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序章 転生

#7 転生

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「やっと……終わった~!」

能力エリアから出て、凝り固まった体の筋を伸ばす。

――あれから、田中さんも容姿を決めて、私達は能力エリアに行った。
そこも容姿同様にタッチパネルで決められたんだけど、その数といったら容姿の倍はあって、決めるのに時間が掛かってしまった。
その上、ポイントは“次の命”に持ち越しが出来ないので、使い切るのが常識というのだ。
もっと早く言ってくれたら、容姿の方でもうちょっと肌のオプション付けてたのに……。

ちなみに能力エリアで私が手に入れたのは二つだけ。……少ないと思うでしょ?
その理由は、また哀神様の伝達ミスで能力はほぼ、神様たちが事前に決めてしまっていたのだ。
その分のポイントを引いて、残ったので買えたのは二つだけ、ということだ。

「そういえば、田中さんはどんな容姿と能力にしたんですか?」

田中さんもゲーム参加者なので、能力については私と同じで二つくらいしか買えなかったはずだ。

「ん? それは……ヒ・ミ・ツ、だよ」

わざと耳に息が掛かるように呟く田中さんに、つい呆れを通り越して冷たい視線を向けてしまった。

「ふふ、冗談だ。ごく一般的な姿にしたよ。でも、やっぱり詳しくは言えないな。見てからのお楽しみってやつにしよう」

ウインクをして、嬉しそうに笑う田中さん。
容姿を決める時からそうだけど、表情が豊かになった気がする。なんにせよ、本人がそう言うなら後の楽しみに取っておこう。
え、私の能力は何かって……それも後の、お楽しみということで。

「それで、これからどこに行けばいいの?」

話に加わらずに、じっと待っていたソロエルを振り返る。

「このまま進んでいただきます」

彼は手帳と睨めっこしていた視線を、上に向ける。
それを追うと、あえて視界にいれていなかったあの山。私の中では通称“桃山”が私達の前にそびえ立っていた。

「まさか……あの山、登るの?」

「いえ。前にお伝えした通り、あれは“結界”です。なので、見えているままの姿をしている訳ではありません」

そう言いながら、ソロエルは山へと歩き出す。
マーケットから山までは一本道が続いている。買い物をした後、すぐに転生できるようになっているようだ。
ソロエルの先導で、山に向かって歩く。程なくして、巨大な門が私達の前に立ちはだかった。
高さ的に私の数十倍だ。

「“こんにちは”」

ソロエルの言葉に反応するように、門はゆっくりと「ギギギ……」と音を立てて開く。

「門番……とかはいないの?」

「いいえ、ちゃんといますよ。死者の方たちには見えないようになっていますので。さ、行きましょうか」

ソロエルが門の中に足を踏み入れると、一瞬にして彼の姿が消える。
驚いたのは私だけでなく、田中さんも目を丸くしていた。

「大丈夫ですよ、結界を通ったせいで姿が見えなくなっただけですからね」

私たちがどういう反応をするのか分かっていたのか、結界の向こう側から笑い声と、手だけがニョキッと出てきた。
他意はないんだろうけど、何もない所に手首から先だけが浮いているとか、ホラーでしかない。

「もしかして、美桜さんってホラーが苦手?」

不意に田中さんが私の手を握る。
それだけなのに、情けなくもビクッと肩が跳ね上がる。

「ふふ。震えるくらい怖かった?」

「べ、別に……怖くない、です、よ」

「そっか。じゃあ、このまま行こう!」

「え、ちょっ!?」

微笑ましげに口元を緩めた田中さんに手を引かれ、私は結界の中に入った。
思わず目を瞑ってしまったが、ふわっと何かが耳を撫でるような感触がして、すぐに目を開ける。
そこに広がっていたのは薄暗い洞窟のような場所で、目の前には――巨大な穴が広がっていた。

