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晴からの大事な話

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珍しく定時で仕事を終え、晴にメッセージを送って急いで帰宅したのだが、既読にならないままマンションまで着いてしまった。
晴はどこかに買い物にでも出かけているんだろうか?

「早瀬さま、お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま。あ、そうだ。晴はどこかへ出かけたか?」

「香月さまですか? いいえ、今日はお出かけになるところは見ておりませんが、他のものにも聞いてみましょうか?」

「いや、そこまではいい。家にいると思ったのだが、メッセージを送っても返事がなかったから。まぁ、手が離せないだけかもしれないし」

まだメッセージを送って30分ほどしかたっていないし、もしかしたら風呂にでも入っているのかもしれない。
ただ、一度襲われたあの時のことをつい思い出してしまって、晴と連絡が取れない時間があるとドキドキしてしまうんだ。

「何かございましたら、すぐにお呼びください」

「ああ、ありがとう。明後日も楽しみにしてるから」

俺は高木にそう話すと、足早にエレベーターへと向かった。

チャイムを鳴らしてみたが、駆け寄ってくる様子はない。
カチャリと鍵を開け、中に入ると今日出かけた時のままの綺麗な状態の玄関だった。
晴は部屋にいるのか?

「晴ー! 帰ったぞー!」

いつもなら声をかけずとも晴の方から駆け寄ってきてくれるのに……。
とりあえずリビングに入り、キッチンを眺めてから風呂を見てみたが、風呂にはいない。
キッチンも料理を作っている気配はなかった。

この時間に晴が何も作ってないなんて、これはいよいよおかしいかもしれない。

最後に寝室を見てみようと足を進めると、薄暗い書斎の中で晴が座り込んでいるのが見えた。

ああ、いた……。

まず晴がいたことにホッとした。

パチっと電気をつけ、

「晴、ただいま。こんなところでどうしたんだ?」

と声をかけると、晴はビクッと身体を震わせて手に持っていた何かを落とした。

「た、隆之さん……」

「悪かった。驚かせるつもりはなかったんだが……」

ふと見ると、さっき晴が落としたものが俺の足元に落ちている。

写真??

裏向きになった写真を拾い上げると、晴が『あっ』と焦った声をあげそれを見つめた。

なんの写真なんだ??

あっ、これは……

「俺のゼミの写真……ああ、懐かしいな。二階堂教授も写ってる」

今も変わってないか? と晴に尋ねてみたけれど、晴は教授より違うことの方が気になっているみたいだ。

「晴? どうした?」

晴はどうしようか悩んでいる様子だったが、意を決した表情で俺を見つめながら、

「あ、あのね、隆之さん、その……写真の隆之さんの、隣に写っている人なんだけど……」

「隣?」

晴にそう言われて気づいた。
俺の腕にくっついているやつがいる。
これは確か同じゼミの……

「この人は隆之さんの彼女さんだったの?」

「えっ? 彼女? いや、違う。ただの同じゼミの仲間だよ」

「仲間?」

「ああ、この子は誰にでもくっついてくるスキンシップの多い子なんだ。断じて彼女なんかじゃないよ。俺は晴に嘘なんかつかない」

そう。正確にいえば、付き合って欲しいと言われたことはある。
その時は違う彼女と付き合っていたから断ったが、彼女は俺じゃなくてもよかったんだ。
現に彼女は俺にこうやってくっついてきたりしながら、他のゼミのやつと付き合ってたし。

晴と知り合うまでは本気で付き合った子なんていなかったな。
告白されてその時付き合ってる子がいなければ付き合う感じだったし。

「そうなんだ……。隆之さんはこういう人が好きなんだと思って、どうして別れちゃったんだろうって思ったら、この写真から目が離せなくなっちゃって……勝手にみて、勝手に勘違いしてごめんなさい」

「いや、俺は晴に見られて困るものなんか何もないから気にしなくていいよ。この家にあるものは全部晴と共有していいんだ」

今までのどんな思い出も全部話すよ。
俺はずっと晴と一緒にいたいから。

「隆之さん……」

「俺は確かに今まで何人か付き合った人はいる。だが、自分から好きになったのは初めてなんだ。もちろん、男相手も初めてだよ。晴以外に心動かされる人なんて存在しないんだ。今までの過去の恋愛はもう変えようがないけれど、これからは晴だけだって誓うよ」

俺は晴に捨てられたくない一心で必死に自分の思いの丈を訴え続けた。
自分がこんなに恋人相手に必死に縋り付くような人間だと思わなかった。
晴はこんな俺をみっともないと思うだろうか?

