二度目の人生も貴方に捧げます!(仮)

諏訪カノン

文字の大きさ
8 / 12
序章 転生

#8 契約と始まり

しおりを挟む
『み……さん!  美桜さん!!』

「……はっ!?」

微睡みの中、何度も名前を呼ぶ声にパッと目を開けば、そこには数分前に別れを告げた相手――ソロエルの顔があった。

『なかなか目を覚まさないので、心配しました』

「えーっと……なんで、ソロエルが転生の穴の中にいるの?」

『どうやら無事に思い出したようですけど、今度は“現状″について混乱しているようですね』

やれやれ、とため息を吐くソロエルの顔に平手の1発でも決めてやろうとして、ハッとする。
今、私はソロエルの膝枕の状態で、地面に横になっている。
そして周りを見れば、私たちを囲むようにスゴい砂嵐が起きていた。

「……シェっ! ……リーシェ!!」

ザザザと、砂嵐の轟音を掻き消すように『私』を呼ぶ声が聞こえた。
この声を知ってる。あれは幼馴染みのジン・ブローダンだ。

「リー……ちゃん!!  おねが……返事してぇ!!」

可愛らしい声を、悲痛なそれに変えて叫んでいるのは――私の親友。

「リュイちゃん?」

そっと胸に手を置いた。
トクン、トクンと音を立てる心臓。その奥で、魂が言っている。私は転生したのだ、と。
《笠木美桜》からこの体――リーシェ・シュトラに。

『どうですか?  自分で決めた容姿になれた気分は?』

言われてみれば、と自分の身体を眺める。
身長は決められなかった(ポイントの残量的な理由で)が、前世よりは高い気がする(微々たる差だけども)。
胸も設定しただけあって、前世より大きい気がする。そういえば、声も若干可愛らしい感じになってるような……。

「って、本当に選択通りになってるかなんて、分かんないわよ!」

ガバッと起き上がり、ソロエルを睨み付ける。

『それもそうですね』

相変わらず簡素な解答だ。コイツ、分かってて聞いたわね?

『でも、髪と瞳、それから顔なら確かに変わってますよ?』

ソロエルはどこから取り出したのか、大きめの手鏡を私の前に翳す。
白に近い薄桃色の長い艶のある髪を風に靡かせ、瞳は角度によっては黄緑に見えるミントグリーン。
美桜というより、日本人の面影すらない“美少女″が鏡の中にいた。

「ダレコレ?」

『貴女ですよ』

「ワタ、シ……?」

『いきなりカタコトにならないで下さい。信じられないかもしれませんが、間違いなく貴女です』

そういえば、幸宏の決めてくれたキャラに似た時点で、他のパーツはお任せにしたんだっけ。
容姿エリアでソロエルが「選んでも人は成長しますからね。基礎部分がこうなるというだけで、痩せたり、太ったり、人間だと当たり前にある変化は当然、起こります」と……ある程度、決めた頃に言うもんですから。面倒になったわけです。
だからどんな風になるのかについては、転生してからのお楽しみだったんだけど……。

「これ、可愛すぎでしょ」

立ち上がって全身を見る。どこから見ても可憐な美少女だ。
……自分で言うのは恥ずかしいけど。

『いきなりのナルシスト発言ですか?』

「違うわよ。思ってたより、可愛くて……自分じゃない感じがするってこと!」

容姿エリアで目指していたキャラよりも、目がクリクリのキラキラ。肌の質感もあり、しかも見事なまでのプルツヤ。髪の毛だって、これ絶対に手入れが要らない感じのやつだよ。
本当に転生したんだと、しみじみ思う。

『まあ、美桜さんがそう思うのも無理ないですよ。記憶保持者の場合、皆さん生まれた頃から徐々に新しい自分に慣れていきますが……美桜さんは“いま初めて″見たわけですし』

「ちょっと待って?  私はってどういうこと?  私も記憶保持者でしょ?」

子供のようにクルクルと回り、はしゃいでいる場合ではなかった。
ソロエルはやっと本題に入れると言いたげに立ち上がる。

『本来なら、私の役目は転生の穴に貴女をお送りした時点で終了しています。
しかし取り返しのつかない問題が起きました為、担当をしていた者として、けじめをつけさせていただきたく下界こちらに参ったしだいです』

