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無垢な晴とアルの嫉妬
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しばらくして、森崎刑事が同行の年下刑事を連れて事務所に来た頃、アルと理玖もちょうど事務所へとやってきた。
みんなで広めの応接室へと向かい、ソファーに座ると伊藤さんは人数分のお茶を置いて部屋を後にした。
扉が閉められたのを確認して、森崎刑事が話を始めた。
「先程はご連絡ありがとうございました。私、東巫署の森崎といいます。隣は同じく刑事の田ノ上です」
そう言って二人とも警察手帳を開いて見せてから、
「話を始める前に、香月くんと皆さんのご関係をお伺いしても宜しいでしょうか?」
と聞いてきた。
みんながそれぞれ関係を話すと、田ノ上刑事は警察手帳にしっかりと書き込み、森崎刑事の方は話に嘘がないかを確かめるようにじっくりと顔を見つめて話を聞いていた。
「なるほど。よく分かりました。ありがとうございます。早速ですが、先程電話で仰っていた電話の録音を聴かせていただけますか?」
田村さんはジャケットの内ポケットからスマホを取り出しテーブルに置くと、会話を録音したものをスピーカーでみんなに聴かせた。
ーはい。お電話代わりました。リヴィエラ代表の田村と申します。
ーそこに昨日、香月っていうやつ来ただろ。今度いつ来るか教えろ! それとも、もしかして今来てるのか?
ーどちらでお聞きになったかは存じませんが、第三者の方に所属の有無を申し上げることはできませんし、もしこちらに所属していたとしても、個人のスケジュールに関してお教えはできかねます。
ーおい、お前、ふざけんなよ。あいつのせいであすかちゃんがどんな目に合ってるのかわかってんのか? 来てるんならさっさと教えろよ!
ーまず、貴方様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?
ーああ? 真島だよ、真島亮太。
ーでは、真島様。なぜこちらにその方がいらっしゃると思われたんでしょうか?
ーそこに昨日入っていくところを見たんだよ! 背の高い男と一緒にな。だから嘘ついてもムダだからな! さっさと教えないと、あいつだけじゃなくて他の奴らも痛い目見るぞ!
そこ、モデル事務所なんだろ、女が何人か入っていくとこ見たぜ。大切な商売道具をケガさせられたくなかったら、香月の居場所教えろ!
ー居場所といわれましても、ご自宅にいらっしゃるのでは?
ーああ? 自宅なんかとっくに探してるさ! 家に帰ってきてる気配はねーし、バイト先にも来てない! 大学にも来てねーし、見かけたのはここだけだ! 昨日はずっとあの男が香月に張り付いてたから近づけなかったけど、さすがに毎日は一緒にいないだろうからな。
あいつのせいで、あすかちゃんが警察に連れて行かれたままなんだよ! 一緒に住んでたのにあいつのせいで! 早く返せよ! あすかちゃんはオレのなんだよ! 早く返せ!
ー何度言われましても、お答えはできかねます。
ーはあ? お前、ふざけやがって!! あいつと一緒にお前もヤってやるからな! 覚悟しとけよ!