「晴……」

何も言わずにただ俺を見つめ続ける晴に声をかけると、晴は

「ごめんなさい!」

と大きな声で謝ってきた。
薄暗くなんの音も聞こえない部屋でただ晴の声が響いていた。

一瞬どうしたのかわからなかったけれど、晴のごめんなさいの声だけが耳に残っていて、ああ、振られたんだなと思った。

このまま別れるのか……今まで幾度があった別れだが今回のが一番堪える。
いや、今までならそのままで良かったが、晴を手放すわけにはいかない。
だって、やっと昨日晴と心も身体も繋がったばかりだというのに。

「嫌だ! 俺は別れないからな!」

必死にそういうと、晴はキョトンとした顔で

「別れるってなんですか?」

と言ってきた。

「「えっ??」」

2人して薄暗い部屋で見つめ合うこと数分……。

「さっきの謝罪の言葉は……俺を振るためのものじゃないのか?」

意を決してそう尋ねると、晴は焦った顔で違います!! と返した。

「あの、隆之さんを疑って申し訳なかったっていう気持ちを……あの、言ったんですけど……」

「はぁーーっ、なんだ、そうか。いつものように振られたのかと思って勘違いした」

「えっ? いつものようにって? 隆之さんが振られるんですか?」

晴は大きな目を見開いて驚いていた。

「ああ、俺が本気で好きじゃないことがわかるらしい。晴には俺の本気が伝わってるか?」

晴はぶわっと真っ赤な顔をして『うん』と小さく頷いた。
どうやら昨夜のことでも思い出したらしい。

「あんなに箍が外れるほど求めたことも初めてだよ。俺はもう晴しかだめだ」

「隆之さん……僕も隆之さんじゃなきゃ嫌だ!」

晴の強い言葉に嬉しくなって思いっきり晴を抱きしめた瞬間、晴のお腹から
『くぅぅー』と可愛い音が聞こえた。

「ははっ。晴の可愛いお腹がご飯を欲しがってるようだからリビングでも行くか」

俺は晴を抱き抱えてリビングのソファーへと向かった。

「あっ、そういえばご飯……用意してない……」

そうだった。キッチンにはなんの支度もできてなかったっけ。
そもそも晴は身体を休ませないといけないのだから、支度ができてなくて当たり前なんだが、家にいたのにできていないとそうとう落ち込んでいる様子だ。

「晴は今日は身体を休める日だからいいんだよ。何か料理でも取ろう」

「でも……」

「いいんだよ。今日くらいは俺に甘えてくれ」

そう頼むとようやく晴は頷いてくれた。

それからすぐに高木に連絡を入れ、料理を頼むと30分もたたないうちに頼んだ料理が高木の手によって運び込まれた。
ちょうど晴はシャワーを浴びていて高木には会えなかったのだが、晴のことを心配していた高木には片付けに夢中になっていただけだったと改めて報告したら安心しているようだった。

シャワーから出てきた晴はテーブルの上に並べられた料理を見て、わぁっと嬉しそうな声を上げた。

その瞬間、また『くぅぅー』と可愛らしい音が晴から聞こえた。
火照った頬をさらに赤らめパッと腹を押さえていたが、もうバッチリ聞こえちゃったよ、晴。
本当に可愛いな。

恥ずかしがっている晴のためにいじるのはやめて、2人でゆっくりと食事を取った。
今日のケータリングは初めての店だったが、高木のおすすめだけあって俺の口にも晴の口にも合ってすごく美味しい。

高木との食事会は和食の予定だと話したからか、今日の料理はイタリアン。
その中でもパイ生地を使ったバジルピザとポルチーニ茸のリゾットが晴は気に入ったようだ。
この店は美味しかったから今度晴を連れて店に食べに行ってみようか。

食事を終え片付けをしていると、晴から大事な話があると言われた。
さっき気持ちを伝え合ったばかりだから別れ話でないことはわかっているが、
晴から神妙な顔つきで大事な話があると言われると緊張してしまう。

晴にとっておきのオレンジジュースと自分用のワイン、そして今日お土産に買ってきていたクッキーを並べてリビングへと向かった。

晴は『ありがとう』と言って、気持ちを落ち着かせようと一口ジュースを口に入れて話をしようと思ったようだが、ジュースが思ったよりも美味しくて、
『美味しっ!』と笑顔を浮かべていた。

「ああっ、ごめんなさい。ジュースがとっても美味しくて」

「いや、晴のために用意したジュースだから美味しいっていってもらえてうれしいよ。それで……大事な話ってなんだ?」

怖いが聞かないわけにはいかない。
大丈夫、悪い話じゃないはずだ。
そう自分に言い聞かせて晴に尋ねた。

「あ、あの……僕。あのアパートを今月で引き払おうと思ってるんです」

「えっ? アパート?」

「はい。それで、そのこれから住む場所なんですけど……あの、僕ここで……」

「もちろん!! ここで住んでくれていいんだよ!!!」

まだまだ先だと思っていただけに晴からの提案が嬉しすぎて食い気味に話してしまった。
晴が身体をビクリとさせてあまりの驚きに声が出ないようだった。

しまった、驚かせたと思い、慌てて謝った。

「悪い。晴が一緒に住んでくれるんだと思ったら嬉しくて、つい」

「あ、ううん。大丈夫。あの、それで僕……一緒に住みたいんですけど、それでちょっと相談があって……」

「なんだ? 気になることがあるならなんでも言ってくれ!」

「あの、僕ここに住まわせてもらう代わりにちゃんと家賃も払いたいんです。それでちゃんと家事もやります!
それをちゃんと決めてから隆之さんと一緒に住みたいんです。そうじゃないと、僕……いつまでも居候になってしまいそうで……」

