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風颯に至る旅路

その2

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アリスside

「ようこそおいでくださいました」

 河岸の大きな土地。葦原に覆われた結界の中に芦屋さんが降りた。
黄金色の粒子を纏った彼は面布で顔を隠していて、それが風で舞い上がる一瞬…瞼を伏せて昏い瞳の芦屋さんが見える。くっ…憂い顔も美人さんですねぇ!

 片膝をついて両手を捧げると、芦屋さんが天照様の介添つきで手を載せてくる。
暖かい手。彼は見た目こそ女性になっているけど、芦屋さんは芦屋さん。それはずっと変わらない。


 手を引いてゆっくりと歩き、大きな木の台の上に彼を導いて手を離した。
頭を下げたままちらっと天照様を覗くと、小さく頷きが返ってくる。
 
 川岸に向かって芦屋さんと天照様、月読様が何か話し出してる。
わたしはお尻を向けない様に台座から降りて、妃菜ちゃんの横に佇ずんでそれを見守ることにした。
 わたしの手に、何か残っている感触がある。…何だろう??
 
 
 
「何やうまいこと渡されてんな?」
「は、はい!…あっ!!これ…」
 
 手のひらを開くと、安倍晴明…私の忌々しいご先祖様が残した飾り紐があった。
ご先祖様の顔が脳裏を掠めて、若干イラッとする。
 
 ノーノー。これは芦屋さんからもらったと思えばいいの。私はまだ、不器用にも程があるご先祖様を好きにはなれない。
道満は、ちょっとかわいそうだったかなと思えるようにはなった。

 この紐は神喰い中毒が治ったお祝いってことかな…すごく嬉しいです。えへへ。


 
 私自身、彼が居なくなってからあっという間に心の整理がついてしまった。 
 芦屋さんがあまりにも過酷な状況に身を置いて、誰よりも長い時間働いているのを目の当たりにしてしまっては…怒りを継続するのは難しい。

 道満の起こした混乱を解決して、その結果彼のせいではないのに…残された色んな呪いや魂を背負って。芦屋さんは健康を明らかに害されている。
 
 体を不自由にしていても毎日出羽三山神社に詣でて、きちんと仕事をして。
わたしの神喰い中毒も綺麗さっぱり治して、彼はどう生きているのかを何も語らずとも見せつけていた。
 
 最初から分かってはいたけど、わたしは掌の上で踊らされているに過ぎない。
 彼は優しいけれど意外に強かで、とても頭がいい。彼の計画通り、ご先祖様への恨みを昇華させてしまっているわたしが…確かにここに居るのだから。


 
「それにしても物々しいですね。警察があんなに…自衛隊の方まで」
 
「そりゃそうやで。国護結界の要である 『人神ヒトガミ』なんやから真幸は。要人ってやつや。あの人たちは人間のテロリスト対策要員やな。」
 
「そうですか…」

 

 台座の周りにはサングラスをかけた筋肉質な体のSPさんが、スーツ姿で辺りを警戒している。
あの人たちが警察だと知ったのはつい最近のことだ。
 真神陰陽寮に所属してから政府の人とか、警察の人とか、今まで組織の名前すら正確に知らなかった人たちと関わることになった。

 偉い人はみんな老獪だったり、めんどくさかったりする。もちろんいい人もいるけど。中務よりはマシかな。
あんな人たちと平気でやり合ってる伏見さんご一家にも頭が上がらない。

 その伏見さんは鬼一さんと一緒に警備に指示を出し、厳戒態勢。
神様を顕現しっぱなしで鋭い目をして動き回ってる。
 おや、鬼一さんが走ってきた。倉橋君もだ。


「祓が始まったら口を開くな。人神様の顔も目も絶対見るなよ。倉橋、生徒にもう一度伝えておけ」
 
「了解しました」

 
 
 神継候補生達を倉橋くんが連れて来たみたい。
芦屋さんの姿を見せるのは彼らには初めての機会となる。キラキラ光ってる彼を見て、みんなこぼれ落ちそうなくらい目を見開いてびっくりしてる。
 
