……。
「あ、うん。平気……だと思う。何がって聞かれると困るけどって、ごめん!」
頬を掻きながら、パッと火傷したときのように私の手首から手を離した。
「ぷっ。何それ、あははっ」
分かりやすく動揺している彼が面白くて、つい笑ってしまった。
けれどそんな私を、彼はまっすぐに見つめ、その瞳をキラキラと揺らしていた。
「さっきはごめん。いつもの子たちかと思ってさ」
「いつも……ってことは、本当にアイドルか何かなの?」
「……知らないんだ」
嬉しそうに微笑む彼に、私は首を傾げた。
だってアイドルなら、知名度が高い方が嬉しいもんじゃないのかな。
なのに反対のことで喜ぶって。
というかこの学校でそんな噂、聞いたこともないんだけど……。
「あなたって変わってるね」
はっ。またやってしまった。
「ごめんなさい! つい本音が――っ」
もう喋らない方がいいかもしれない。
慌てて口を塞ぐけれど、彼の方から聞こえたのは堪えているような笑い声だった。
「くく、はははっ! そんなこと、初めて言われたな!」
何が面白かったのか。
涙を浮かべるほど笑う彼の顔からは、さっきまでの怖い雰囲気は消えていた。
代わりに、年相応な少年のような顔が現れた。
「ねえ、君の名前は?」
「唐突ですね」
「うん。でも、知りたいって思ったから」
思わず目が点になる。
もしかして、この人は俗に言う天然タラシではないだろうか。
無邪気に微笑んだかと思うと、顔を覗きこんできたんですけど。
きっとこういうのにファンはやられるんだろうなぁ。
残念ながら私にそのイケメンビームは効かない……と思ったけど、頬が少し熱い気がする。
「笠木美桜……です」
「綺麗な名前だね」
はい。頂きました、この台詞。
男は女になら誰でもそう言うのだ、と友人Aちゃんが言ってました。
「じゃあ貴方の名前も教えてくれますか?」
「僕は――柳井幸宏だよ」
この名前が後の人生、さらには来世に至るまで。
とある女の子……(って私だけど)の2つの人生に、大きく関わってくることを、この時の私は知らない。
無邪気に、興味なさげな顔で彼を見る。
「素敵なお名前ですね~」
「なんか、馬鹿にしてるでしょ、それ。ふふ」
怒るかなと思ったけど、彼は可笑しそうに笑っていた。
初めて会った人だし、当たり前のはずなんだけど……。これが、彼の素顔な気がした。
これが幸宏と私の出会い。
男子は校庭でサッカーやドッジボールをすることが多く、女子は教室で雑誌や漫画を広げて談笑していることが多い。
私はというと、お昼を食べた後は寝るか、静かに過ごしたい派だ。
5月上旬。学年が上がり、クラス替えがあり、新入生もクラスメイトに慣れ始めたころ。
知ってる顔、知らない顔が行き交う廊下を足早にと進む。
もちろん今日も向かうのは――中庭。
校舎と校舎を繋ぐ外廊下から見えないように立つ巨木の下は、垣根が連なるように壁となっていて、昼寝をするには打ってつけの場所なのだ。
お昼の中庭は屋上並みにカップルが多いんじゃないか。そう思う人もいるだろう。
けれど、たどり着いた目的の場所には人の姿はない。雀がチュンチュン鳴いてる声しかないくらい、静かだ。
実は私が入学当初、ここは立ち入り禁止だった。むかし木登りをした生徒が落下して、大怪我したらしい。
……高校生って、なんか知らないけど色々やりたくなるお年頃よね。
そんなこんなで生徒の間では「中庭=立ち入り禁止場所」の常識が植えつけられていたのだが、今年になって校長先生が変わり、中庭になにやら思い出があるのか、生徒に開放しようという話が持ちあがった。
その話を私の担任としているところをたまたま聞いてしまった私は、お試し期間ということで1週間前からお世話になっております。
親友にすら教えていないし、誰にも知られていない。
言うなれば私だけの秘密基地である。
……というのは言いすぎだけど、向かう足どりが軽やかなのはこの状況を楽しんでいるからだと思う。
けれど、この日は違った。
誰もいないと思っていたのに、その人は巨木の幹に背を預けて眠っていた。
木漏れ日が揺れ、彼の整った顔がキラキラと輝いているようだ。
「この世のものとは思えない美しさとは、こういうのを言うのか」
何を言ってるんだ、とは思う。
けれど綺麗な顔立ちで、どこか男らしさもある、爽やかイケメンがそこにいたのだ。
言わずにはいられなかった。衝動というやつです。
「う、ん……?」
私の声に反応したのか、不意に瞼が開く。
ゆっくりと顔を上げた彼の黒い瞳に、呆然とした私の顔が映っていた。
「ああ、見つかったか……。それで、君は何の用? 握手? 写真? それとも――告白?」
制服に付いた葉や土を払いながら、立ち上がった彼は、うんざりした顔を向けてきた。
目に光はなく、口元に浮かべた笑みは恐怖すら感じる。
どうして彼がそんな表情をするのか、どうしてそんな質問をしたのか、分からなかった。
だから、いつものように思うままを言ってしまったんだと思う。
「何言ってるんですか?