怒声が部屋中に響き渡ったところで、田村さんはゆっくりと停止ボタンを押した。
録音を聴き終わっても誰も身動きひとつせず広い応接室にただただ静寂が訪れた。
俺は心配になって隣に座っている晴の顔を見ると、恐怖を感じたのか青褪めた顔をして少し震えているようだ。
晴の手を片方の手でぎゅっと握って、もう片方の手で頭を撫でながら大丈夫か? と耳元で尋ねると晴は俺の肩にぽすんと頭を乗せ、顔をおれの胸に寄せて目を瞑った。
「僕のせいで誰かが傷ついたりするのは嫌だ。隆之さん、どうしたらいい?」
晴は少し涙声で訴えかけてくる。
「大丈夫だよ。もう誰も傷ついたりしないようにみんな集まってくれてるから、ねっ」
晴をそう宥めていると、目の前に座っている森崎刑事が言いにくそうに口を開いた。
「あ、あのー……お話伺ってもよろしいですか?」
森崎の声に俺がふと正面を向くと、みんなが二人に注目していた。
「ああ、失礼。彼は昨日襲われた時のことをフラッシュバックして怖い思いをしていたので……先程の怒声を聞いてそれを思い出したかと心配になって……」
「そうでしたか。香月くん、大丈夫ですか?」
「は、はい」
「じゃあ少しお話を伺っていきますね。香月くんは昨日はいつ頃ここの事務所に来ましたか?」
「え、えっと15時頃だったと思います。本当はお昼前には行くはずだったんですけど……」
晴が口籠もったので俺が説明を続ける。
「あの事件が起こったので、一階のカフェで休んでから事務所に行きました。時間は晴が言うように15時頃だったと思います」
「なるほど。あなたも一緒に事務所に行かれたんですか?」
「はい。一緒に着いて行きました」
「それではその時真島が見ていたということになりますね。15時頃、ここに入っていくのを見たというならこの辺の聞き込みと防犯カメラの映像を調べますか?」
隆之の言葉に田ノ上刑事が森崎刑事に向かって話しかける。
「三浦あすかの供述を聞く限り仲間は真島だけのようで、我々も真島の行方を探しているんですが、なかなか足取りが掴めなくて」
森崎は頭を掻きながら心底困ったような表情をした。
「あの! その三浦あすかの供述って俺たちに教えてもらえないんですか? なんで、あいつらがこんなに執拗に香月を追いかけ回すのかも理解できねーし、何か理由があるなら香月も対処の仕様があると思うし」
理玖はまだ青褪めている晴を見やりながら森崎に尋ねた。
「リク。良く言ってくれたよ。刑事さん、私も是非聞かせて欲しい。ハルを守るためにも」
アルはリクの髪にさっとキスをし抱き寄せながら、森崎にそう訴えた。
人前でしかも晴の前で髪にとはいえキスをされ、抱き寄せられた理玖は顔を真っ赤にしていたのが、少し可哀想だったが……。
まぁ大丈夫だろ、刑事たちはアルが外国人だからかスキンシップが少し多いなくらいにしか思ってないよ……多分。
森崎は田ノ上にちょっと目配せしてから、晴に問いかけた。
「香月くん、犯人の供述は本当は被害者や保護者の方のみにお教えするんですが……皆さんにお話してもいいのかな?」
「……はい。僕も自分一人で聞くより、皆さんに聞いてもらったほうが安心します」
「わかりました。三浦が香月くんをターゲットにしたそもそものきっかけは、インカレで知り合った他校の学生からあんたより香月晴の方が何倍も可愛い、あんたは香月晴がいなくならない限り、大学No. 1にはなれないと言われたことだそうです」
晴のことが愛しくてたまらない俺にとってみればあの女より晴が何倍も可愛いという主張は正しいと思える意見であったが、晴は驚きを隠せない様子だった。
「最初は自分の美しさに対する嫉妬からの戯言だと聞き流していたそうなんですが、気になって香月くんのことを周りに聞いてまわったら、みんなが香月くんを天使のように可愛いと褒め称える。このままでは自分の立場が脅かされると三浦に焦りが出始めた。もはや香月くんの存在は三浦にとって脅威でしかなく、考えた末に香月くんを彼氏にすることで自分は香月くんに選ばれた存在であり、自分の方が上だと周りに知らしめようと思い至った」
晴が天使のように尊く可愛いのは誰もが納得するところだろうが、とんでもないことを思いつくな、あの女は。
何が選ばれた存在だ、ふざけてる。
「ところが学年も学部も違う三浦は香月くんに学内で会う機会がなく、いつどこに行けば会えるかを調べようと考えた時、たまたま同じサークルの真島から付き合って欲しいと告白され、香月くんと同じ学部の真島ならいろいろ調べられると思った三浦は付き合ってやる代わりに香月くんの身辺を真島に調べさせた」
