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びっくりね

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「ようこそいらっしゃいました奥様。私は執事のハンスでございます。
遠路遥々お疲れ様でございました」

「初めまして。私がリーチェです。そして彼女は私の侍女のレーナです。
これから宜しくお願いします」

 
 男爵邸に到着した私達を出迎えてくれたのは執事を含めてわずか5名だった。
建物はそれほど大きくないのでこの人数でも不足は無いのかもしれない。
予想していた事だが実家の侯爵邸と比べて遥かに少ない人数である。
執事のハンスと年配の侍女。そして下女二人と庭番を兼ねた下男が一人。
私はここに居るはずのもう一人の事が気になって執事に質問をする。


「……ユリアはどこに居るのかしら?」

「申し訳ございません。お嬢様は教会です。至急使いを出しております」

「そうですか」


 てっきりいきなり避けられているのかと思った。
貴族令嬢と云っても全員が家庭教師に学んでいる訳ではないらしい。
どうやら平民に交じって教会で定期的に開かれる学校的な物に行っている様だ。


(個人的に悪いとは思わないけど貴族としては変わってるわね)


 費用の都合かネグレクトか? 多分両方な気がする。
通学しているなら到着日時が曖昧な私を屋敷で迎える事は難しいだろう。
不在である事に他意はなさそうだ。

 使用人達と自己紹介後に応接間に通されたがレーナは辞退した。
ここで働く為に早く屋敷の事を把握したいと云って侍女のマーサと共に姿を消した。
長旅をした者同士で申し訳ないと感じつつ出された紅茶に口を付ける。
上質のモノだというのはすぐに分かった。
ハンスと当たり障りのない事を話した後で本題に入る。


「ところで、私だけこちらに来た事情は知っているかしら?」

「……はい。旦那様が王都に出立前に承っております」

「そう」

「あの、奥様。私の立場から云える事では無いのですが」

「あ、違います。別に恐縮させるつもりは無いの」

「……?」

「私が言いたい事は変に気を使わないで接して欲しいという事です。夫も私も、お互い色々な事を了解した上で結婚したのですから。
どうかこれからは私もここの一員として受け入れて下さいね」

「勿体ないお言葉です。どうかお顔をお上げください。奥様」


 頭を下げた私にハンスは慌ててそう言った。
軽く話した感じではマイナス感情を持って私に接している感じは無かった。
逆に恐縮している所を見るとアントンの人となりをよく理解している常識人らしい。
婚姻の事情を知っていても私を変に見下したり何かを含む様な態度も感じない。
使用人としては当たり前の事だけどちゃんと確認出来て安心した。

 
「それでは奥様、宜しければお屋敷とお部屋へのご案内をさせて頂きます」

「ありがとう。お願いします」


 ハンスに案内された屋敷内には色々な所に使用人の気遣いが見て取れた。
こじんまりとしているが綺麗な花壇と植栽が整備された庭。
派手さは無いけど落ち着いた感じの家具や調度品。
廊下も部屋も窓も目に入りにくい所まで塵一つなく綺麗に清潔に保たれている。
貴族の邸宅としては広くも豪華でもないが隅々まで目が行き届いているがわかった。

 主人の意向が反映されているというよりも使用人の質がいいのだろう。
アントンの印象は最悪だったけどこの邸宅や使用人は好きになれそうな感じがする。
最後に案内された私専用の個室もいい。
窓から丁寧に手入れされた庭の植栽や屋敷街の街並みも一望できた。


「うん。中々住み心地よさそう」


 早速仕事着に着替えて、先に部屋で荷片付けしていたレーナに私は感想を述べた。


「それはようございました。
皆さん感じが良くて私の目から見てもとてもいいお屋敷でございます」

「今日だけの印象だけど、ダルセンに来てかえって良かった感じだわ。
王都に居て私の醜聞や噂を聞かないで済むだけ寧ろありがたいかも」


 正直な思いを述べているとドアをノックする音が聞こえた。
元から居る侍女の一人が部屋の外から声をかけて来る。


「何?」

「奥様、ユリアお嬢様がお越しですが」

「どうぞ。入って」


 入室を促してから思う。 
単なる偏見だけれども親の愛情が少ない子供は色々精神的に未熟な子が多い印象だ。
果たしてユリアは陰気かそれとも我儘だろうか。
なにせあの二人の子供だし。
一方的な思い込みで外見が釣り目で縦ロールヘアの少女を想像する。


(……えっ!?)


 レーナと入れ替わりに部屋に入って来た娘はどのイメージにも該当しなかった。
精神的武装を整えた私は脳内で盛大にこけた。


「遅れて申し訳ありません、奥様。ユリアと申します」


 急いで帰って来たのであろう少女は少しだけ息を早くしながらそう言った。
美少女であるが纏った雰囲気がどこか違う。どことなく儚気で何とも神秘的だ。
屋敷と同じで期待値を最低にしていたら真逆の印象の娘が来て面食らう。


(びっくりね……本当にあの二人の子供なのかしら)

「……」


 私の返事を待っているユリアは心なしか身を堅くしている様に見える。
子供なりに自分は私に歓迎される存在でないと思っているのかもしれない。
でも、私は親と子供は別人で同一に考えるつもりは無かった。
そもそもこの子はあの父母達に邪魔扱いされた存在である。
負の感情を抱く対象でもない。


「初めましてユリア。私はリーチェよ。宜しくね」

「はい。どうぞよろしくお願い致します」


 答えたユリアの態度で確信したがこの娘は私に怯えている。
自分の立場を母親よりもはるかに弁えている様だった。


「そう構えないで結構よ。これから一緒に住むのだし」

「は、はい」
 

 警戒心を解く為に笑顔で返した私にユリアは少し安堵してくれた様だった。
貴族の父が平民の愛人に産ませた子供。
母親が父の寵愛を受けていようとそれを笠に着て私に横柄な態度を取る事も無い。
実の父母と違って奇跡的にまともな人格が宿っている感じがする。

 表面上だけの演技なら私もそれを感じ取っていただろう。
あの傲慢で放蕩家のアントンと上昇志向の強いイザベラの娘とは思えない。
子供と親は別人格だとつくづく思う。
先だっての執事との会話の中で分かったがユリアは主に使用人達に面倒を見て
貰っていたらしい。
関心の低い親に代わってハンス達が世話を焼いていたのだろう。


(両親の無責任さが思いがけない良い結果をこの子にもたらしていたという訳ね)


 甘えたい盛りの子供が親に関心を払ってもらえない。
自分はいらない子供なのではないか。
子供よりも遊行を優先するあの二人にはそんな娘の気持ちは分からないだろう。
 
 その後、私は暫しユリアと会話をした。
愛らしい顔立ちと謙虚そうな性格。それに話した感じでは賢そうだ。
会う前の勝手なイメージなど当てにならない。
屋敷や使用人達と同じく私はユリアと仲良くなれそうな予感を抱いた。

 
(親に見捨てられた境遇の少女同士ね。おっと、私は少女じゃないか。)


 どの世界の神様も万人に満たされた人生を提供する力など無い。
それにもっと不幸な境遇の人達もいるだろうから下ばかり見ていてもキリが無い。
結局自分で人生を改善していくしかない。
ユリアには私の出来る範囲で色々と面倒を見てあげたい。
そんな気持ちが私の中に湧いて来た。
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