9 / 130
お礼代わりに
しおりを挟む
ただ、イメージにぴったりだからといっても、今までモデルなど考えたこともないであろう晴にとっては、自分が商品のイメージモデルになるなどすぐに結論は出せないだろう。
「そうだな。リュウールも商品の販売時期との兼ね合いもあるだろうから、香月くんには三日間よく考えてもらおうか。その間に上層部に話も通しておくし、もし、香月くんが無理なら田村さんにもまた探してもらう必要がある。だから、三日が限度だな。香月くん、それでいいだろうか?」
「はい。僕がすぐに決断できなくてすみません。僕がリュウールさんの要望に応えられるようなモデルになれるのか自信が出なくて、決心できずにいます……」
晴は申し訳なさそうに俯くが、こんなに悩みながらもやらないという判断ができずにいるのは、自分が断ってリュウールの商品を埋もれさせてしまうことになったらと思うと嫌なんだろう。
ただ、自分が企業媒体となる自信もすぐには見出せない。
ここは悩みどころだな。
「香月くん。時間はまだある。ゆっくり頭の中で整理して考えて、自分の納得できる答えを出そう。うちは強制したりはしない。強制してやらせても良い広告はできないからね」
俺の言葉に晴はハッとして顔を上げた。
「そう、そうですね。心からその商品のことを思わなければ良い広告はできないですよね。早瀬さん、ありがとうございます。僕、ちゃんと考えます」
晴の言葉に部長たちも大きく頷いた。
「よろしく頼むよ。君がどちらに決めたとしても三日後にまた来てもらえるかな。私は直接君から返事を聞きたい。どちらを選んでも君に不利な事になどならないから安心してくれ」
「わかりました。三日後に伺います。今日はお忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました」
晴が部長たちに丁寧なお辞儀をして、その場はお開きになった。
晴と一緒にエレベーターへ向かっていると結城さんが声をかけてきた。
「あ、早瀬、今日の予定はどうなってる?」
「今日は一日リュウールの件で田村さんと打ち合わせして、そのまま直帰の予定でした。なので、今日はこれから香月くんを送っていきますね」
「たか…早瀬さん、大丈夫です。僕、一人で帰れますから」
「聞いただろ? 今日の予定はもう終わったんだ。足も心配だし、ちゃんと家まで送らせて」
「でも……朝トラブルに巻き込んでしまったために、忙しい早瀬さんにずっと付き添っていただいて申し訳ないのに、この上家まで送っていただくなんて心苦しいんです」
そんなことを言う晴に結城さんがにっこりと笑顔を向ける。
「香月くん、君がもしモデルをやると決めたのなら、うちにとって君は大事なクライアントの金の卵だ。もしやらないとしても君は我が社の大事な社員になるんだよ。怪我をしている君を一人で帰すなんてそんなことはさせない。早瀬が君を送るのはある意味業務の一環だ。だから、心配しないで家まで送ってもらいなさい」
「はい。余計な気を遣ってすみませんでした。ありがとうございます。よろしくお願いします」
晴は結城さんの言葉に涙を浮かべながら頭を下げた。
「じゃあ、結城さん。香月くんを送ってそのまま直帰しますので、後はよろしくお願いします」
そう言って俺は晴と二人エレベーターでエントランスに向かった。
受付でゲストカードを返して小蘭堂のビルを後にした。
「さて、もうお昼も過ぎたな。どこかでランチでもして帰ろうか」
「隆之さん、もし良かったらうちでご飯食べて行きませんか?大したものは作れないですけど、今日いろいろお世話になったので……お礼代わりにはならないかもですけど」
「えっ? いいのかい? 喜んでお邪魔するよ!」
晴の手料理なんてあまりにも嬉しくて誘いに飛び付いてしまった。
俺、こんな幸せでいいんだろうか。
「じゃあタクシー乗ろうか。途中で買い物とかする?」
「あ、うちのすぐ近くにスーパーあるんで、そこで降りていいですか?」
俺はウキウキとした気持ちをもはや隠すこともできずに、意気揚々とタクシーを止めた。
タクシーに乗り込む際に屈むのが痛そうで、晴が異を唱える間も無く、さっと横抱きにしてタクシーに座らせた。
晴は声も無く驚いていたが、みるみるうちに顔を真っ赤にして大声をあげそうだったので、俺はさっと晴の口に人差し指を当て、しーっとジェスチャーをした。
晴は、タクシーの中だということにハッと気付いて大声を出しそうになったのを両手で口を抑えた。
俺はそんな可愛い晴の仕草に笑みをこぼしながら、運転手にどこに行けばいいか伝えてと晴に促した。
「あ、すみません。運転手さん、桜城大学の裏門の方までお願いします」
運転手は「裏門ですね」といって、車を走らせた。
15分ほど走って、タクシーは大学の裏門前に到着した。
晴は料金を支払おうとしたが、食事作ってくれるんだからここは払わせてと俺がいい含め、料金を支払った。
タクシーを降りると久しぶりの大学に懐かしさでいっぱいになった。
あれ? そういえば裏門近くにスーパーとかあったっけ? と大学時代のことを思い出してみたが記憶にない。
「晴、この辺にスーパーできたのか? 俺が大学時代は何もなくて、結構不便だったんだが……」
「はい。2年くらい前にここの近くにあったボーリング場がなくなって、スーパーができたんですよ! それまで離れたところまで行かないといけなかったので不便でしたけど、そこができてから自炊もしやすくなって助かってます」
「へぇ、あのボーリング場なくなったのか。大学時代はたまに行ってたけどな。やっぱり何年か経つといろいろ変わるものなんだな」
大学時代の思い出話なんかをしながら歩いていると、晴が一瞬寂しそうな顔を見せた気がした。
うん? 俺、何か変なこと言ったっけ?