「そ、外と全然違う……なんていうか、地獄?」

「地獄はもっと恐ろしいっ……くく、ところですよ」

田中さんの腕にしがみつく私を見て、ソロエルが顔を反らしながらそう言った。
笑いたければ笑えばいいじゃない。笑い声、堪えきれてないし、肩も震えてるっての。

「これが“転生の穴”……まさか、ここに飛び込むの?」

「はい」

ソロエルの返事が素っ気ない。今に始まったことじゃないけどね。

「うわぁ……高いね」

いつの間にかタナカさんが穴を覗き込んでいたので、私も隣に並ぶ。
底が見えないという意味では、タナカさんの表現は正しいのかもしれない。けれど私にはすごく“深い”という印象を持った。
暗く、底のみえない闇。これからこの中へ飛び込むのかと思うと、足が震えた。

「それでは皆さーん」

私たちの立つ場所からちょうど対面側から、陽気な声が聞こえてきた。
そこには私たちと同じように転生しようとしている人達なのか、四、五人がバスツアーのガイドさんのように旗を持った天使の周りに集まっていた。

(これから転生するのかな? よかった、参考にさせてもら――)

「いってらっしゃーい!」

次の瞬間、天使は穴の淵に立っていた人達を――蹴り落とした。

「あんな感じなの!?」

「いえいえ、あれはあの天使の……趣味です」

笑顔で怖いことを言う。

「なるほど。あの天使はドSなんだね!」

ここにもソロエルとは別の意味で怖いことを言う人がいた。

「安心してください、私は優しく次の世へお送りいたしますから」

田中さんの言葉を無視して、ソロエルは穴の方へ歩き出したかと思うと、翼を広げて飛びあがった。

「それでは、最後の説明をします。
これが転生の穴です。ご察しの通り、ここを飛び降りれば次の世へ行けます。
オプションで“前世の記憶を保持する”を選択しているお二人は、前世でのことはもちろん、ここでの記憶も覚えていることでしょう。
穴に落ちれば魂は一旦、今の形を崩し、バラバラになります。我々はこれを『魂の分解』と呼んでいます。
そして先ほど買ったオプションを交えて、魂は再構成される。その際の記憶は当人たちにはありません。つまり穴に落ちれば、次に目を覚ますのは来世……転生先ということになるでしょう」

ソロエルの説明に、田中さんと共にゆっくりと頷く。

「さて。これで担当天使である私の仕事は終わりですね」

「あ……」

天使、なのだからここでお別れなのは当然だろう。けど、なんだか寂しいと思ってしまった。
短い時間しか一緒にいなかったのに、自分で思うよりもソロエルのことを気に入っていたようだ。

「そんな顔をしないで下さい」

ふわっと、ソロエルが私と目線を合わせるように降下し、頬に触れてきた。

「美桜さんなら、大丈夫です。頑張ってくださいね」

出会った時と変わらない微笑みに、私も苦笑を返す。

「うん、頑張るよ。それと、恥ずかしかったから言わなかったけど、貴方が担当天使でよかった……って思う」

「思うだけですか? はぁ……美桜さんは薄情ですね」

やっぱり性格歪んでるでしょ、この天使。
なんだ、その落胆顔は。ムカつくし、ああ、もう面倒臭い!

「っ……嘘よ! 今までありがとうね、ソロエル三世! 当分先でしょうけど、またここに来た時は……そうね――担当天使に貴方を指名するわ!」

半分自棄やけで、半分本音だ。文句は言わせない、と笑ってやる。
だがソロエルは目を丸くして、じっと私を見つめたまま固まってしまう。
指名する、とか言ったのがマズかったかな?

「ふっ……ふふ」

「え?」

「くっ……あはは! く、はははっ!」

ど、どうしよう。ついにソロエルが壊れた。
田中さんに助けを求めようとしたけど、彼女も驚愕のあまり放心常態だ。

「あ、あの、ソロエル? 大丈夫?」

 「ふふっ、はぁ~……。やはり、貴方はとんでもない人だ。非常識だし、馬鹿げたことを平気で言うし」

ちょっと待て。突然笑いだしたかと思えば、今度は悪口? ……怒っていいですか?
ソロエルにバレない所で拳を握る。

「だけど、とても真っ直ぐで……綺麗な瞳をしていて――目が離せない」

急に視界の端が白く染まる。
それがソロエルの翼に包まれたからだと気づいた時には、彼に抱きしめられていた。

「ちょ、な、なに!?」

彼氏がいたって、いきなりイケメンに抱きしめられたら戸惑う。頬が熱い。

「突然、すみません。自分でも……まさかこんな感情を持つなんて、思いもしなかった」

「ソロエル?」

「死者に対して寂しいと思うなんて……私は天使、失格ですね」

悲しげな声が耳元で響く。

「……。いいんじゃない? そういう天使が一人や二人いたってさ。だって、人間を相手にしてるんだから、影響を受けない方がおかしいじゃない。私は貴方みたいな天使の方が好きよ」