「……何があったの?」

一瞬、言い淀むソロエル。グッと唇を引き結び、それを解いた時、彼の表情は今までにないくらい真剣なものに変わる。

『――敵の襲撃です』

思わず息を呑む。
それは勿論、神生ゲームに参加している相手のことだろう。そう理解してはいるものの、恐怖で少し手が震えた。

『状況の説明から致します。
美桜さん達が穴に飛び込んだ後、微量ではありますが神の力を感じました。
その時は深く考えなかったのですが、それをソウ様に報告しようとした最中、私の加護が……一瞬で消し飛んだのです』

「待って。加護って、ソウ様たちに会ったときに消えたんじゃないの?」

アレがなかったら、あの方たちの前で私は立っていられなかった。
あの時に役目を終えたから、神殿を出たときにはもう消えたのだと思っていた。

『いえ。加護は与えた者が自ら解かない限り、消えることはありません。……が、例外が二つ。一つは与えた者が死んだとき。二つ目は与えた者よりも強大な力を持った者が、故意に加護を破壊することです。
私の力を上回る相手の攻撃。何かしら仕掛けてくるだろうとは予想していましたが、まさか我々の手が届かない転生の穴で起こるとは……。そのせいで美桜さんは記憶を無くし、転生してしまった。私が至らないばかりに、申し訳ありません』

深々と頭を下げる彼に、慌てて否定する。

「そんな、ソロエルのせいじゃないわよ。
寧ろ加護があったから、これくらいで済んだんでしょ?  現に今、貴方がこうして私のところに来て、記憶を戻してくれた。感謝の理由はあっても、怒る理由はないよ」

顔を上げたソロエルは驚きに満ちていた。
こんな顔はめったに見られないので、とても新鮮だ。

『やはり貴女は変わってますね。でも、ありがとうございます』

照れくさそうに微笑を浮かべるソロエルを見て、気恥ずかしくなった。
けっして桃色な空気は醸し出してないので。

「と、とにかく。記憶も戻ったことだし、これからゲームが始まっても大丈夫ね」

照れ隠しにそう捲し立てるも、ソロエルはバツの悪そうな顔をしていた。

『それがですね……』

スッと表情を消した彼に、ゴクリと喉を鳴らす。
こういう時、良い話というのは絶対ない。断言しよう、この空気は絶対に悪いことです。

『実は……ゲームはもうスタートしています』

「やっぱりね! そうじゃないかと思ったよ!」

『まあ、落ち着いてください。それに、この世界での時間経過でいうと、ゲーム開始からまだ・・十年です。現状、我々の駒は美桜さん以外の方々が盤上の十分の一をクリア済み。区分わけにすると、皆さんは第一区が終了しています。早い人ですと、すでに第二区もクリア目前という感じですね』

「ちなみに……私は?」

『……。』

そこで黙り込まないで! あからさまに目を反らすな!
記憶を戻すためにソロエルが私と接触できたのもこれが初めてって感じだし、記憶ないのにゲームの指示を熟すことなんて出来ないだろうし。
ああ、自分の状況が説明されなくても理解できてしまった。

「これから挽回していく……としても、間に合うの? ソウ様側の駒がそれだけ進んでいるってことは、敵の方も進んでいるんでしょう?」

『それは――』

ソロエルが何か言いかけた時、不意に右耳に熱を感じた。
熱湯に触った感じではなく、ほんのりと。日向ぼっこしている時のような温かさだ。

《聞こえるか、美桜》

「この声は……ソウ様!?」

確認するようにソロエルを見るも、彼もまたビックリしたような顔をして私を見ていた。

《無事に再会できたようで何よりだ。今は其方に渡した、駒の証イヤリングを通して会話しているのだが……》

そういえば、と右耳に触れる。そこには少し熱を持つイヤリングが、確かに存在した。
魂だけの時に付けたものだが、この世界の体にも反映されているらしい。
けれどイヤリングから声が、というより、そこから直接脳に響いてくる感じだ。これも神様の力なのだろうか。