 芦屋さんの髪に道満の飾り紐が結ばれているのが見えた。長い黒髪をゆったり結い、片側に流して頸が見えてる。
……素敵だな。妃菜ちゃんが言うように芦屋さんは色っぽい。
 
 よし、紐、つけよう。今すぐつけよう。お風呂でも外さないんだから。

左手首に飾り紐を結びつけ、満足して鼻息を吐く。
きゃー!彼とお揃いですよ!!素晴らしいアイテムだ。…晴明にはちょびっとだけ感謝しようじゃないの。


 
「ええなぁ、私も推しとお揃い欲しいわ」
「妃菜ちゃんには飛鳥さんがいるでしょー?」
「へ?なんでそこで飛鳥の話なん?」
 

 はてなマークを浮かべた妃菜ちゃん。
 鬼一さんが生暖かい視線を遣す意味が分かってないんだよねぇ。
 
 飛鳥殿は本当にスパダリだし、颯人様と芦屋さんみたいに仲良しで羨ましい。まだ二柱ともに報われてはいないけれど。

 わたしは依代となってから禍ツ神と解りあってはいない。
現在神継として働いている人の中では最後に神降ししたし、時間が必要だ。
 芦屋さんにアドバイスをもらいに行けるからまだこれでいいの。
颯人様を取り戻したあと、二人を邪魔する理由が必要だもの。
 わたしは芦屋さんの過激ファンですから。

 
 
「では、天照様…そろそろ祓を」
 
「よろしい。真幸、まずは広域浄化だ。そのあと少し事が起こる」
「ん?わかった」

 事が起こる…?何かあるのかな…。
伏見さんと鬼一さんが天照様の言葉を聞いて身を硬くしてる。
妃菜ちゃんも飛鳥殿を顕現してるし…わたしもしておこう。

 
「マガツヒノカミ」
「応」

 わたしの影から、ヒョロリとした禍ツ神が現れる。禍ツ神はマガツヒノカミともいい、これは呼称ではなく総称。沢山の神様がわたしの中にいるんだけど…正確な把握はしていない。
 芦屋さんより多いらしいけど…まだわからないままなんだよね。
顕現する時は彼だけが出てくるのはちょっと不思議だ。

 黒いハイネックにロングコート、スキニーパンツに黒いマスクのマガツヒノカミは目つきが悪い。何だか忍者みたいに見える。

 
 
あるじ、波乱が起きるぞ」
「そうね、マガツヒノカミに同意だわ。妃菜も警戒しなさい」
 
「そうなんや…了解。SPの人らは下がってもらうしかないな」
「はい…そうですね」
 
 神様二柱に言われて、自分に簡易結界を張る。SPさん達は妃菜ちゃんに言われてしょんぼりしながらはけて行く。
 対人間じゃないから仕方ないんだけど…なんかごめんなさい。

 
「真幸、三種祓詞さんしゅのはらいことばだ。天力、地力を上げておこう」
「はい」

 
 
 えっ!?大祓祝詞のはずだったのに…?
芦屋さんが手を少し広げ、軽く柏手を叩く。
耳の奥まで強くその音が響き、あまりの音に耳鳴りが訪れる。
あんなに少ししか手を打っていないのに…すごい神力。
 彼は胸元に刺した神器の黒い檜扇を広げ、天に差し出した。
 

 ──吐菩加身依身多女とほかみ ゑみため
 寒言神尊利根陀見かんごんしんそん りこんだけん
 波羅伊玉伊喜余目出給はらひたまひきよめたまへ──


 
 芦屋さんの言霊がふわふわとあたたかい風を生み、千早を舞い上げ、周囲に清い気配を広げていく。
 
 三種祓詞は大祓祝詞のような伸びやかさはなく、言葉を切りながら発するお経に似た祝詞。3回繰り返すところはひふみ祝詞に似てるかも。
 
 天津祓あまつはらい国津祓くにつはらい蒼生祓あおくさのはらいの三種から構成されて、短く感じるけれど言葉の全てに意味がある。天津神に呼びかけ、国津神に八方守護を願うもの。

 国津祓いの言葉は大和言葉ではないため秘詞ひしとして唱えない事が多い。芦屋さんはそこに音を乗せずに発音しているみたい。
でも、どうしてこれを?
 