彼は無言だった。けれど、抱きしめる腕の力が一瞬、強まったのを私は見逃さなかった。

「美桜さん」

「なに?」

ちょっと不機嫌そうな声で返せば、ソロエルは抱きしめる腕を解いた。

「私にとって、やはり貴女は特別な人です。ゲームに関係なく、私はいつでも貴女の行く末に、幸あることを祈っています」

ソロエルは小さくそう囁いて、微笑んだ。
初めて見る、優しげな表情。それは紛れもなく、彼が本心を露わにしてみせた笑顔だと思った。

「ソロ――」

「それじゃあ、行きましょうか」

私が何か言う前に、ソロエルはいつも通りの顔に戻る。
でも少しだけ、雰囲気が優しくなったと感じるのは気のせいではないだろう。
それがなんか嬉しくて、私まで顔がニヤける。

「いやー、ソロエルさんも大胆だね。転生する前に抱擁をしたかったのかい?」

「「田中さん、ちょっと黙って(てください)」」

ソロエルとハモってしまったが、田中さんのコレは転生しても直らないと思う。

何はともあれ――いよいよ転生だ。
短い間だったけど、なんかとても楽しかった……ような気がする。
個性的な人にいっぱい会ったからかな。笠木美桜として生きてきた中で、一番ハチャメチャな時間だったと思う。

「さ、私の手を取って下さい」

田中さんと私に向けて、ソロエルが手を伸ばす。

この手を取れば『笠木美桜』としての人生は、本当に終わる。
この世界や“美桜わたし”だった時の記憶を持って転生しても、それは“来世の私”にとっては過去のことだ。
振り返ることはあっても、決して戻りたいと望んではいけない。
次の世で生きる魂は私であっても、『笠木美桜』ではないのだから。

「大丈夫?」

黙り込んでいたからだろう。
田中さんが心配そうに顔を覗き込んできた。

「平気ですよ。少し考えごとをしていただけです。未来に不安はないですから」

そう、不安がっていても始まらない。
これからもっと大変なことや、辛いこともある。
けど、同じくらい楽しいことや嬉しいこともいっぱいあるんだから!!
隣をみれば、田中さんも笑顔で頷く。前を見れば、ソロエルも微笑みながら頷いていた。

そして――私と田中さんはソロエルの手を取った。
瞬間、体がフワリと浮き上がり、ソロエルに手を引かれて穴の上に浮遊する。

「これはお二人へ、神様からの伝言です……“二人の健闘を祈る。そして、どうか良き人生を歩んでくれ″だそうです」

たぶん、ソウ様かな。口調がそのまんまだし。
でも充分、気持ちは伝わりましたよ。

「ゲームについては、次の世で改めてこちらから説明が入ると思います。あなた方以外にも参加者はいますし、彼らが無事、全員転生できた時点でゲームは開始されます。それだけは覚えておいてください」

「分かった」

「では、手を離しますね。ああ、伝え忘れていましたが、転生まで一気に行きますので。予めご了承ください」

「「……へ?」」

「では、ご武運を!」

パッとソロエルが手を離す。
すると彼の言葉通り、私と田中さんは穴の中へ急降下。安全バーのない、ジェットコースターに乗ってるかのような風を感じる。

「これのっ……どこが優しいってのよ、このバカ天使ぃーー!!」

私の声が、穴の中で大きく反響する。
見下ろしているソロエルは、小さくお辞儀をしていた。

「すごい! これで転生できるんだー!」

ソロエルの姿が小さく、遠くに見えるくらい、落ちた頃。田中さんの無邪気な声が響く。
穴の中は暗く、隣にいる田中さんの姿も最初は見えていたが、今は声だけ聞こえる状態だ。