「お久しぶりですね……でいいのかな? 私的には数時間前に会ったばかりですけど」

《はは。どうやら、ちゃんと記憶が戻っているようで安心した》

本当に心配してくれていたのだろう。ほっとしたように、ソウ様の声が柔らかく、私の中に溶けていく。

『ソウ様。神が賽を振ったとき以外で人間に接触するのはルール違反です』

《固いことを言うな、ソロエル。やっと美桜の意識と繋がることができたんだ。少しくらい良いではないか》

『そうやって駄々をこねるのもいい加減にしてください。いつも五大神様方には無理難題を押し付けられて、こっちは迷惑しているんですよ。少しは我々、眷属のことも考えて欲しいものですね』

冷笑を浮かべるソロエルのモノクルがキラリと光る。

《う、うむ。それは……すまなかった》

『分かって頂けたのならいいのです』

しゅんと項垂れるソウ様と腰に手を当てて怒るソロエルを想像して、笑いそうになるのを堪える。

《いや、そういう話をしている場合ではないだろう!》

話を戻そうと必死なソウ様に、ソロエルはまだ言い足りないような顔をしていたが、話を促した。

《話を聞いたとは思うが、既にゲームは始まっている。だが私達はスタート地点からちょっとしか進んでいない。記憶がなくともマスの指示を何とかクリアさせようとしたのだが、ここまでが限界だった》

スタート地点から動けずにいるという、最悪の事態は回避できていたようだ。

「いえ、記憶がない中で、そこまでして下さってありがとうございます。それとお手数おかけして申し訳ないです」

《いや、元はといえばこちらに不手際があったせいだ。それに――》

「ここから追い上げていけばいい、ですよね?」

言葉を勝手に引き継いだら、ソロエルが目を丸くする。きっとソウ様も同じ顔をしていることだろう。

《ふふ。ああ、私達なら大丈夫だ》

姿は見えないけれど、ソウ様がふわりと微笑んだような気がした。

《善は急げ、だな。早速、賽を振ってこよう。少し待っていてくれ》

電話が切れたように、ソウ様のプツっと声が聞こえなくなる。

『やれやれですね。全く、あの方は普段は尊敬できる方だというのに、たまに天然が入るんですから』

仮にも上司に対してこんな発言をしているのはどうなのか。まあ、ソロエルのこれは今に始まったことじゃないか。

「そういえば天使って皆、ソウ様の眷属なの?」

待つ間、黙っているのもつまらないので、色々と質問してみることにした。

『確かにソウ様の配下ですが……全部が眷属と呼ばれるわけでありません。何百、何千万と数えきれない天使を、神様方の代わりに束ねる役割を賜った者をそう呼びます。五大神様それぞれに仕えているのは一人。つまり眷属は五人しかいません』

「へえー……ん?」

たくさんいる天使の中でも選ばれたエリートさんのことを眷属と呼ぶってことよね。
つまり、ソウ様の眷属っぽいソロエルは……。

「超お偉い天使様ってこと!?」

『言葉がおかしい気がしますが、考えていることは合ってると思いますよ』

偉いどころの話じゃなかった。
今まで散々、失礼なことも言った気がする。どうしよう、今からでも態度を変えるべきかな?

『そんなの今更ですよ。むしろ突然アナタが畏まった言い方をするようになったら、気持ち悪いです』

「気持ち悪いって何よ! というか勝手に心を読まないで!」

最初の内はそこまでじゃなかったのに、転生の穴での別れから毒舌度が増している。
紳士な人かと思えば、中身は子供っぽいところもあるのよね。

「もういいや。次の質問ね」

『いつから質問タイムになったんですか』

そうは言いつつも、拒絶しないということは聞いて良いということだ。

「天使ってこんなに簡単に地上に降りてこられるものなの?」

『いいえ。人間の叙事に載るような降臨・・は力ある者が、強い願いにより天使を呼び寄せているのです。この世界でいうと召喚・・がそれに当たりますね』

ほほう。よく歴史の背景なんかで宗教の問題は出てくるけど……。じゃあかの有名なジャ〇ヌ・ダルクさんは大天使を召喚したわけですか。半端ないね。

「ん? じゃあ、ソロエルは誰に召喚されてきたの?」

『……。』

アナタは馬鹿なんですか、と顔が語っていた。
いや、なんとなくさ、私が召喚したのかなとは思ったよ?
でも眷属とかいうお偉いさんだと知った今、私が聖女様のように召喚できるとは思えなかったからさ。

「でも、そっか。私の召喚獣はソロエルだったのね」

『今の状況ですとそうなりますね……不本意ながら』

彼のこういう棘のある言葉に対しての怒りはない。けれどいつまでもソロエルのペースにはまっているの気に食わないのだ。
何か、この天使をアッと驚かせるような、それでいて私もスカッとする方法はないだろうか……。

『いきなり黙り込んでどうしたんです?』

そっと顔を覗き込んできたソロエルの目を見て、ハッと良いことを思いついた。
今の状況だからこそ出来ること且つ、彼に一泡吹かせられることだ。

「ふふふ……」

転生の穴での借り、今返してあげるわ!