 
「ん、なるほどな」
 
 3回祝詞を唱え終わった芦屋さんが素早く扇を閉じる。伏見さんと鬼一さんが張った結界がパリン、と割れる音が今更聞こえた。
 
 扇に矢が突き刺さってる!…和弓で使用される矢だ。鏃が鋭く尖がり光って、芦屋さんの面布の前で止まっていた。
 心臓が凍りつくような感覚が広がる。芦屋さん…いつのまにそんな武術まで…。


「なっ!?どこから!?」
「伏見、川渕から上がってくる。真幸は地鎮祝詞だ」
「はい」

 緋扇から矢を抜き去り、再度広げて掲げ、芦屋さんが祝詞を謳いはじめる。

 ──けまくも かしこ
手置帆負命たおきほおいのみこと 彦佐知命ひこさしりのみこと 屋船豊受比賣命やふねとようけひめのみこと大神等おおかみたち御前おんまえ
かしこかしこ 白もうさく──

 

 芦屋さんの祝詞に併せて、川岸から黒い瘴気が立ち上る。わたし達は川ヘと駆け出し、妃菜ちゃんが軍牌扇を掲げた。

 
「魑魅魍魎や!鬼一抜刀、東側から排除!伏見さんは上流から来るデカいやつを抑えてや!アリスは正面!」
「「「了解!」」」

 
 妃菜ちゃんの元に降りた飛鳥大神が持つ真実を見通す眼は、全てを予知、正しく把握し導く軍師となる。戦況が誰よりも早く分かるから、全体の指揮に向いている。バフも上手にかけてくれるし、彼女が一緒にいる時は一番動きやすい。
 芦屋さんが言っていた『神器は依代の役割を表している』と言うのは本当だと思う。

 鬼一さんは元々剣客の血筋で、二度目に依代となったのはヒノカグツチとイケハヤワケノミコト。二柱は武器を作り火を操る武神。彼は切込隊長だ。

 伏見さんはウカノミタマノオオカミを相伝している。十手は正義の剣、決定打を打ち、裁きを下す正義のヒーロー。

 私たち、いいパーティーだと思いません?


 
「倉橋!生徒をまとめて守護結界。私が枠を作るから中から重ねてや!」
「はい!」

 倉橋君はスセリビメノミコトの依代。神器は…くしだ。櫛はそのまま櫛だけど、あれも芦屋さんと同じく千変万化の尋常ならざる神器。攻撃も防御も得意としている。
 
「アリス!踏ん張り!」
「はいっ!」

 目の前で拳を握り、私は大きな盾を作り出す。警察の機動隊が使うような、透明の盾で押し寄せる魑魅魍魎たちを弾き飛ばしながら祓い、川に沿って霊壁を広げて押し出した。
私も攻撃したいな…地味なタンカーなんですよ…くすん。

 

産土神うぶすながみが来ます!!…川上に産廃置き場がある…そうか、芦屋さんが調べていたのはこれです!」
「土地を穢されて怒ってんやな。警察の人…綾野さん!認可出てんの!?」

 
「で、出ています!…汚染がないものしか置かないはずですが…」
「ほんまにそやったらええな。警察と自衛隊の人らは現場見てきて!神継は現状維持!」

 
 シールドを抱えながら川上から降りてきたヘドロの塊を見つめる。瘴気、腐臭を纏って…土気色の荒神が姿を現してやってくる。
 伏見さんの白狐がたくさん湧き出て抑え込んでいるが、だんだん気圧されてジリジリと葦原に突っ込んで来た。
 鬼一さんが魑魅魍魎を粗方片づけて結界を張り、その上から芦屋さんが守護結界を重ねて強化してくれる。
 