ああ、それで真島と繋がったのか。
でもよくそんな交換条件飲んだな、真島は。
あの女に真島への気持ちなんて雀の涙ほどもないことは明白だろうに。
それでもいいからあの女の傍にいたかったのか……馬鹿な男だな。
「やっと見つけた香月くんとの出会いは失敗し、バイト先に行っても門前払いされ、香月くんの自宅で料理を作って待っていたのに帰ってこず、香月くんにコケにされたと感じた三浦は気がついた時には家の中がめちゃくちゃになっていたと」
そんな理由で晴のあの部屋をめちゃくちゃにしたのか、あいつは。
「最初は香月くんを恋人にさえしてしまえばいいと思っていたが、怪我でもさせて目の前からいなくなってもらうのが一番手っ取り早いと考えたそうで、真島にバイト先を張らせて香月くんが来る日を調べさせ、待ち伏せして凶行に至ったということです。本人曰く、少し痛い目に合わせれば言うことを聞くんじゃないかと思い、香月くんに怪我をさせて自宅に監禁状態にさせ、自分が献身的に看病することで香月くんが三浦だけを信頼するようになり、恋人だと思い込む、いわゆるストックホルム症候群を狙ったものだと思われます」
ああ、こんなバカな女に晴が怪我させられなくて本当に良かった。
「そんなつまらない理由で香月を刃物で怪我させようとするなんて、ほんとフザけてるな、そいつ。でその女、真島のことはどう言ってるんですか?」
「はい。真島はとにかく自分の思い通りに動いてくれたと。香月くんの部屋を出てから捕まるまでの数日は真島の家にいたと供述していて、その間二人に肉体関係はあったようです」
あの女は真島に言うことを聞かせるために、真島に自分と付き合っているという実感を持たせる必要があったんだろう。
だから、その見返りに体を差し出していた。いや、元々体だけのつもりだったのかもしれないな。
そんな考えの汚い女が晴の恋人になろうなんて、烏滸がましいにもほどがあるな。
「……あの、何ですか? 肉体関係って?」
晴の純粋な疑問の声が部屋中に広がる。
「はっ?」
「………」
「………」
水を打ったような静けさの中、みんなが何とも言えない表情を浮かべ顔を見合わせている。
「???」
晴はそんなみんなのただならぬ様子になんとも言えない表情で辺りを見回している。
「……はぁ……香月、おまえ……」
理玖は頭を抱えて、何と説明しようか考えあぐねているようだ。
「晴、後で説明するから」
晴の耳元でそう囁くと、
「んっ? はい……わかりました」
と少し納得してなさそうな顔をしたものの、にっこりと微笑んで了承してくれた。
森崎は大きな咳払いをしてから、
「とにかく、真島は香月くんが三浦を……えー、その……真島から奪って返さないようにしていると……勘違い……そう、勘違いして香月くんを探し回っているものと思われます。先程の会話を聞く限り、香月くんが誤解を解こうと近寄ったら、聞く耳を持たずに襲ってきそうな状態ですので、香月くんは出来るだけ一人で出歩くことがないように注意してください」
「はい。わかりました」
晴の返事を聞いて、森崎、田ノ上両刑事はお互いに顔を見合わせてアイコンタクトをとり、とりあえず今日のところはこの辺でと話を切り上げた。
田村さんに先程の会話が録音されているUSBのコピーを証拠として提出してもらうための書類にサインしてもらい、不備がないかを確認し、何か不審なことや気になる事があればいつでも連絡してくださいという言葉を残して帰っていった。
広い応接室に理玖とアル、そして田村さんと俺たちが残され、せっかくだからこれからのことについて話し合おうと提案してくれたアルの言葉に感謝して、話を始める。
「真島はここに入る晴を見ているから、とりあえずの対策としては、このビルには近づかないようにすることか。まあ、リヴィエラさんとの契約も無事に決まったし、次からはリュウール本社での話し合いに入っていくから、現地集合にしておけば事務所に来ること自体は減るだろう。あとはバイトかな。バイトのシフトはどうなってる?」
「アルバイトの方は真島の件が解決するまでは休んだほうがいいだろう。それよりもリヴィエラさんとの契約ということはハルはモデルを始めたのかい?」
ああ、そういえばバタバタしていて晴がモデルに推薦されたことやリヴィエラとモデル契約をしたことを伝えるのを忘れていたな。
まだリュウールとの顔合わせが終わっていないから本決まりではないが、ほぼ確定だし、撮影が始まればバイトの時間が取れるかどうか……。その件も含めてアルには頼んでおいた方がいいか。