そうか、晴はそれを気にしていたんだ。
そういえば、理玖がアルと一緒に住みたがらないことについてのアドバイスをアルに言ってたっけ。
今の家じゃなくて新しい家を探したらとかなんとか……。

きっと、晴も理玖も自分が養われるだけの立場になってしまうのが嫌なんだろう。
きっと、2人とも対等でいたいと思っているからこそなんだろう。
ずっと一緒にいたいと思ってくれているからこそ、相手の負担になりたくないと考えてるんだ。

それなら、俺もちゃんと晴を対等に扱わなければそれは晴を馬鹿にしているのと同じだな。

「わかった。そうしよう。ちゃんとルールを決めて納得してから一緒に住もう。晴も意見があったらなんでも言ってくれ。話し合ってちゃんと決めよう」

「ほんとに?! 嬉しい!!」

晴はさっきの神妙な顔つきが嘘のように満面の笑みで俺に抱きついてくれた。

一緒に住む上でのルールというか、話し合っておきたいことをお互いに考えておくことにして、晴のアパートは明日にでも大家の林田さんに連絡して、アパートを引き払う日を決めようということになった。

「晴が望むなら、アルにアドバイスしていたように一緒に住むための部屋を新たに探してもいいんだぞ。どうする?」

「うん。それも少し考えたんだけど、僕、この部屋が大好きなんだ。隆之さんをいっぱい感じられるし、そこに僕のものが増えていくのが嬉しいなって思うし。それに……」

「それに?」

「高木さんもとっても優しいお兄さんって感じで安心するんだ」

うーん、高木のことをそんな風に思ってたのか。
恋愛感情はないようだからまだいいが、それでも少し妬けるな。

「そういえば、高木さんとの食事会楽しみだね」

「ああ、さっき料理を持ってきてくれた時に楽しみにしてるからって言ったら、高木も楽しみにしているようだったぞ」

「そっか。よかった。その日は隆之さんは早く帰れるの?」

金曜日は確か打ち合わせも入れてないから、予定通りなら定時で帰れるはずだな。

「突発的なアポが入らなければ、定時で帰れるよ。時間は19時だっただろ? 早めに着いたら準備を手伝うよ」

「ふふっ。ありがとう。お客さん呼ぶの久しぶりだから楽しみだな」

そういえば、この前は晴のアパートで桜木部長と長谷川さんに食事を振舞ったんだったな。
フェリーチェの復刻のCM案件に晴が正式に参加することが決まってはいたが、この食事会で晴が手作りのパンを振る舞ってから、うまい具合に【Cheminée en chocolat】との繋がりができたんだよな。

このおかげでフェリーチェの復刻CMのメインはこのコラボパンになるはずだし、うちとしても大きな仕事になる。
リュウール案件も晴がポスターモデルになってくれたおかげで商品は化粧品としては空前の大ヒットになっているし、
この後発売予定の第二弾、第三弾も今から話題になっている。
これでリュウールのメイクアップ化粧品部門の存続は間違いない。
一時は撤退まで考えていたのだから、ものすごい快挙だろう。

それもこれも晴を見出したリヴィエラの田村さんのおかげだろう。
今度の撮影にはまた参加してくれるそうだから、その時に改めてお礼を言っておかないとな。

あっという間に高木との食事会の日になった。
前の日に一緒に買い出しに行っておいたから、晴は朝から料理の仕込みをするらしい。

「今日は定時で帰る予定だから、遅れそうなら連絡するよ」

「わかりました。あの、行ってらっしゃい」

何か言いたげな様子が気になったが、

「ああ、行ってくるよ」

と言って扉を開けようとすると、後ろから

「た、隆之さん!」

と声をかけられた。

「どうし……んっ」

気づいた時には晴の唇が重なり合っていた。

「一度、行ってらっしゃいのキスしてみたくて……」

少し照れたように笑う晴が可愛すぎて、俺はそのまま晴を抱きしめもう一度唇を重ね合わせた。

「……んっん……」

あっという間に力が抜けてしまった晴の唇をゆっくりと離し、耳元で

「続きは夜にな」

と囁いて俺は仕事に向かった。
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