「注射器、針、点滴パウチ、医療産廃か」 
「そのようだな、それの認可は降りるまい。約束が果たされずに神が怒り狂っている」 
「うん…」

 
 
 芦屋さんの呟きに、目を凝らして荒神を見つめる。
…ほんとだ。細々したゴミの中にどう見ても医療廃棄物が混じっている。
 
 またそう言う案件なの…?産廃系の業者さん、そろそろ本気で締め上げないとダメだと思う。地方に行けば行くほどこの手の荒神堕ちが多すぎる。

 
「だがおかしいな、ここの土地神は山の方だ。川ではない」
「うん、操られてるみたいだ。」

 芦屋さんのどこまでも落ち着いた声…。彼は荒神鎮めのエキスパートだ。
どんな時でも冷静な言葉がわたしたちの動揺を抑えてくれる。…こう言うの、久しぶりだな…。

 
「はっ…三人とも引いて!」
「えっ!?でも」
「いいから、早よ!!ダッシュ!!!」

 
 
 妃菜ちゃんに叫ばれて、葦をかきわけながら祭事場に戻る。
結界の裾を掻い潜り、後を追ってくる魑魅魍魎と産土神…。結界が割れないからって、折り重なって潰されながら潜るとは驚いた…。
 元より結界にそこまでの効果はないけどそんな回避方法があるとは。
 
 芦屋さんが扇を和弓に変え、さっき受け止めた矢を番えて空に解き放つ。
ひゅーん、と音を立てた金色の矢が…何かに刺さった!
 
「ぎゃぁ!!」

 
 矢を放った先でジタバタしてる黒い影。羽を生やした…妖怪?なにかがぼちゃん、と川に落ちる。

「ふむ、鴉天狗からすてんぐやも知れぬな。皆下がれ。真幸の前に立つな。」



 面布を外した芦屋さんが飾り紐を解いて、両手でビョーンと伸ばし、襷掛たすきがけけして…えっ、この紐そんな機能があるんですか?
 
「其方達は手を出すなよ」
「天照様!?しかし…!」
「伏見、うるさいぞ。静かに」

 みんなで口を閉じ、芦屋さんが台座の淵に歩いていくのを見つめる。
魑魅魍魎達は動きを止め、芦屋さんをじっと見つめてる。…ほっぺがみんな赤いんですけど。
 

 
 
「やぁ、こんにちは。九十九川の神様か?ごめんな、こんなになって痛かっただろ…こっちおいで。綺麗にしてあげるから」
「……ニンゲン…コロス」
 
「先にあなたの傷を治してからだよ。
もうちょっとこっち来てくれ。手が届かないんだ」

 芦屋さんは結界の中から手を伸ばし、荒神にたかっている魑魅魍魎達をそっと避けて、酷い臭いを発している産土神の注射器やら、ゴミやらをその体から抜いていく。

 
 
「あー、こりゃひどいな…。天狗も悪戯してたんだろ?ストレスすごかっただろうな…はい、今度は背中向けて」
「……天狗ハ死んだカ?」
 
「ううん。一応あれも神の使いやってるでしょ?だから羽を痺れさせてる。川に落ちたからそのうち上がってくるよ。ちゃんと謝ってもらおうな」
 
「…天狗が土地の神に謝るだろウカ」
 
「鴉でも天狗でも関係ないだろ?
いま自衛隊の人と警察が産廃の場所を見てくれてる。ちゃんと改善してお掃除するからね。おー、畜産系のゴミも垂れ流してるんだな…」

 
産土神の背中を掘り出す彼は、その手にどう見ても動物の排泄物を抱えている。
 ――颯人様の蘇りのために、穢れに触れないようにしていたのに!
 慌てて走り出して、芦屋さんの服を掴む。真っ白な千早が汚泥に塗れて芦屋さんの綺麗な髪の毛までそれが付着してしまっていた。

 