「まだ企業との顔合わせが終わっていないので本決まりではないが、こちらにいる田村さんに、晴がある企業のポスターモデルに推薦されて、晴も了承してくれたので、昨日ここの事務所との専属契約を結んだんだ。ちょうどそこを真島に見られたんだな。週明けには企業との顔合わせがあって問題がなければ撮影まで進んでいくから、当分バイトへの時間は割けないと思う。何か危険な目に遭うのも心配だから、全てが終わるまではバイトは行けなくなると思ってもらった方がいいと思うが、カフェは大丈夫かな? もし晴のいない間の人員が必要なら私が責任持って探すが……」
従業員から一人減るんだ。シュパースはランチもディナーも賑わっているから一人減れば他の従業員への負担も大きいだろう。その皺寄せがいってはいけない。
「 Kein Problem.みんな協力してくれるさ。そんな時こその仲間だよ。心配しないでいい。そうだろ?リク」
アルは申し訳なさそうな顔をしているハルに笑顔を向け、リクに相槌を求める。
「ああ! 俺、就活も卒論も終わったし、時間には余裕があるから香月の分くらい働けるさ。鷹斗さんも比呂さんも香月のこと心配してなんでも頼ってって言ってたぜ! それよりも、モデルなんてすげーじゃん!! 楽しみだな」
理玖が晴の傍に駆け寄り、頭をわしゃわしゃとわざと少し乱暴に撫でながら、晴がモデルに選ばれたことを純粋に喜びを表していた。
晴はそんな理玖や周りの優しさに涙を流して喜んでいる。
「香月、泣くなよ。俺まで釣られるだろう。ほんと楽しみにしてるんだからな。バイトのことは気にすんな」
「うん、理玖……ありがとう」
晴はそう言って理玖に思いっきり抱きついた。
理玖も晴の涙に感極まったのか、二人で頬を寄せ合いながらぎゅうぎゅうと抱きしめあっている。
ふと、アルを見ると目に嫉妬の炎が見えた。
これは……ヤバい。
引き離さないと! と思った瞬間、アルがさっと二人の間に入り、気づいた時には理玖はアルの腕の中にいた。
そして、理玖の耳元に小声で何かを話すと、理玖は顔を真っ赤にして黙り込んだ。
急に黙り込んだ理玖を晴は不思議そうに見つめていた。
晴や田村さんには聞こえなかっただろうが、俺にはアルが何と言ったのかわかった。
「私の目の前で他の男と抱き合うなんて今日はお仕置きだよ」
と。
ああ、理玖。
嫉妬に狂う男は獰猛になるぞ。今夜は寝られないかもな……。
みんなで広めの応接室へと向かい、ソファーに座ると伊藤さんは人数分のお茶を置いて部屋を後にした。
扉が閉められたのを確認して、森崎刑事が話を始めた。
「先程はご連絡ありがとうございました。私、東巫署の森崎といいます。隣は同じく刑事の田ノ上です」
そう言って二人とも警察手帳を開いて見せてから、
「話を始める前に、香月くんと皆さんのご関係をお伺いしても宜しいでしょうか?」
と聞いてきた。
みんながそれぞれ関係を話すと、田ノ上刑事は警察手帳にしっかりと書き込み、森崎刑事の方は話に嘘がないかを確かめるようにじっくりと顔を見つめて話を聞いていた。
「なるほど。よく分かりました。ありがとうございます。早速ですが、先程電話で仰っていた電話の録音を聴かせていただけますか?」
田村さんはジャケットの内ポケットからスマホを取り出しテーブルに置くと、会話を録音したものをスピーカーでみんなに聴かせた。
ーはい。お電話代わりました。リヴィエラ代表の田村と申します。
ーそこに昨日、香月っていうやつ来ただろ。今度いつ来るか教えろ! それとも、もしかして今来てるのか?
ーどちらでお聞きになったかは存じませんが、第三者の方に所属の有無を申し上げることはできませんし、もしこちらに所属していたとしても、個人のスケジュールに関してお教えはできかねます。
ーおい、お前、ふざけんなよ。あいつのせいであすかちゃんがどんな目に合ってるのかわかってんのか? 来てるんならさっさと教えろよ!
ーまず、貴方様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?
ーああ? 真島だよ、真島亮太。
ーでは、真島様。なぜこちらにその方がいらっしゃると思われたんでしょうか?
ーそこに昨日入っていくところを見たんだよ! 背の高い男と一緒にな。だから嘘ついてもムダだからな! さっさと教えないと、あいつだけじゃなくて他の奴らも痛い目見るぞ!
そこ、モデル事務所なんだろ、女が何人か入っていくとこ見たぜ。大切な商売道具をケガさせられたくなかったら、香月の居場所教えろ!