初対面の相手に失礼だと思うんですけど。そもそも知らない相手に握手も写真も求めないです。しかも告白? 貴方、まだ寝ぼけてるんじゃないの?」
最初は敬語でいこうと思ったけど、だんだん怒りが沸いてきて、語尾が強くなってしまった。
というかイケメンだからって、自意識過剰なんじゃないの?
アンタはアイドルか何かなのかっての。
おっと。悪いクセだとは自覚してるけど、またやってしまった。
「……。」
案の定、彼は目を丸くしたまま固まっている。
「あー……えっと、お昼寝の邪魔してごめんなさい。私はこれで――」
「あ、待って!」
パシッと手首を掴まれた。
本当はどうしてここにいるのか聞きたかった。けれど気まずさに堪えきれず、早く立ち去りたかったのだが、そうはいかないらしい。
覚悟を決めてゆっくりと振り返ると、そこには驚いた表情で自分の手を見つめる彼がいた。
まるで「なんで引き止めたのだろう」と、言いたげな目だ。
「えっと、大丈夫ですか?」
さすがに心配になったのでそう聞くと……。
「あ、うん。平気……だと思う。何がって聞かれると困るけどって、ごめん!」
頬を掻きながら、パッと火傷したときのように私の手首から手を離した。
「ぷっ。何それ、あははっ」
分かりやすく動揺している彼が面白くて、つい笑ってしまった。
けれどそんな私を、彼はまっすぐに見つめ、その瞳をキラキラと揺らしていた。
「さっきはごめん。いつもの子たちかと思ってさ」
「いつも……ってことは、本当にアイドルか何かなの?」
「……知らないんだ」
嬉しそうに微笑む彼に、私は首を傾げた。
だってアイドルなら、知名度が高い方が嬉しいもんじゃないのかな。
なのに反対のことで喜ぶって。
というかこの学校でそんな噂、聞いたこともないんだけど……。
「あなたって変わってるね」
はっ。またやってしまった。
「ごめんなさい! つい本音が――っ」
もう喋らない方がいいかもしれない。
慌てて口を塞ぐけれど、彼の方から聞こえたのは堪えているような笑い声だった。
「くく、はははっ! そんなこと、初めて言われたな!」
何が面白かったのか。
涙を浮かべるほど笑う彼の顔からは、さっきまでの怖い雰囲気は消えていた。
代わりに、年相応な少年のような顔が現れた。
「ねえ、君の名前は?」
「唐突ですね」
「うん。でも、知りたいって思ったから」
思わず目が点になる。
もしかして、この人は俗に言う天然タラシではないだろうか。
無邪気に微笑んだかと思うと、顔を覗きこんできたんですけど。
きっとこういうのにファンはやられるんだろうなぁ。
残念ながら私にそのイケメンビームは効かない……と思ったけど、頬が少し熱い気がする。
「笠木美桜……です」
「綺麗な名前だね」
はい。頂きました、この台詞。
男は女になら誰でもそう言うのだ、と友人Aちゃんが言ってました。
「じゃあ貴方の名前も教えてくれますか?」
「僕は――柳井幸宏だよ」
この名前が後の人生、さらには来世に至るまで。
とある女の子……(って私だけど)の2つの人生に、大きく関わってくることを、この時の私は知らない。
無邪気に、興味なさげな顔で彼を見る。
「素敵なお名前ですね~」
「なんか、馬鹿にしてるでしょ、それ。ふふ」
怒るかなと思ったけど、彼は可笑しそうに笑っていた。
初めて会った人だし、当たり前のはずなんだけど……。これが、彼の素顔な気がした。
これが幸宏と私の出会い。
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