「在清、引っ込んでいろ。霊力を混ぜるな。これは鎮魂なのだ」
「でも!穢れを受けてしまいます!」
 
「この程度問題ない。家畜が産んだ穢れなどで真幸が汚されるものか。早う引っ込め」

 芦屋さんをつかんだ手がペチっと叩かれる。それを見て芦屋さんが眉を下げる。
まるでおやつを盗み食いしようとした子供みたいにされちゃった。

 
 
「アリス、大丈夫や。横槍はあかん。特に真幸の仕事に手を出したらあかんの」
「は、はい…」
 
 妃菜ちゃんに引っ張られて、しょんぼりしながら座る。…芦屋さんにも悲しい思いをさせてしまった。はぁ…。

「せめて浄化の術をかけましょう。芦屋さんだけに集中して…鬼一」
「おう」  

 
 
 二人が芦屋さんに手を翳し、浄化の術を交代しながらかける。
汚れて真っ黒になった巫女服が、びしょびしょになった髪が綺麗になって風に広がる。

 真剣な眼差しをした芦屋さんの横顔に汗が伝う。妃菜ちゃんがそれをじっと見つめて静かに泣いている。
 いつもなら『ありがとな』って言ってくれるけど、颯人様の魂を取り戻すために…芦屋さんはわたし達とは話ができない。今日、声を聞いたのも久しぶりだった。
 

 
「もう少しだ。大丈夫か?引っ張るぞ」
「うん…うん…」

 いつの間にか膝の上に収まっている産土神は、小さな龍の形をしている。
かわいい…。蛇さんサイズなのにちゃんとツノが生えてる。
 あんなに荒ぶっていたのに、今はもう子供みたいに芦屋さんにしがみついてる。

 

「よし取れた!よく我慢できたな、いい子だ」
 
 龍神は尻尾のあたりの鱗が取れかけて、血を流してる。そこを優しく撫でて眉を顰め、芦屋さんがその傷を治していく。
傷を治してもらった龍神が芦屋さんの顔を掴み、じっと眺めてたくさんある手を合点したようにぽん、と打った。

 
「黒曜石の瞳、星空色の髪、迦陵頻伽かりょうびんがの声に、団地妻顔!お前、真幸だな?」
 
「俺のこと知ってるのか?最後のおかしいだろ…神様に何て事教えたんだ。誰だ全く…」
 
「知ってるぞ!国中の神の勾玉を集めているんだろう?おいのもやる!お前が好きだ!」 
「あぁー…あー…」
 
「受け取っておけ。」
「ハイ…ありがたく頂戴します…」

 龍神から水色の勾玉を受け取り、左手首に通した金色の神ゴムとやらにそれが吸い込まれていく。神ゴムって、ダジャレなのかな。芦屋さんらしいと言えばらしい。
彼のセンスは独特だ。しかし…団地妻とは言い得て妙ですね…。


 
「よし、これで治った…」
「やい!やいやいやい!鴉天狗様に矢を射るとは何様だ!」

 川から少年が上がってくる。顔に赤い天狗の面をつけて、背中に黒い羽が生えていた。
本当に鴉天狗なの?刺さった矢をそのままにして怒ってる。

 
「鴉天狗じゃないだろ、まだ修行中のひよっこ天狗さん。月読、捕まえてきて」
「はいはーい」

 月読様が魑魅魍魎を跳ね避けながら川岸に辿り着き、首根っこを掴んで天狗?を連れてくる。

 
 
「なっ!まさか月読命!?」
 
「無駄口叩かないでねぇ。ご主人様は迦葉山弥勒寺かしょうざんみろくじの大天狗に勾玉もらってるから、あんまり酷いと告げ口しちゃうぞー?」
 
「くっ!?御山おやま主人あるじ様を知っているのか…しかも、勾玉を得ただと!?」
 
「そうだよ。はい、魑魅魍魎さん達は黄泉の国におかえり。邪魔だなぁー」

 
 歩きながらたくさんの魑魅魍魎達を祓い、蹴飛ばしながら涅槃に送り返してる。
月読様はいつもニコニコしてるけど…ちょっと怖い。芦屋さん意外にはかなりキツく当たる神様だ。
 笑顔の中に有無を言わさない圧力を隠してバシバシ祓ってるし…。闇を感じます、闇を。