そんなことを思っているうちにあっという間にスーパーに着いた。
スーパーに着くと晴はカゴをカートに乗せ、食材を選んではカゴに入れていった。
カートに寄りかかって歩くと少しは足が楽らしい。
晴はお肉コーナーでどれにしようか悩んでいたが
「隆之さんは洋食と和食どちらか好きですか?」
と尋ねてきた。
俺は、咄嗟に晴が好きだよと答えたくなるのをぐっと抑えて、どちらも好きだけど、さっき洋食食べたから和食がいいかなと答えた。
「和食ですね。じゃあ、肉じゃがにします。僕、肉じゃがは自信あるんですよ」
晴が『ふふっ』と笑いながら自慢げに話すのが可愛くて愛しくて、ああ、早く一緒に暮らして毎日こんな生活味わいたいと妄想が膨らんで顔のにやけが止まらなかった。
俺のだらしない顔を見られたか、ヤバいと焦って晴を見たが、晴は
「うちの肉じゃがは牛肉なんですよね」
と言いながら肉選びに夢中で気づいていなかったことに心底ホッとした。
買い物をなんとか無事に終え、俺は片手で荷物を持ちもう片方の手で晴の腰を支えながら晴の自宅へと向かった。
「いっぱい歩いて酷くなっていないか? 帰ったらまず足の湿布を取り替えよう」
「はい。ありがとうございます」
どうやら自宅だと恥ずかしがらずに替えさせてくれるらしい。
俺は晴のパーソナルスペースに入り込むのを許されたような気がして嬉しくなった。
「ここが僕のアパートです」
着いたアパートは全部で6室の小さめのアパートで、男子大学生の一人暮らしには可愛らしい外観で晴のイメージ通りだなと思った。
「あれ?香月くん。今、帰りかい?今日は早いな」
突然かけられた声に二人が振り返ると、
60代、いや50代くらいだろうか、グレイヘアーがダンディーな長身の男性が立っていた。
「ああ、大家さん。今日はバイトお休みなんです」
「そうか。その人は?」
大家さんと呼ばれた男性が俺を見て、晴に尋ねる。
あ、このタイプの人は自分から挨拶した方がいいな
咄嗟にそう判断した俺は晴が答える前に自分から挨拶した。
ジャケットの胸ポケットから名刺を出し、彼に差し出しながら
「香月くんのアパートの大家さんですか。私は小蘭堂の早瀬と申します。この度は香月くんが足を怪我したので、ご自宅までお送りした次第です」
と伝えると、彼はひどく驚いた様子で晴に駆け寄った。
「大丈夫なのか?」
「早瀬さんに助けていただいて、湿布も貼っていただいたのでもう大丈夫です」
晴が笑顔でそう答えたので、彼はやっと安心した表情を見せた。
「そうか、良かった。何かあったらいつでも声をかけてくれ。あ、早瀬さん、申し遅れました。私は林田と言います。このアパートと他にもいくつかアパートを経営しています。以前は横浜のホテルで料理人をしていたんですがね……」
林田の話が面白くて、つい聞き入ってしまった。
晴のおかげでいろいろな知り合いができるな。
林田さんとも名刺交換ができて良かった。
あとで例の件も念のために頼んでおかなければ…。
ひとしきり、林田さんとの立ち話を楽しんでいたが晴の足も心配だったので、『それじゃあまた』と声をかけ、晴の部屋へと向かった。
「そうだな。リュウールも商品の販売時期との兼ね合いもあるだろうから、香月くんには三日間よく考えてもらおうか。その間に上層部に話も通しておくし、もし、香月くんが無理なら田村さんにもまた探してもらう必要がある。だから、三日が限度だな。香月くん、それでいいだろうか?」
「はい。僕がすぐに決断できなくてすみません。僕がリュウールさんの要望に応えられるようなモデルになれるのか自信が出なくて、決心できずにいます……」
晴は申し訳なさそうに俯くが、こんなに悩みながらもやらないという判断ができずにいるのは、自分が断ってリュウールの商品を埋もれさせてしまうことになったらと思うと嫌なんだろう。
ただ、自分が企業媒体となる自信もすぐには見出せない。
ここは悩みどころだな。
「香月くん。時間はまだある。ゆっくり頭の中で整理して考えて、自分の納得できる答えを出そう。うちは強制したりはしない。強制してやらせても良い広告はできないからね」
俺の言葉に晴はハッとして顔を上げた。
「そう、そうですね。心からその商品のことを思わなければ良い広告はできないですよね。早瀬さん、ありがとうございます。僕、ちゃんと考えます」
