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前編
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どうも、白い結婚が二ヶ月目に突入した妻です。
今日もメイドは起こしに来ないので、私はひとりで起床し、着替え、厨房で水をもらって身支度をしました。今は侯爵夫人ですが、貧乏貴族の生まれですから苦になりません。
「あら、奥様」
「ああ、おはよう、ユリア」
厨房に向かっていると、待ち構えていたかのようにメイドのユリアがいました。私の挨拶に挨拶を返さず、ふん、と鼻を鳴らしました。
なかなかの態度です。
けれど何しろ貧乏貴族の生まれですので、態度の雑なメイドなど慣れたものです。仕事をしてくれれば文句はありません。
「嫌だわ、奥様、自分ひとりで身支度をなさったんですか? 侯爵夫人として、あまりにみっともないんじゃないかしら?」
「そう? 誰も見ていないし、時間の無駄はないほうがいいわ」
「そういう考えなしな態度が、侯爵様の品位を失わせてるんです。侯爵夫人としての自覚もないなんて」
「何度も言うけど時間の無駄よ? さ、他の仕事に取り掛かってちょうだい」
私は手を打って話を終わりにしました。
ユリアはレディースメイドです。本来なら私の身の回りの世話をするものなのですが、それをしないなら他の仕事をしてもらわなければ。
レディースメイドはメイドの中では階級が高く、貴族の関係者であることも多いので、なかなか扱いが難しいのです。こちとら元貧乏貴族ですから。
「偉そうに……愛されていないお飾りの妻のくせに」
ユリアはぼそりと呟きましたが、一応は私の言葉を聞いて離れていきました。ちゃんと仕事してくれると良いんですけれど。
とはいえ私は元貧乏貴族で、回りくどい嫌味なんてわからないので、素直な子はなんだか安心するんですよね。侯爵家のメイドらしいピシッとした子が来ても気詰まりなので、できれば辞めないでほしいです。
「おはようございます、旦那様」
「うむ……」
ダイニングにはすでに朝食の用意がされていました。旦那様も着席して、先に食事を始めています。
私の挨拶に、なんとも不機嫌そうに唸るような返事をします。
いつものことなので構わず私も着席しました。穴を開けられそうな視線が私に向けられているのがわかります。
緊張してしまいますね。
なにしろ元貧乏貴族ですから、マナーにはあまり自信がありません。そういったことのフォローにと、親が元高位貴族であったユリアが私につけられたのでした。
何も教えられていませんけれど。
そもそもユリアって、あまり貴族らしいと思えないんですが、本当に高位貴族の教育を受けてきたんでしょうか。
他のメイドに変えられて、懇切丁寧に世話されても面倒なので言いませんが。
「ユリアから、君が勝手に身支度をして動き回っていると聞いた」
「まあ、そうですね」
「……できるだけじっとしているように」
「ふふ。ご心配なく」
うっかり笑ってしまうと、ものすごい目で見られてしまいました。旦那様にも困ったものです。
給仕にはなんともいえない表情をさせてしまいました。彼らは私にあまり構わないようにと言われているので、目もあまり合わせてくれません。
ちょっと寂しいのかもしれない、とふと思いました。
ユリアに癒やしを感じるくらいですから。
このままの状態が続いたら、もしかしてネズミなんかをお友達にするしかないのかしら。
そんなことを考えながら食事をしました。それでも旦那様の視線は、私を責めるようにじりじりと向けられています。
「……今日で二ヶ月になる」
あとはこのまま食事が終わるかと思っていたら、旦那様が切り出しました。
「そうですね」
「あとで部屋に来るように」
「……はい」
私は少し頬が熱くなるのを感じました。
「ああ、わ、わた、わたしの、つま、妻、ああなんと、女神よ」
「大袈裟ですわ、旦那様」
部屋に入るなり跪かれて、私は苦笑しました。
「もう二ヶ月になりますのに」
そう、旦那様ったら最初に出会った頃からこうで、ずっと変わらないのです。
私の見た目がなぜか、とてつもなく旦那様の好みだったそうです。私は絶世の美人というわけではもちろんないし、社交界では、まあ、普通です。普通に女性として扱われる程度の容姿です。
人の好みというのは色々ですね。
「そっ……そうだ、二ヶ月になるんだ……」
黙っていれば威厳に溢れる旦那様がうっとりと、しみじみと呟きました。二ヶ月の思い出を振り返っているようです。
と言ってもほとんど二人でいた記憶がありません。
まあ、致し方ないことかもしれません。
だって私はさすがに慣れましたけれど、こんな旦那様を見たら、大抵の人はそりゃびっくりします。侯爵家の威厳も何もありません。
きっと「色ボケ侯爵」と言われるに違いないのです。