ー居場所といわれましても、ご自宅にいらっしゃるのでは?
ーああ? 自宅なんかとっくに探してるさ! 家に帰ってきてる気配はねーし、バイト先にも来てない! 大学にも来てねーし、見かけたのはここだけだ! 昨日はずっとあの男が香月に張り付いてたから近づけなかったけど、さすがに毎日は一緒にいないだろうからな。
あいつのせいで、あすかちゃんが警察に連れて行かれたままなんだよ! 一緒に住んでたのにあいつのせいで! 早く返せよ! あすかちゃんはオレのなんだよ! 早く返せ!
ー何度言われましても、お答えはできかねます。
ーはあ? お前、ふざけやがって!! あいつと一緒にお前もヤってやるからな! 覚悟しとけよ!
怒声が部屋中に響き渡ったところで、田村さんはゆっくりと停止ボタンを押した。
録音を聴き終わっても誰も身動きひとつせず広い応接室にただただ静寂が訪れた。
俺は心配になって隣に座っている晴の顔を見ると、恐怖を感じたのか青褪めた顔をして少し震えているようだ。
晴の手を片方の手でぎゅっと握って、もう片方の手で頭を撫でながら大丈夫か? と耳元で尋ねると晴は俺の肩にぽすんと頭を乗せ、顔をおれの胸に寄せて目を瞑った。
「僕のせいで誰かが傷ついたりするのは嫌だ。隆之さん、どうしたらいい?」
晴は少し涙声で訴えかけてくる。
「大丈夫だよ。もう誰も傷ついたりしないようにみんな集まってくれてるから、ねっ」
晴をそう宥めていると、目の前に座っている森崎刑事が言いにくそうに口を開いた。
「あ、あのー……お話伺ってもよろしいですか?」
森崎の声に俺がふと正面を向くと、みんなが二人に注目していた。
「ああ、失礼。彼は昨日襲われた時のことをフラッシュバックして怖い思いをしていたので……先程の怒声を聞いてそれを思い出したかと心配になって……」
「そうでしたか。香月くん、大丈夫ですか?」
「は、はい」
「じゃあ少しお話を伺っていきますね。香月くんは昨日はいつ頃ここの事務所に来ましたか?」
「え、えっと15時頃だったと思います。本当はお昼前には行くはずだったんですけど……」
晴が口籠もったので俺が説明を続ける。
「あの事件が起こったので、一階のカフェで休んでから事務所に行きました。時間は晴が言うように15時頃だったと思います」
「なるほど。あなたも一緒に事務所に行かれたんですか?」
「はい。一緒に着いて行きました」
「それではその時真島が見ていたということになりますね。15時頃、ここに入っていくのを見たというならこの辺の聞き込みと防犯カメラの映像を調べますか?」
隆之の言葉に田ノ上刑事が森崎刑事に向かって話しかける。
「三浦あすかの供述を聞く限り仲間は真島だけのようで、我々も真島の行方を探しているんですが、なかなか足取りが掴めなくて」
森崎は頭を掻きながら心底困ったような表情をした。
「あの! その三浦あすかの供述って俺たちに教えてもらえないんですか? なんで、あいつらがこんなに執拗に香月を追いかけ回すのかも理解できねーし、何か理由があるなら香月も対処の仕様があると思うし」
理玖はまだ青褪めている晴を見やりながら森崎に尋ねた。
「リク。良く言ってくれたよ。刑事さん、私も是非聞かせて欲しい。ハルを守るためにも」
アルはリクの髪にさっとキスをし抱き寄せながら、森崎にそう訴えた。
人前でしかも晴の前で髪にとはいえキスをされ、抱き寄せられた理玖は顔を真っ赤にしていたのが、少し可哀想だったが……。
まぁ大丈夫だろ、刑事たちはアルが外国人だからかスキンシップが少し多いなくらいにしか思ってないよ……多分。
森崎は田ノ上にちょっと目配せしてから、晴に問いかけた。
「香月くん、犯人の供述は本当は被害者や保護者の方のみにお教えするんですが……皆さんにお話してもいいのかな?」
「……はい。僕も自分一人で聞くより、皆さんに聞いてもらったほうが安心します」
「わかりました。三浦が香月くんをターゲットにしたそもそものきっかけは、インカレで知り合った他校の学生からあんたより香月晴の方が何倍も可愛い、あんたは香月晴がいなくならない限り、大学No. 1にはなれないと言われたことだそうです」