「ねえ、ソロエル~?」

『な、なんですか、その猫なで声は。 記憶を戻すときに何か変なものを覚醒させてしまいましたか?」

「私はいたって平常よ! それより! 今の私の名前――ちゃんと言える?」

『リーシェ・シュトラでしょう?』

「そうじゃなくて、ちゃんと・・・・って言ったじゃない」

ほら早く、と急かすようにソロエルに詰め寄る。

『正式名ですか? 確か……《リーシェリア・メル・シュトラ》ですよ――』

何も疑わずに私の名を彼が呟いた瞬間。
周りの砂嵐に負けず劣らずの蒼い光の帯が、私達を取り囲む。

『これは……!』

「ふふ、今こそ雪辱を晴らす時!! ――“世界を異なりし者よ。異種の存在よ。我が名と、其方そなたの真の名を持って、ここに《使い魔》の契約を行う”」

まだ幼い頃。兄が学校に通い始め、授業の中で一番面白いと言ったのが、召喚術だった。
嬉々として自分の知らない世界の話をする兄に、少し嫉妬したこともあったけど……しばらくして家に連れ帰ってきた、可愛らしい小さな黒いドラゴンを見てそんなことは吹き飛んだ。
兄と主従の契約を結んだ召喚獣で、この世界では契約した獣たちのことを《使い魔》と呼んでいる。
いつも傍で見てきたから分かる。兄とドラゴンには確かな絆があった。契約に縛られているから側にいるわけではなく、本気で兄の力になりたいと表情で、体で、瞳で、強く表現している使い魔の姿に、私は憧れた。
いつか、私にもこんな《使い魔パートナー》が欲しい、と。
だからこの術だけはすごく勉強した。それこそ、これから習うはずの《契約呪文》も《契約》の仕方も。
全部、頭に入っている。

――契約手順その一。召喚獣に自身の真名を呼ばせ、自分もまた相手の真名を呼ぶ。

「“汝が真名《ソロエル三世》、契約により我が意思に従い給え”」

『本気ですか!?』

驚愕に満ちたソロエルと私の身体を光が包む。
下から不自然に風が吹き上げ、ふわりと二人の体が浮き上がり、足元に魔法陣が浮かび上がる。

「もちろん。転生の穴でのこと、忘れたとは言わせないわよ」

『あんな些細なことを根に持ち、私を従わせたいなど……器が小さいのでは?』

「うっさい! というか、私は下僕にしたいなんて思ってないから」

『え?』

心底驚いたように目を見開くな。私がそんな女王様タイプにみえるのか。

――契約手順その二。出現した魔法陣に自らの“血”と“魔力”を捧げ、相手に触れる。

「私はね、ずっと自分だけの召喚獣がきてくれるのを待ってたの。それが、アナタで良かったとも思ってるよ」

『まあ、天使の力はこの世界でも強力で――』

「そうじゃなくて! 力はどうでもいいのよ。私は“相棒パートナー”が欲しいだけ。それを、貴方で良かったって言ってるの。この意味わかる?」

召喚時に使った針を使って、指先を刺し、血を垂らす。魔力は自動的に吸われているので、意識しなくて良い。
後は――この伸ばした手に、ソロエルが自分の手を乗せてくれるだけ。

『パートナー……ですか』

不服そうに顔をしかめるソロエル。
私自信も初めは軽いノリで考えていたけど、今になって少し強引だったかなと後悔し始めた。
彼の考えや想いを聞いてからでも良かったのではないか、と。
でも、彼がパートナーになってくれたらいいなと思ったのは本心だ。だから――