立派な侯爵様が私のせいでそんなことになってはいけません。侯爵様も恥知らずではないので、こんなご様子は、二人きりのときにしか見せないことにしているのです。
今日もメイドは起こしに来ないので、私はひとりで起床し、着替え、厨房で水をもらって身支度をしました。今は侯爵夫人ですが、貧乏貴族の生まれですから苦になりません。
「あら、奥様」
「ああ、おはよう、ユリア」
厨房に向かっていると、待ち構えていたかのようにメイドのユリアがいました。私の挨拶に挨拶を返さず、ふん、と鼻を鳴らしました。
なかなかの態度です。
けれど何しろ貧乏貴族の生まれですので、態度の雑なメイドなど慣れたものです。仕事をしてくれれば文句はありません。
「嫌だわ、奥様、自分ひとりで身支度をなさったんですか? 侯爵夫人として、あまりにみっともないんじゃないかしら?」
「そう? 誰も見ていないし、時間の無駄はないほうがいいわ」
「そういう考えなしな態度が、侯爵様の品位を失わせてるんです。侯爵夫人としての自覚もないなんて」
「何度も言うけど時間の無駄よ? さ、他の仕事に取り掛かってちょうだい」
私は手を打って話を終わりにしました。
ユリアはレディースメイドです。本来なら私の身の回りの世話をするものなのですが、それをしないなら他の仕事をしてもらわなければ。
レディースメイドはメイドの中では階級が高く、貴族の関係者であることも多いので、なかなか扱いが難しいのです。こちとら元貧乏貴族ですから。
「偉そうに……愛されていないお飾りの妻のくせに」
ユリアはぼそりと呟きましたが、一応は私の言葉を聞いて離れていきました。ちゃんと仕事してくれると良いんですけれど。
とはいえ私は元貧乏貴族で、回りくどい嫌味なんてわからないので、素直な子はなんだか安心するんですよね。侯爵家のメイドらしいピシッとした子が来ても気詰まりなので、できれば辞めないでほしいです。
「おはようございます、旦那様」
「うむ……」
ダイニングにはすでに朝食の用意がされていました。旦那様も着席して、先に食事を始めています。
私の挨拶に、なんとも不機嫌そうに唸るような返事をします。
いつものことなので構わず私も着席しました。穴を開けられそうな視線が私に向けられているのがわかります。
緊張してしまいますね。
なにしろ元貧乏貴族ですから、マナーにはあまり自信がありません。そういったことのフォローにと、親が元高位貴族であったユリアが私につけられたのでした。
何も教えられていませんけれど。
そもそもユリアって、あまり貴族らしいと思えないんですが、本当に高位貴族の教育を受けてきたんでしょうか。
他のメイドに変えられて、懇切丁寧に世話されても面倒なので言いませんが。
「ユリアから、君が勝手に身支度をして動き回っていると聞いた」
「まあ、そうですね」
「……できるだけじっとしているように」
「ふふ。ご心配なく」
うっかり笑ってしまうと、ものすごい目で見られてしまいました。旦那様にも困ったものです。
給仕にはなんともいえない表情をさせてしまいました。彼らは私にあまり構わないようにと言われているので、目もあまり合わせてくれません。
ちょっと寂しいのかもしれない、とふと思いました。
ユリアに癒やしを感じるくらいですから。
このままの状態が続いたら、もしかしてネズミなんかをお友達にするしかないのかしら。
そんなことを考えながら食事をしました。それでも旦那様の視線は、私を責めるようにじりじりと向けられています。
「……今日で二ヶ月になる」
あとはこのまま食事が終わるかと思っていたら、旦那様が切り出しました。
「そうですね」
「あとで部屋に来るように」
「……はい」
私は少し頬が熱くなるのを感じました。
「ああ、わ、わた、わたしの、つま、妻、ああなんと、女神よ」
「大袈裟ですわ、旦那様」
部屋に入るなり跪かれて、私は苦笑しました。
「もう二ヶ月になりますのに」
そう、旦那様ったら最初に出会った頃からこうで、ずっと変わらないのです。
私の見た目がなぜか、とてつもなく旦那様の好みだったそうです。私は絶世の美人というわけではもちろんないし、社交界では、まあ、普通です。普通に女性として扱われる程度の容姿です。
人の好みというのは色々ですね。
「そっ……そうだ、二ヶ月になるんだ……」
黙っていれば威厳に溢れる旦那様がうっとりと、しみじみと呟きました。二ヶ月の思い出を振り返っているようです。
と言ってもほとんど二人でいた記憶がありません。
まあ、致し方ないことかもしれません。
だって私はさすがに慣れましたけれど、こんな旦那様を見たら、大抵の人はそりゃびっくりします。侯爵家の威厳も何もありません。
きっと「色ボケ侯爵」と言われるに違いないのです。
立派な侯爵様が私のせいでそんなことになってはいけません。侯爵様も恥知らずではないので、こんなご様子は、二人きりのときにしか見せないことにしているのです。
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