晴のことが愛しくてたまらない俺にとってみればあの女より晴が何倍も可愛いという主張は正しいと思える意見であったが、晴は驚きを隠せない様子だった。
「最初は自分の美しさに対する嫉妬からの戯言だと聞き流していたそうなんですが、気になって香月くんのことを周りに聞いてまわったら、みんなが香月くんを天使のように可愛いと褒め称える。このままでは自分の立場が脅かされると三浦に焦りが出始めた。もはや香月くんの存在は三浦にとって脅威でしかなく、考えた末に香月くんを彼氏にすることで自分は香月くんに選ばれた存在であり、自分の方が上だと周りに知らしめようと思い至った」
晴が天使のように尊く可愛いのは誰もが納得するところだろうが、とんでもないことを思いつくな、あの女は。
何が選ばれた存在だ、ふざけてる。
「ところが学年も学部も違う三浦は香月くんに学内で会う機会がなく、いつどこに行けば会えるかを調べようと考えた時、たまたま同じサークルの真島から付き合って欲しいと告白され、香月くんと同じ学部の真島ならいろいろ調べられると思った三浦は付き合ってやる代わりに香月くんの身辺を真島に調べさせた」
ああ、それで真島と繋がったのか。
でもよくそんな交換条件飲んだな、真島は。
あの女に真島への気持ちなんて雀の涙ほどもないことは明白だろうに。
それでもいいからあの女の傍にいたかったのか……馬鹿な男だな。
「やっと見つけた香月くんとの出会いは失敗し、バイト先に行っても門前払いされ、香月くんの自宅で料理を作って待っていたのに帰ってこず、香月くんにコケにされたと感じた三浦は気がついた時には家の中がめちゃくちゃになっていたと」
そんな理由で晴のあの部屋をめちゃくちゃにしたのか、あいつは。
「最初は香月くんを恋人にさえしてしまえばいいと思っていたが、怪我でもさせて目の前からいなくなってもらうのが一番手っ取り早いと考えたそうで、真島にバイト先を張らせて香月くんが来る日を調べさせ、待ち伏せして凶行に至ったということです。本人曰く、少し痛い目に合わせれば言うことを聞くんじゃないかと思い、香月くんに怪我をさせて自宅に監禁状態にさせ、自分が献身的に看病することで香月くんが三浦だけを信頼するようになり、恋人だと思い込む、いわゆるストックホルム症候群を狙ったものだと思われます」
ああ、こんなバカな女に晴が怪我させられなくて本当に良かった。
「そんなつまらない理由で香月を刃物で怪我させようとするなんて、ほんとフザけてるな、そいつ。でその女、真島のことはどう言ってるんですか?」
「はい。真島はとにかく自分の思い通りに動いてくれたと。香月くんの部屋を出てから捕まるまでの数日は真島の家にいたと供述していて、その間二人に肉体関係はあったようです」
あの女は真島に言うことを聞かせるために、真島に自分と付き合っているという実感を持たせる必要があったんだろう。
だから、その見返りに体を差し出していた。いや、元々体だけのつもりだったのかもしれないな。
そんな考えの汚い女が晴の恋人になろうなんて、烏滸がましいにもほどがあるな。
「……あの、何ですか? 肉体関係って?」
晴の純粋な疑問の声が部屋中に広がる。
「はっ?」
「………」
「………」
水を打ったような静けさの中、みんなが何とも言えない表情を浮かべ顔を見合わせている。
「???」
晴はそんなみんなのただならぬ様子になんとも言えない表情で辺りを見回している。
「……はぁ……香月、おまえ……」
理玖は頭を抱えて、何と説明しようか考えあぐねているようだ。
「晴、後で説明するから」
晴の耳元でそう囁くと、
「んっ? はい……わかりました」
と少し納得してなさそうな顔をしたものの、にっこりと微笑んで了承してくれた。
森崎は大きな咳払いをしてから、
「とにかく、真島は香月くんが三浦を……えー、その……真島から奪って返さないようにしていると……勘違い……そう、勘違いして香月くんを探し回っているものと思われます。先程の会話を聞く限り、香月くんが誤解を解こうと近寄ったら、聞く耳を持たずに襲ってきそうな状態ですので、香月くんは出来るだけ一人で出歩くことがないように注意してください」