晴の言葉に部長たちも大きく頷いた。
「よろしく頼むよ。君がどちらに決めたとしても三日後にまた来てもらえるかな。私は直接君から返事を聞きたい。どちらを選んでも君に不利な事になどならないから安心してくれ」
「わかりました。三日後に伺います。今日はお忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました」
晴が部長たちに丁寧なお辞儀をして、その場はお開きになった。
晴と一緒にエレベーターへ向かっていると結城さんが声をかけてきた。
「あ、早瀬、今日の予定はどうなってる?」
「今日は一日リュウールの件で田村さんと打ち合わせして、そのまま直帰の予定でした。なので、今日はこれから香月くんを送っていきますね」
「たか…早瀬さん、大丈夫です。僕、一人で帰れますから」
「聞いただろ? 今日の予定はもう終わったんだ。足も心配だし、ちゃんと家まで送らせて」
「でも……朝トラブルに巻き込んでしまったために、忙しい早瀬さんにずっと付き添っていただいて申し訳ないのに、この上家まで送っていただくなんて心苦しいんです」
そんなことを言う晴に結城さんがにっこりと笑顔を向ける。
「香月くん、君がもしモデルをやると決めたのなら、うちにとって君は大事なクライアントの金の卵だ。もしやらないとしても君は我が社の大事な社員になるんだよ。怪我をしている君を一人で帰すなんてそんなことはさせない。早瀬が君を送るのはある意味業務の一環だ。だから、心配しないで家まで送ってもらいなさい」
「はい。余計な気を遣ってすみませんでした。ありがとうございます。よろしくお願いします」
晴は結城さんの言葉に涙を浮かべながら頭を下げた。
「じゃあ、結城さん。香月くんを送ってそのまま直帰しますので、後はよろしくお願いします」
そう言って俺は晴と二人エレベーターでエントランスに向かった。
受付でゲストカードを返して小蘭堂のビルを後にした。
「さて、もうお昼も過ぎたな。どこかでランチでもして帰ろうか」
「隆之さん、もし良かったらうちでご飯食べて行きませんか?大したものは作れないですけど、今日いろいろお世話になったので……お礼代わりにはならないかもですけど」
「えっ? いいのかい? 喜んでお邪魔するよ!」
晴の手料理なんてあまりにも嬉しくて誘いに飛び付いてしまった。
俺、こんな幸せでいいんだろうか。
「じゃあタクシー乗ろうか。途中で買い物とかする?」
「あ、うちのすぐ近くにスーパーあるんで、そこで降りていいですか?」
俺はウキウキとした気持ちをもはや隠すこともできずに、意気揚々とタクシーを止めた。
タクシーに乗り込む際に屈むのが痛そうで、晴が異を唱える間も無く、さっと横抱きにしてタクシーに座らせた。
晴は声も無く驚いていたが、みるみるうちに顔を真っ赤にして大声をあげそうだったので、俺はさっと晴の口に人差し指を当て、しーっとジェスチャーをした。
晴は、タクシーの中だということにハッと気付いて大声を出しそうになったのを両手で口を抑えた。
俺はそんな可愛い晴の仕草に笑みをこぼしながら、運転手にどこに行けばいいか伝えてと晴に促した。
「あ、すみません。運転手さん、桜城大学の裏門の方までお願いします」
運転手は「裏門ですね」といって、車を走らせた。
15分ほど走って、タクシーは大学の裏門前に到着した。
晴は料金を支払おうとしたが、食事作ってくれるんだからここは払わせてと俺がいい含め、料金を支払った。
タクシーを降りると久しぶりの大学に懐かしさでいっぱいになった。
あれ? そういえば裏門近くにスーパーとかあったっけ? と大学時代のことを思い出してみたが記憶にない。
「晴、この辺にスーパーできたのか? 俺が大学時代は何もなくて、結構不便だったんだが……」
「はい。2年くらい前にここの近くにあったボーリング場がなくなって、スーパーができたんですよ! それまで離れたところまで行かないといけなかったので不便でしたけど、そこができてから自炊もしやすくなって助かってます」
「へぇ、あのボーリング場なくなったのか。大学時代はたまに行ってたけどな。やっぱり何年か経つといろいろ変わるものなんだな」
大学時代の思い出話なんかをしながら歩いていると、晴が一瞬寂しそうな顔を見せた気がした。
うん? 俺、何か変なこと言ったっけ?
