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「ご、ごめんなさい、急いでいてっ。あたしはラミカです!」

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 この国の貴族は15歳から貴族学園に入学することが決まっています。
 上に立つ貴族としての心構えや、王国の歴史、領地運営について学ぶのが目的です。王子という立場なら、教師を個人で雇った方が早いのですが、同年齢の貴族と縁を結んでおくのも大事なことです。

 入学の日、王子はとある男爵令嬢と出会いました。急に生け垣から出てきた令嬢が、王子とぶつかりそうになったのです。

「むっ……? なぜそんなところから……」
「ご、ごめんなさい、急いでいてっ。あたしはラミカです!」

「ぶ、無礼な!」
「ああ、いい」
「しかし……」
「学園では身分の差はないのだろう?」

 無礼で危険な令嬢を捕まえようとしていた側近を、王子は笑ってたしなめました。普段王子のそばにいないような、平民に近い下級貴族もこの学園にはいるのでしょう。
 面白いものが見られたという気分です。

「そうは言いますが、まず貴族としてどうかと思いますよ。名乗りも雑すぎますし」
「ふうむ。しかし暴漢に追われていそうな、姫君のような姿だったな」
「……殿下、ああいうのがお好みで?」
「好きなタイプだなあ」
「はあ。気をつけてくださいよ。殿下を狙う令嬢も多いんですから」

 心配そうな側近に王子は笑いました。
「ま、目の保養だけだ。遊びに時間を割いている暇はないからな。なんとしても在学中にエイリーアを追い抜き、首席で卒業するのだ……!」

 一つ年下、正確には10ヶ月年下のエイリーアも同じ年の入学となりました。
 そして入学時の最高成績を叩き出したのもエイリーアでした。

 王子は悔しさとともに、そうでなくてはという武者震いを感じました。
 目標は高ければ高いほど燃える。自分を高めることに数年を費やしてきた王子は、気づけば意識高い系になっていました。

 王族として余裕のない態度は論外ですが、好いたはれたに関わっている暇はありません。

 とはいえ、問題なのは学園の勉強が低レベルなことでした。すでに優秀な教師に教えてもらったことばかりなのです。
 エイリーアもそうでしょう。
 結果、差が出るのはちょっとしたミス、そして発想力の問題になります。

 つまり発想力で負けたのでした。

「……殿下。邪魔なんですけど」
「そう言うな。あと殿下とか言うな。周りが気を使うだろ」
「わたくしが気を使うので退室してくれませんか?」
「いまさらおまえがそんなわけないだろ。邪魔はしないから続けろ」

 発想力を鍛えるのはなかなか難しいことです。しかし多くの例を見知っていれば、そこから傾向を覚えることはできます。
 なので王子は休憩時間、図書室に入り浸っているエイリーアの隣を確保しました。敵情視察です。

「その視線が邪魔です」
「それは集中力が足りないんじゃないか?」
「……」

 学園に通うようになってから、エイリーアの勉強風景が見られるようになりました。王子は、それだけでも得るものがあったと考えます。
 あの「なんでもできます最初から」みたいなエイリーアでも、勉強しているのです。あたりまえのことなのですが、それは王子をやる気にさせました。エイリーアだって最初から天才ではなかったということです。

「あ、待て待て、そこはなんでそうなったんだ。式を飛ばすな、ちゃんと書け」
「は? ここは、こうだから、こうでしょう」
「いやおかしい。この間に、この式が入るだろ」
「なぜそんな面倒なことを……この数字とこの数字を見るだけであきらかにこうでしょう」
「……なぜそうなるんだ。この数字とこの数字だと?」
「この下一桁がこう、合わさって、繰り上がる、その繰り返しでしょう?」
「……なるほど」

 エイリーアの考えにも触れられます。彼女はつんとしていますが、教えを乞えばちゃんと教えてくれるのです。
 
「あ、あのう、それってどういうことですか?」
「んっ? ああ待てエイリーア、俺が教える。理解したからな」

 なぜかラミカ男爵令嬢が割って入ってきますが、王子にとっていいタイミングでした。学園に入って気づいたのですが、人に教えるということは自分の知識の増強にもなるのです。

「つまりこう、こういうことだな」
「えっ、じゃあ、この組み合わせは記憶しているんですか?」
「そうなるな」
「ああああ……」
「まあ、エイリーアは変態だ。普通はそこまでする必要はない。君の場合はこっちの数式を、こうして解いていくのが一番わかりやすいだろう」
「あ、それならできます!」

 この男爵令嬢の図太さは例外で、ふたりで勉強していれば割って入ってくるものはいません。
 こうして図書室での三人の学習は、皆がこそこそと眺める光景になりました。
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