「はい。わかりました」
晴の返事を聞いて、森崎、田ノ上両刑事はお互いに顔を見合わせてアイコンタクトをとり、とりあえず今日のところはこの辺でと話を切り上げた。
田村さんに先程の会話が録音されているUSBのコピーを証拠として提出してもらうための書類にサインしてもらい、不備がないかを確認し、何か不審なことや気になる事があればいつでも連絡してくださいという言葉を残して帰っていった。
広い応接室に理玖とアル、そして田村さんと俺たちが残され、せっかくだからこれからのことについて話し合おうと提案してくれたアルの言葉に感謝して、話を始める。
「真島はここに入る晴を見ているから、とりあえずの対策としては、このビルには近づかないようにすることか。まあ、リヴィエラさんとの契約も無事に決まったし、次からはリュウール本社での話し合いに入っていくから、現地集合にしておけば事務所に来ること自体は減るだろう。あとはバイトかな。バイトのシフトはどうなってる?」
「アルバイトの方は真島の件が解決するまでは休んだほうがいいだろう。それよりもリヴィエラさんとの契約ということはハルはモデルを始めたのかい?」
ああ、そういえばバタバタしていて晴がモデルに推薦されたことやリヴィエラとモデル契約をしたことを伝えるのを忘れていたな。
まだリュウールとの顔合わせが終わっていないから本決まりではないが、ほぼ確定だし、撮影が始まればバイトの時間が取れるかどうか……。その件も含めてアルには頼んでおいた方がいいか。
「まだ企業との顔合わせが終わっていないので本決まりではないが、こちらにいる田村さんに、晴がある企業のポスターモデルに推薦されて、晴も了承してくれたので、昨日ここの事務所との専属契約を結んだんだ。ちょうどそこを真島に見られたんだな。週明けには企業との顔合わせがあって問題がなければ撮影まで進んでいくから、当分バイトへの時間は割けないと思う。何か危険な目に遭うのも心配だから、全てが終わるまではバイトは行けなくなると思ってもらった方がいいと思うが、カフェは大丈夫かな? もし晴のいない間の人員が必要なら私が責任持って探すが……」
従業員から一人減るんだ。シュパースはランチもディナーも賑わっているから一人減れば他の従業員への負担も大きいだろう。その皺寄せがいってはいけない。
「 Kein Problem.みんな協力してくれるさ。そんな時こその仲間だよ。心配しないでいい。そうだろ?リク」
アルは申し訳なさそうな顔をしているハルに笑顔を向け、リクに相槌を求める。
「ああ! 俺、就活も卒論も終わったし、時間には余裕があるから香月の分くらい働けるさ。鷹斗さんも比呂さんも香月のこと心配してなんでも頼ってって言ってたぜ! それよりも、モデルなんてすげーじゃん!! 楽しみだな」
理玖が晴の傍に駆け寄り、頭をわしゃわしゃとわざと少し乱暴に撫でながら、晴がモデルに選ばれたことを純粋に喜びを表していた。
晴はそんな理玖や周りの優しさに涙を流して喜んでいる。
「香月、泣くなよ。俺まで釣られるだろう。ほんと楽しみにしてるんだからな。バイトのことは気にすんな」
「うん、理玖……ありがとう」
晴はそう言って理玖に思いっきり抱きついた。
理玖も晴の涙に感極まったのか、二人で頬を寄せ合いながらぎゅうぎゅうと抱きしめあっている。
ふと、アルを見ると目に嫉妬の炎が見えた。
これは……ヤバい。
引き離さないと! と思った瞬間、アルがさっと二人の間に入り、気づいた時には理玖はアルの腕の中にいた。
そして、理玖の耳元に小声で何かを話すと、理玖は顔を真っ赤にして黙り込んだ。
急に黙り込んだ理玖を晴は不思議そうに見つめていた。
晴や田村さんには聞こえなかっただろうが、俺にはアルが何と言ったのかわかった。
「私の目の前で他の男と抱き合うなんて今日はお仕置きだよ」
と。
ああ、理玖。
嫉妬に狂う男は獰猛になるぞ。今夜は寝られないかもな……。
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