 
「はにー、お待たせ♡」
「ありがとう月読。でも、魑魅魍魎を蹴るのはやめてくれ。あとハニー呼ばわりもな」
「むぅ。邪魔なんだもん。天狗連れて来たんだからヨシヨシしてっ」
 
「はいはい、あとで説教とセットでほめてやる。…小天狗、そこに正座して」

「はぁ!?誰が人の命令など…」 
「正座。」

 芦屋さんが台座を指を刺すと、小天狗が冷や汗をかきながら小さく縮こまって正座になる。ちょっと怒りの気配を感じるなぁ…。
月読様はほっぺが膨らんだ。

 

「なぁ、どうしてこの子を巻き込んだ?九十九川は色々と我慢して、俺がここに社を立てたことを知って待っててくれたんだ。
 内実を調べてもう少しで大元の業者に手をかける所だったのに。強制介入しかできなくなった。お前のせいだぞ」
 
「ふん!強制なんとかはわからんが、汚した奴が悪い」
 
「それは確かに俺たちの落ち度だ。ごめんな。
 でもさ、ああ言う業者は根っこから叩かないとまたすぐに復活するんだ。もう少しでボスに辿り着けたのに…今回の事でここから逃げて、他の土地にまた巣食うんだぞ?」

 
 
「チッ。知らねーよ。オレはオレの山が汚されなきゃどうだっていい!」
 
「…本気で言ってるのか?」
 
「そ、そいつだって我慢してたけど…毒されてただろ。かわいそーだし、俺のおかげで主張できたんだから一石二鳥ってもんだ!」
 
「小天狗。俺の目を見ろ」
 
 あ…これは…結構怒ってる…。天照様が後ろから抱えて彼を抑え出した。
鴉天狗の面を取り上げ、小さな瞳に芦屋さんが目線を合わせる。

 
 
「かわいそうだって言うなら、なぜ山のゴミを川に捨てた?直接の被害者は山神だ。
 お前が眷属でそれをどうにかしようとしていたのはわかるが、川に流されていたのは畜産系の汚染ゴミだった。
この医療産廃は山にあったはずだ。川が害されれば目につきやすい。ああいう業者は川にゴミを捨てない」
 
「それは…その」
 
「なぜ仲間を害した。近所に住まう神々同士助け合うべきだろ、山神にそう教わったはずだ。」
 
「……だって、俺みたいな小物が文句言っても聞いてくれる奴なんかいない!人間なんてみんなそうだろ!?だから、だから…」

 
 鴉天狗…小天狗?を引っ張って片膝に乗せ、もう片方には龍神を乗せて二柱の頭に手を乗せる。クリクリ撫でられて、小天狗が泣き出した。
傷ついた羽からそっと矢を抜き、息をふっ、と吹きかけると血の流れていた羽が元に戻る。

 
 
「人間がやったのが一番良くないことだし、俺が小天狗の話を聞きにこれれば良かったな…それは謝る。本当にごめん。
 でも、山神も川の神も産土神だ。二柱が荒神になれば、土地がより深く穢されてしまう。相乗効果で穢しあって取り返しのつかなくなる所だった。
 何より仲間に無理やり押し付けるのはダメだ。川の神はそれを黙って引き受けて、お前に仕返ししてないよな」
 