「大丈夫! なんとかなる・・・・・・って!」

ソロエルはハッしたように、何か言いかけた口を閉じた。
そして、ゆっくりと右手の白い手袋を取る。初めて見る彼の手は人間と変わらなかった。

『……はあ。貴女は非常識ですよ。本当、馬鹿げている』

ソロエルは諦め半分、呆れ半分の苦笑を浮かべた。
私の伸ばした手に、大きな手が重なる。その瞬間、魔法陣が一際まばゆい光を放ち、私と彼の手にそれぞれ光のリングを纏わせた。

――契約手順その三。互いの同意のもと契約がなされた時、互いの体の何処かに“契約印”が施されるだろう。それは契約者と使い魔となった召喚獣との《絆の証》であり、絶対に逆らうことを許されない《鎖》でもある。

「それゆえ召喚を行いし者は忘れてはならない。使い魔は物では無く、同じ生き物であることを」

召喚術について書かれていた本の一節だ。
手の甲に描かれた綺麗な羽を模した“契約印”を見て、その言葉を胸に刻んだ。

「よし!  あースッキリした!」

魔法陣も、光の帯も消え、ふわりと地面に降り立つ。
ソロエルの身体を覆っていた神々しい光は消え、髪は銀色、瞳も翡翠色に固定されている。それは契約が成功したことと、彼がこの世界に本当の意味で降り立ったことを意味していた。

「貴女と言う人は……」

「いいじゃない。これからゲームも始まって、忙しくなるんだし。ほら、RPGでも仲間は多い……方、が……」

あれ?

「美桜さん!?」

急に目の前がくらり、と揺れたかと思うと足の力が完全に抜けた。
ドサッと、倒れた先にあったのは地面ではなく、固いけれど柔らかい、優しい温もりだった。
ソロエルが何か言っているけど、ドッと強い眠気と疲労感が襲い、重くなった瞼を閉じる。

私の意識は深く沈んでいった。


 *  * *  *


《すまない、遅れてしまっ……美桜?》

「貴方様の声が聞こえていないということは、完全に意識を手放してしまったようですね」

自分の腕の中で、すうすうと寝息をたてて眠る美桜さんを見下ろし、小さくため息を吐く。

《ソロエル? お主、天の輝きが消えていないか?》

「ええ。貴方様がいらっしゃらない間に、彼女に使い魔の契約をされてしまいましたからね」

《な……契約だと!? 眷属たる天使と契約するには相当な魔力を要するのだぞ?!》

「ですから、こうして魔力を使い果たし、眠ってしまったんですよ」

《ああ、そうか。――いや、それよりもお主、彼女に“真名”を教えたということか!?》

ソウ様のこんなに取り乱した声は久しぶりに聞いたな。

「そんな訳ないでしょう。そんなことをしたら、今頃私はここにはいませんよ」

眷属と呼ばれる天使は、仕えるべき神に“真名”を授けられる。それは神のみぞ知る名、というもので、他の誰にも教えてはならない。
だから美桜さんや他の人間にも教えて良い、別の名が存在する。
もし真名を教えてしまった場合、神から相当な罰が下される。それこそ“天罰”という名の、ね。
我ながら上手いことを言ったな。……ごほん、失礼。

「ソロエル三世、とだけしか教えていなかったのですが……真名ではないとはいえ、一応は私の名ですから契約できてしまったようですね」

《そうだとしても、お前ほどの天使と契約できるとは……彼女は化け物か?》

神様がなんてこと言うんですか、という言葉は飲み込む。

「ご自分で駒になる人物にはチートっぽい機能をつけたいなぁと仰っていたではないですか」

《そういえば、そんなことも言ったな》

これだからソウ様は――ごほん。
ええと、記憶が正しければ、彼女には『魔力量増幅』のオプションをつけた。
これは生まれながらに持つ魔力量が、成長するごとに大幅に上がっていくという能力だ。それなりの値段だったが、まあ美桜さんには余るほどポイントがあったからな。
問題なく、買えた。それに加えて、彼女が転生した先の「シュトラ家」は代々、魔力量が通常の人間より多い家系だ。
つまりこのまま成長していくと……。確かに化け物になるかもしれないな。