「ソロエル……次に会ったら、只じゃおかないわ」

「ふふ、美桜さんは過激だな。……おや?」

不意に隣から綺麗な虹色の光が溢れる。見れば、田中さんが発光していた。
なんていうか、あれだ。クリスマスで電飾をいっぱいつけられた、サンタの置物みたいな……。

「って、それ、大丈夫なんですか!?」

「あー、多分これがソロエルさんの言ってた、魂の分解じゃないかな?」

「つまり、転生が始まる……?」

「そうみたいだ……なんだか、眠くなってきたし……」

そう言っている間にも田中さんの全身は虹色に包まれ、次第に顔も分からなくなる。
そして足先から、徐々に光の粒となり、暗闇の中に消えていく。

「美桜さん……これから、お互いに頑張ろうね」

「はい。同じ世界ですし、どこかで会えるかもしれませんよね。それまで、お元気で」

「ふふ……ちがうよ。そこは……“またね″だよ――」

最後に笑顔を残して、田中さんは完全に消えてしまった。
すると今度は私の体が発光を始める。

「本当に光ってる……」

目の前に手を翳す。
虹色の光が、まるで体の中を循環するように脈打っている。
光は徐々に激しくなり、私は襲ってきた睡魔に身を任せ、目を閉じた――。
待っていて、幸宏。貴方に会いに行くから。絶対、見つけ出すから。
だからその時は……ぜんぶ話してね。


 *  * *  *


美桜の体は光となり、散った。そして一瞬の後、散った光が収集を始める。
オプションとして手に入れた色々な能力の光の粒も取り入れて、『魂』は新たな姿を形成していく。

【ほう。これがアイツの切り札か】

その様子を近くで見守る人影の姿があった。
自身も昔は姿かたちはなく、ただ渦巻く混沌そのもの――名をカオス。

【どんなものかと思えば、こんなにも非力なモノか。まあ、人間とは儚いものだ。今、触れれば容易く壊れてしまうだろう?】

やっとのことで人型を保てているカオスは、輪郭の揺らぐ黒き手で“美桜だったモノ″に触れようとした。しかし、白い光がそれを阻み、カオスの手を跡形もなく吹き飛ばした。

【くっ……“加護″か。天使ごときが、我を阻むか!!】

同等の神ではなく、下級の天使に邪魔されたことにカオスは憤慨する。黒いオーラがより一層強くなり、美桜の魂を呑み込もうとした。
その時。一つの光が魂に吸収されず、カオスの周りをクルクルと浮遊する。

【……なんだ、これは?】

不思議そうにカオスが手を伸ばすと、光から『美桜の想い』が溢れた。
「来世でも幸宏と付き合いたい、もしくはそんな関係になれたらいいな」――美桜の幸宏に対する想い……“記憶”ともいえるものだった。

【なるほど、この魂は“あの男”の……。くくっ、面白い】

カオスは不敵に笑う。悍ましく、それでいて優艶に。
恍惚とした瞳で、美桜の魂を見つめながら。

【そうだなぁ……“開催者”として、新しい参加者の貴様に相応しい“贈り物”をくれてやろう】

カオスは煌めいている『美桜の想い』の光を、大きく広げた手で握りつぶす。
一瞬にして光は消え、彼が次に手を開くと、そこには〈漆黒の光球〉があった。
クスクスと笑い声を零したカオスは、そっとソレに息を吹きかける。

【これは……《呪い》だ】

ふわふわと移動する〈漆黒の光球〉は美桜の魂の中に溶け込み、ユラリと黒い光が波打つ。
それは一瞬で、魂はすぐに何事も無かったかのように、光の収集を続ける。

【お前自身も、五大神も知ることができない。どんな方法を使っても分かるはずがない。しかし、我も慈悲がないわけではない。教えてやろう、この呪いは――――】

怪しい黒き影の口が、言葉を紡ぐ。しかし、その声を聞く者は誰もいない。

【くくっ、ふははは! ああ……楽しくなりそうだ!!】

怪しげな笑い声を残して、カオスは満足げに闇の中に溶け込み、消えたのだった。
静かな闇の中、残された美桜の魂だけが輝きを放つ。

やがて――穴の終着点が見えてくる。白い光が波のように揺れ、形成された魂はそこに吸い込まれるように消えた。

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