「ぐすっ…うん」
 
「荒神になるのは苦しいんだ。神様は純粋な存在で、俺みたいな人間だって呪いを持てば体の調子が悪くなる。そんなのお前だって嫌だろ?」
 
「そりゃ、嫌だ」
 
「小天狗は自分がやられて嫌なことを押し付けたんだぞ。ゴミを捨てた犯人と同じ事してる。
川の神がどんなに辛かったのか、小天狗が一番わかるよな?」

 頭を撫でながら、厳しい顔で語りかける芦屋さんをじっと見つめて小天狗がついにこくり、と頷く。 


 
「ちゃんとわかったか?」
「うん」
「じゃあ川の神に、何か言うことがあると思わない?」

 
 微笑みながらほっぺを撫でられて、小天狗は顔を真っ赤にしてもじもじしてる。
芦屋さんの顔…綺麗ですもんねぇ。サラサラの黒髪をかきあげた彼を見て、耳まで赤くなった。

 

「ご、ごめんなさい。川の神。いやなことした」
「いいよ、天狗。おいと一緒に帰ろう。山神にも真幸が来たと告げねば」
 
「はっ!?お前さん真幸なのか!」

「そうだけど…なーんでみんな俺のこと知ってんのさー。誰だ名前まで言いふらしてんのはー」
 
「「じぃ……」」

 小天狗と川の神が上目遣いで見つめてるのは天照様だ。
 うん、そういえば降臨の際に仰ってましたもんね。アマテラスオオカミが依代に降りたと言いふらしたって。
 
 
 
「天照」
「し、しらぬ」
 
「天照?もう言いふらしてないよな?朝のおはようから夜のおやすみまで一緒だもんな。俺がそう言うの嫌いだって、よーく知ってるよな?」
 
「………すまぬ」

 
「やっぱりお前か…はぁ。天照も帰ったらお説教。団地妻についてはゲンコツだ。
 小天狗と、川の神は山神に伝えてくれるか?俺が責任持ってちゃんとゴミを綺麗にする。だから待ってて欲しいって」
 
「わかった」
「うん!なぁ、真幸は勾玉好きなんだろ?オレのもやる!」
「…勾玉が好きって噂になってるのか?」
 
「え?多分?真幸に出会った神はみんなあげるべき、って話になってた。
お前さんがここに社を建立した時に来ようとしたが、すぐいなくなったし…天照大神様が怖くて。
 真幸はたまにしか居ないだろ?山神様達はみんな待っていたんだ。ちょいと呼んでこようか。」

 

「だ、だめ!俺ちょっと忙しいからさ!なっ。あとで挨拶しにいくって伝えてくれ。ほら、山神が心配してるだろうから…そろそろおかえり」

「うん、わかった。じゃあオレの勾玉な!大事にしてくれよ!」
「くっ、流されてなかった…ありがとう…」

 黒い勾玉を受け取り、ジト目で天照様を睨みながら神ゴムに勾玉を収納してる。
小天狗と龍神は手を振りながら空に飛んでいった。

 

「早くやらないと山神達が来そうだねぇ」
「ちょっ、月読!はやく!天照も頼む」 
「「応」」


 二柱が支えて芦屋さんを立ち上がらせ、彼が大きく柏手を叩く。

 ズズズ、と大地を揺らしながら整地されたグラウンドが現れ、サッカーゴールや電柱が立ち並んで、緑色の防護ネットが貼られていく。
 こ、こんな簡単に大きな土地を動かして…すごい。神継候補の生徒達はちゃんと見てるかな…。

 
 後ろを振り返ると、倉橋くんがうるうるしながら両手を胸の前で組み、生徒達はその後ろでひっくり返ってる…。あー…神力に当てられちゃったみたい。

 背後で金色の光が生まれて、自分の影が濃くなる。
慌てて振り向くと、もう芦屋さんがいなくなっていた。

 
 
「あぁ…もういっちゃったんですかぁ…しょぼーん…」
「逃げ足も早いんやで、真幸は。」
 
「本当ですね。久しぶりに芦屋さんのお顔が見られて満足です。
さぁ、気合を入れてお掃除しますよ!」
 
「真幸…俺も触りたかったな…はぁ」

 
 みんなが口々に芦屋さんの名を呟き、私たちは後片付けのために立ち上がる。

 
 あたり一面に優しい気持ちと、暖かさを残した彼の余韻にみんなが笑顔を浮かばせていた。
 
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