《……。だが、いいのか?》

「何がです?」

《分かっていないわけではないだろう。天の輝きが消えているということは、もうこちらには戻れないということだぞ?》

それくらい知っている。何年、いや。何千年と貴方の眷属をやってきたのだから。
《天の輝き》と呼ばれる、天使が下界に降り立つ時に纏っている光。それは神の加護とも言われ、下界に降りた天使が天界に戻るための通行証にもなっている。
それが無くなった場合、天使は天界に二度と帰ることができない。そうなった天使を――《堕天使》と呼ぶ。

「そうですね……。短い間でしたが、お世話になりましたソウ様。私がいなくとも、ちゃんと仕事をして下さいね」

《いや、アッサリし過ぎだろう! 我の方が泣きたい気分だぞ!?》

そう言われても、自分でも不思議に思うほど、落ち着いているのだから仕方ない。
その理由が彼女のせいだということも理解していた。

「本来、堕天使というのは神の罰を受けて《天使》としての能力も失った者のことを言います。けれど私の力は残っています」

身体に感じる天使の力が、確かに存在している。むしろ、今までよりも強大になっているようだ。

「それこそが、貴方様への忠義を忘れていない証拠です。それに彼女と行動を共にするということは、私もゲームに参加できるということ。貴方様を勝利へ導くため、私も尽力したいと思います。それに……」

天界に未練がないと言えば嘘になるが……なぜだろう。

「彼女と過ごせることが嬉しいと、思っている自分がいるんです」

だからこそ、契約が成立したのだろう。私がとうの昔に彼女を受け入れていたから。

《お主……。美桜を好いているのか?》

「違います」

即答する。
美桜さんのことは嫌いではないが、間違いなくソウ様は恋情の方を言っている。
それに関しては、一切ない。断言できる。

《なんだ、つまらないな。これで禁断の天使と人間の恋物語でも始まるのではないかと、期待したのに》

この人は……。

《冗談だ。頼んだぞ、ソロエル》

まったく、不意打ちが好きなお方だ。

「はい、お任せを」

私の返事に、ソウ様が満足げに頷いた気がした。

《さて、指示を伝えにきたのだが……本人が眠ってしまってはな》

「私の方から伝えておきますよ」

《そう、だな。それしかないか。では、今回の指示だが――》

ソウ様の言葉に私は驚きを隠せなかった。
そんなことが指示として成立するのか、と疑問が沸いた。

《では、健闘を祈る》

だが問い詰める前に、ソウ様との通信が切れてしまった。

「はあ。私の周りには非常識な人しかいないのだろうか」

本当に、面倒なことになった。
それもこれもこの人のせいだというのに。

「ゆき、ひろ……むにゃむにゃ」

幸せそうに私の胸にすり寄ってきた彼女を抱き上げ、立ち上がる。
そして、邪魔が入るのを阻止するため、周りを取り囲ませていた砂嵐を消した。
一瞬にして風が止み、砂がサラサラと落ちる。
その向こうには、待ち構えていたように数人の生徒と、教師だと思われる人間たちがいた。
皆、ポカンと口を開けて、唖然とした表情で私を見ていた。

「そういえば、この世界での天使は確か……」

天族と呼ばれ、神に一番近い存在として崇められていたような?
天界にある資料で少し読んだだけだが。

「最初の問題はこの状況をどうするか、のようですね」

能天気に眠り込んでいるリーシェ・・・・さんを抱いたまま、私は地上での一歩を踏み出した。

この時――彼女のゲームは本当の意味でスタートしたのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

夫が勇者に選ばれました

プラネットプラント
恋愛
勇者に選ばれた夫は「必ず帰って来る」と言って、戻ってこない。風の噂では、王女様と結婚するらしい。そして、私は殺される。 ※なろうでも投稿しています。

ヤンデレ系暗黒乙女ゲームのヒロインは今日も攻略なんかしない!

As-me.com
恋愛
孤児だった私が、ある日突然侯爵令嬢に?!これはまさかの逆転シンデレラストーリーかと思いきや……。 冷酷暗黒長男に、ドSな変態次男。さらには危ないヤンデレ三男の血の繋がらないイケメン3人と一緒に暮らすことに!そして、優しい執事にも秘密があって……。 えーっ?!しかもここって、乙女ゲームの世界じゃないか! 私は誰を攻略しても不幸になる暗黒ゲームのヒロインに転生してしまったのだ……! だから、この世界で生き延びる為にも絶対に誰も攻略しません! ※過激な表現がある時がありますので、苦手な方は御注意してください。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

処理中です...