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「あっはははは! ああーっはっははははは!」

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「あっはははは! ああーっはっははははは!」
 王子は笑いが止まりませんでした。

「勝った! ついに勝ったぞエイリーア!」
「……おめでとうございます」

 エイリーアは苦笑しながら雑に祝福しました。
 卒業パーティの場です。卒業式で王子は、最終学年時の最優秀生徒として表彰されたのです。一年時、二年時のどちらも、その称号を手に入れたのはエイリーアでした。

「はっははははは、はーっははははは!」
「殿下ぁ」
「あっ、うん、そうだな、笑いすぎたな。ははっ、しかし笑いが止まらん」
「エイリーア様いっちゃいますけど、いいんですか?」
「だめだ! 待てエイリーア、言うことがある」

「……」
 エイリーアは呆れた顔のままですが、立ち止まりました。何を言われるかはわかっているという顔です。
 どうにか笑いの発作をこらえて王子は真面目な顔をつくります。
 その隣にはラミカ男爵令嬢がいます。早く早く、と急かすように王子の背を叩いています。

「……エイリーア。俺は入学式の日から決めていた。必ず在学中におまえを超えてみせると。そして」
「わざわざ言わなくても、殿下の希望は理解しています」
「いや、言わせてくれ、エイリーア。俺は今日こそおまえとの婚約を……」

 周囲がざわめきました。
 図書室の三人のことは学園中が知っています。仲の良い婚約者のこと、そしてそこに割って入る男爵令嬢のこと。

「果たしたいと思う」
「お受けしま……え?」
「そうか! 受けてくれるか!」
「え、お待ち下さい、婚約を果たすってどういった意味です? 言葉はきちんとお使いください」
「は? わかるだろう。婚約というのは、結婚の約束のことだ」
「はあ」
「結婚の約束を果たすということだ」

 エイリーアは眉を寄せて苦笑を深くしました。
「それでは、わたくしと結婚するという意味になります」
「そうだ」
「……興奮しているのはわかりましたから、落ち着いてくださいませ。殿下、言葉はきちんと、」
「結婚してくれ、エイリーア」

 わぁっと周囲が声をあげました。
 そして静寂が訪れ、皆が固唾を呑んでエイリーアの返事を待ちます。

「え? は? ……はい?」
「我々は婚約者であるが、それは決められたものだ。だから、おまえの意思を聞きたい。結婚してくれ」
「な……っ」

 エイリーアはとっさに王子から一歩距離を置きました。王子は驚きます。こんなにも動揺し、混乱した姿を初めて見ました。
 しかし腹に力を入れ直しました。
 即座に拒否されなかった、期待があります。

「で、殿下は、わたくしが気に入らないと言ったでしょう!」
「それは……すまなかった。あの頃の俺は馬鹿王子で、人の気持ちがわからず、おとぎ話の姫君に惚れていた」
「だから……お姫様と結婚なさるんでしょう!? わたくしのことはブ……気に入らないとおっしゃいました」
「おまえが気に入らなかったんじゃない。あの時はどの女も、思う姫よりブスに見えていた」
「いえ、それは気に入らないという、」
「だが今は!」

 王子は真剣な顔で、エイリーアへ一歩近づきました。

「今はおまえしか考えられない」

 エイリーアはよろめきました。
「……っ! ラミカの顔が、お好みなんでしょう」
「へっ? あ、ああ、まあ、そうだが。絵的な意味でな。一番見ていたいのはおまえの顔だ」

 一瞬、エイリーナの動揺がひどくなりました。誰も見たことのない赤面が、公衆にさらされてしまいました。
 ですが頼りない表情をすぐに引き締めて、王子を睨みます。

「…………あの時わたくし、こんな失礼な王子と婚約するなんて嫌だと思いました。だから、婚約破棄を応援していたんです」
「……ああ、わかっている。努力したが、いまだに俺はおまえの気持ちがわからない、だめな王子だ」
「そう、わたくしの無責任な言葉ひとつで、あなたは馬鹿みたいに努力して、」
「そうだ。いつもいつも」

 王子は言います。
「俺の背中を押してくれたのはおまえだった。俺がこうしてここにいられるのは、おまえのおかげだ」
「そんな……」

 エイリーアは涙声になって、まばたきをして、ごまかすように笑いました。
「さっき、ラミカに背中を押してもらっていたでしょう」
「そ、それは、だっておまえに告白するのに、おまえに背中を押して貰うわけにはいかないだろう!」
「誰かに押してもらわなきゃだめなんですか!?」
「そうだ! 俺は根本、情けない男なんだ!」

「そ……そんな、堂々と言うことじゃありません!」
「だからおまえがいてくれればいいんだ。おまえがいてくれれば、それでいい」
「……」
「おまえが俺のつ、妻でいてくれるだけで、俺の背中はボコボコに押されている!」
「ボコボコになってどうするんですか」

「返事は! やっぱりだめか!? 初対面の印象がだめすぎたか!? 土下座して謝ってすむなら謝る! だから……」
「……初対面の頃のことは、わたくしも黒歴史なんです」
「や、やはり、そうか」

「あの頃のわたくしは自分が天才だと思っていて……」
「まあ、天才だろう」
「みんな馬鹿だと思っていて、努力なんて凡才がするものだと思っていました」
「それは性格悪いな。が、俺の方が馬鹿王子だったからなあ」

「……あなたが、馬鹿みたいに努力するあなたがいなかったら、わたくしは、過去の栄光に縋るだけの馬鹿女になっていたことでしょう」
「そんなことはないと思うぞ」
「あなたのおかげです」
「……」
「あなたがいたから、わたくしも負けまいと努力していたんです。あなたが思うほどわたくしは優秀じゃないんです。きっとこうして最後は追い抜かれるだろうと思っていました。だけど、」

 エイリーアは微笑みました。
 それは王子がかつて恐れた笑顔とは、全く違うものでした。

「それでも、やれるだけのことをやったから、晴れ晴れした気持ちになれました。殿下」
「……ああ」
 王子は悲壮な顔をしました。晴れ晴れとした気分で振るつもりなのだ、と思ったのでした。

「よろしくおねがいします」
「へ?」
「今のわたくしがあるのはあなたのおかげです。わたくしと、結婚してください」

 その瞬間、周囲が歓声をあげたので、そこから先の会話は伝わっていません。
 けれど伝説の卒業パーティとして、何十年も語り継がれていくことになりました。特にハッシズ元王子と、妻エイリーアの治める領地では、このことを題材にした劇がつくられ、よい観光資源になったそうです。
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