そんなことを思っているうちにあっという間にスーパーに着いた。
スーパーに着くと晴はカゴをカートに乗せ、食材を選んではカゴに入れていった。
カートに寄りかかって歩くと少しは足が楽らしい。
晴はお肉コーナーでどれにしようか悩んでいたが
「隆之さんは洋食と和食どちらか好きですか?」
と尋ねてきた。
俺は、咄嗟に晴が好きだよと答えたくなるのをぐっと抑えて、どちらも好きだけど、さっき洋食食べたから和食がいいかなと答えた。
「和食ですね。じゃあ、肉じゃがにします。僕、肉じゃがは自信あるんですよ」
晴が『ふふっ』と笑いながら自慢げに話すのが可愛くて愛しくて、ああ、早く一緒に暮らして毎日こんな生活味わいたいと妄想が膨らんで顔のにやけが止まらなかった。
俺のだらしない顔を見られたか、ヤバいと焦って晴を見たが、晴は
「うちの肉じゃがは牛肉なんですよね」
と言いながら肉選びに夢中で気づいていなかったことに心底ホッとした。
買い物をなんとか無事に終え、俺は片手で荷物を持ちもう片方の手で晴の腰を支えながら晴の自宅へと向かった。
「いっぱい歩いて酷くなっていないか? 帰ったらまず足の湿布を取り替えよう」
「はい。ありがとうございます」
どうやら自宅だと恥ずかしがらずに替えさせてくれるらしい。
俺は晴のパーソナルスペースに入り込むのを許されたような気がして嬉しくなった。
「ここが僕のアパートです」
着いたアパートは全部で6室の小さめのアパートで、男子大学生の一人暮らしには可愛らしい外観で晴のイメージ通りだなと思った。
「あれ?香月くん。今、帰りかい?今日は早いな」
突然かけられた声に二人が振り返ると、
60代、いや50代くらいだろうか、グレイヘアーがダンディーな長身の男性が立っていた。
「ああ、大家さん。今日はバイトお休みなんです」
「そうか。その人は?」
大家さんと呼ばれた男性が俺を見て、晴に尋ねる。
あ、このタイプの人は自分から挨拶した方がいいな
咄嗟にそう判断した俺は晴が答える前に自分から挨拶した。
ジャケットの胸ポケットから名刺を出し、彼に差し出しながら
「香月くんのアパートの大家さんですか。私は小蘭堂の早瀬と申します。この度は香月くんが足を怪我したので、ご自宅までお送りした次第です」
と伝えると、彼はひどく驚いた様子で晴に駆け寄った。
「大丈夫なのか?」
「早瀬さんに助けていただいて、湿布も貼っていただいたのでもう大丈夫です」
晴が笑顔でそう答えたので、彼はやっと安心した表情を見せた。
「そうか、良かった。何かあったらいつでも声をかけてくれ。あ、早瀬さん、申し遅れました。私は林田と言います。このアパートと他にもいくつかアパートを経営しています。以前は横浜のホテルで料理人をしていたんですがね……」
林田の話が面白くて、つい聞き入ってしまった。
晴のおかげでいろいろな知り合いができるな。
林田さんとも名刺交換ができて良かった。
あとで例の件も念のために頼んでおかなければ…。
ひとしきり、林田さんとの立ち話を楽しんでいたが晴の足も心配だったので、『それじゃあまた』と声をかけ、晴の部屋へと向かった。
応援ありがとうございます!
32
お気に入りに追加
1,050
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる